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怪盗レオナルド


 怪盗レオナルドを口にしてみろ。

 低民は腹を抱えて笑うし、富豪なら眉間にシワを寄せている。

 悪も正義も無い盗み?

 宝が旅に出たがっているだって?

 こんな話を聞けばどちらの人間も、ヤツのことを「馬鹿野郎だ」と言うはずだーー

 


 深夜、二時五十分。いつもの時刻から作戦は開始した。

 すみやかに屋敷の裏手へ回り、勝手口から右へ三つめの窓に狙いを定めている。

 屋敷の構造、部屋の数、住人情報と大体のライフスタイルは把握済みだ。

 僕のイメージだと、今夜は割と楽な作業になりそうだと見積もっている。


 月明かりの手助け無しに僕は窓の解体から取り掛かった。

 鍵を壊すのは簡単なんだけど、侵入するにはやはり窓枠ごと取り払った方が楽だからだ。

 もちろん後で戻す必要なんて考えていない。

「さあて。どんな具合かな」

 僕は少年のようなワクワクした気持ちで、雨戸に指の腹を滑らせた。

 年季の入った木製の窓だ。木目はしなびているし鍵の位置はより探しやすい。

 ……なるほどこのパターンか。

 建築様式が分かると、サッシと壁の間に鉄杭をねじ込ませる。

 グッグッと手のひらで押すだけですいすいと入っていく。

 雨戸が外れ、ガラスの窓も同じ方法ですっぽり外れた。

 取り出した窓は地面に捨て置いて、僕は軽快に館内へと侵入する。


 降り立った場所はキッチンだ。カウンターとキッチンテーブルのちょうど間にいる。

 侵入直後が一番緊張する場面であり、僕は家具に身を潜ませて人の動きを注意深く観察した。

 時計の針さえ鳴らない静寂が過ぎる。

 月明かりが雲間から覗いた頃、僕はようやく「ふう」と息を吐くことが出来た。ちゃんと成功してひとまず安心だ。

 今回僕が狙う宝はキッチンには無いと思う。ここでは興味本位でインテリアや生活感を軽く眺めた。

 青白く映し出される富豪の台所。さすが生活感を出さずよく片付いている。

 全体的にシック調の木製家具が多いのか。しかしこんな素敵なキッチンテーブルには、オレンジぐらい置きたいけどな。

 用の無いキッチンはおさらばし、僕はリビングへと足を進めた。

 時刻は二時五十八分。予定通りに進んでいる。


 リビングにも人は居ない。こんな時間だし当然だ。

 懐中電灯を照らして物色する前に、僕はローテーブルの上に手紙のようなものを見つけた。

『アンジェ』と名前か何かが書かれていた。それも子供の文字だ。

 この屋敷に住むのは男爵とその娘だけ。アンジェは女性名だけど、男爵夫人は既に亡くなっているし別の名だ。

「家政婦でも雇いだしたのか?」

 そんなこともあるだろうと深くは考えず、僕は手早くトロフィー棚から捜索を始めた。

 ターゲットの宝は、黄金を示すという『アルゴ船の羅針盤』だ。実物はどんなものか知らない。

 その宝がとてつもなくデカいなどして運べない限りは、夜のうちに持ち帰ってやろうと思っている。

 ガラス戸の奥には男爵の功績を称えた勲章やカップが並んでいる。

 下の引き出しには……さあ何が入っているかな。

 銀の取手に手をかけた時、パチンという音が鳴って突然視界が眩しくなった。

 家の者に感づかれて電気を付けられたんだ。

「……アンジェ?」

 幼い子供の声がこう言った。僕の背後からだ。

 子供なら上手く騙した方が楽だ。そう咄嗟に切り替えた僕は、逃げるよりも子供の方を静かに振り返ることにした。

 八歳の女の子。名前はスピカ。肌、髪、瞳はどれも色素が薄かった。

「おかえり、アンジェ……」

 彼女は寝ぼけ眼をこすりながらドアの前に立っている。

 寝ぼけているせいなのか僕のことを勘違いしているようだ。

「アンジェ、キッチンから来たの?」

「えっ」

 過去で一番ドキリとなる。

 リビングの位置からは開けた窓は見えないはずだけど。

 それにこの子は、僕が気付かないようリビングまでやって来た。それも謎だ。

「……どうしてそうだと思ったんだい?」

「えーっとね、えーっとね……」

 まさか幽霊屋敷だったというオチは無いだろうな。

 いくら経験を積んでいたとしても、幽霊相手ではさすがに騙し方が分からない。

 僕はゴクリと唾を飲んでいる。

「夢でね、分かったの」

「夢? ベッドの中で見る夢かな?」

「うん」

 彼女はこちらに駆けてきて僕の腕を両手で掴んだ。

「アンジェ、もう寝る時間だよ。一緒に寝ようよ」

 その手はしっかりと温かいし、ちゃんと足も地面に着いている。

 とりあえずは生きた人間で間違いなさそうだ。

 ただし僕のことはアンジェという人と見間違えているみたいだけど。


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