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創作若造 短編集

記憶実験

作者: 創作若造
掲載日:2022/02/21

 私の生活の全ては機械的に管理されている。食べたものの栄養、カロリーまた運動量。人との会話そのすべてが記録されている。だからいちいち何かを覚える必要はなく、知りたいことがあればデータベースから検索すれば、そのすべてを確認することが出来る。その中になければインターネットで検索すればいい。


 どうして私がこんな生活を送っているのかというと、政府が今後導入する予定の国民総管理プログラムの実験体として自ら志願したからだ。この実験に協力すれば働かなくともお金が入ることに加え特に上からああしろこうしろといった指示はない。ただ記録され続けることが今の私の仕事なのだ。


 つい昨日友人が僕の家を訪ねてきた。そこで小学生の頃の話になったが、昔のことすぎてあまり覚えていなかったため、私は時折データベースをチラ見しながら話を進めた。私の生まれ故郷はとにかく子供が多かったので非常にたくさん名前が出てきたが、その中のどれ一つも私が探し求めている物ではなかった。


「ありがとうレウス、楽しかったよ」


「おう、またな」


 彼を送り出した後、私は何時ものようにキーボードの前に立つ。そしてもうすっかり指に染みついた動きで文字を入力する。


『名前検索 レイヤ』

『  検索中   』

『  該当なし  』


 案の定この目の前の機械はいつも通りの言葉を表示し、電源をスリーブモードへと移行した。国の説明にはこのデバイスには私の記憶の全てが入っている。しかし私の頭の中にはこの機械には決して表示されない名前がある。それがレイヤという女性だ。この名前と共に私の記憶には一つの光景が刻まれている。


 都会の街明かりから外れ、私とレイヤは二人きりの夜道を歩いていた。この先に僕の目的地があり、そこに彼女を連れて行きたかったのだ。やがて視界が開け私達の目の前に小さなベンチが現れた。ここは雑誌にもインターネットにも乗っていない。まさに穴場スポットだ。


「すっごく風が気持ちいね」


「うんそうだね」


「どうしたの?今日はいつにもまして口数が少ないね」


「あの、レイヤ」


「なあに」


「俺と結婚してくれ」


「ああ~なるほどそういうことか」


 レイヤは私の一世一代の告白を軽く流すと、振り返り夜空に輝く星を見つめた。だがすぐに私の方を向いた。


「うん、もちろんだよ。愛してる」


 そこで記憶が途切れている。しかしその一場面だけははっきりと覚えている。念のため2度も脳をスキャンしてもらったがこの思い出が機械に記録されることはなかった。だからこうして他人の記憶の中から彼女の存在を探ろうとするが、これまで一切観測されたことがない。私は今日もまた諦めるようにベッドに転がり込む。


 そこに一本の電話がかかる。ついつい忘れがちになるが、この実験の経過を毎日決まった時間に報告しなければならない。そのための定時連絡が今かかってきた。


「やあ、調子はどうかな」


「君こそ元気なのかいMs 和奏」


 電話の相手はこの実験の責任者かつ私のお目付け役である和奏だ。まだ声だけしか聴いたことはないので、和奏が女性であることしか分からないが、それなりに話をして行く中で、彼女はこんなイカレタ実験をしている割には、なかなか憎めない性格をしているという印象を抱いている。


「私は何時も元気さ」


「そっか人の行動を逐一観察するのは気味が悪くなりそうなものだけどね」


「そんなことはない、君の行動は実に興味深いからね、まったく退屈というわけではないよ」


「それはよかったよ」


「さて、おしゃべりはこのへんにしていつもの質問にはいろうか」


 他人とは全く違う生活を強いられている私には毎日精神と肉体、どちらにも変化がないかを確かめる時間がそんざいする。肉体の様子は体に埋め込まれた様々なチップによって常に分かるが、心はどうしても機械で測れるものではないため、こうして毎日質問攻めにあっているのだ。


「さて、今日もまた彼女さん探しをしたのかい」


「ああ、結婚式を挙げる前にこんなことになったんだ。私からこの記憶が消えない限り。あきらめるつもりはないよ」


「それは、君にそれほどまで愛される女性がうらやましいよ」


 そう言って和奏は電話を切った。


 和奏は受話器を置き、コーヒーの入ったカップを手に取る


「まさか、こうも長く覚えているとはね」


「この実験ももう大詰めなのだが、実装されるとなると気味が悪いな」


 すすったコーヒーは和奏の中で苦い思い出として記憶された。だが元々コーヒーとは苦い飲み物で、自分はそれに一切の甘味料を加えずに飲んでいるのだから、当然のことなのだ。だがそれい以上苦い思いを今しているのだから、それに比べればまだましだと思う。


「いい加減楽になりたいよ、こんなことを続けていれば、彼よりも先に私が果ててしまいそうだ」

 そう言って和奏はは一枚の写真を貼白衣のポケットから取り出し、眺める。そこには銀の指輪を薬指にはめ、彼の横で笑顔を浮かべるかつての和奏レイヤがいた。

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