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自殺転生――不死身となった異世界で――  作者: 戸十師 踊平
第一章 『日常と非日常』
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第五話   『宿り木の雛』

 ――スパーン! カランカラァ


 抜けるような青空の下、暖かい朝風が木の葉をなびかせ、ハルの薪を割る音がそれらしく辺りに心地よく響く。


 あれから一週間ほどがたった。

 

 相も変わらず、アリニアとは打ち解けていないが、ここの生活にもずいぶん慣れてきたものだ。

 朝は鳥の鳴き声から始まり、日中は薪割りや農作業、夜は死んだように眠る。


 元の世界のようにゲームやマンガとかないものは多いけれど、むしろ今の方が前よりも充実感に満たされている。

 都会の喧騒から離れ、田舎暮らしを始める人の気持ちが、今の俺にはなんとなく理解できる。


 この約一週間で色々と知ったことがある。まずは文字。棚に並んでいた本を読んでみようと思ったが、読めなかった。いくらページを進めても、そこには見知らぬ記号が羅列されているだけで、まるで幼い時に読んだ英字新聞みたいに挿絵の漠然とした内容しかつかめなかった。


 発音は同じだけれど、文字形態がかけ離れている。教わろうとも思ったが現状困ってもいないし、話して通じるのであればわざわざ文字に起こすこともないだろうと、そうすることはなかった。

 と、それらしい理由を並べてはいるが、本音を言うとただ勉強するのが嫌なだけ……。


 他に知ったことといえば、この場所が巨大な帝国の端であるということ、レーヴェさんが元々兵士だったこと、とか。これといって大した収穫はない。


「じゃあ、行ってくるなぁ」


 真っ黒の剣を腰に差し玄関の扉からレーヴェが出てきた。

 今日も、レーヴェさんは狩りに出る。今いる家畜だけでも普通なら十分に過ごせそうなほどだが、まぁあの人の食べる量を考えてみても妥当なのかと思う。

 あの日が特別あの量だったわけじゃなかったしなぁ……。


「行ってらっしゃい」


 洗濯物を干しながら、アリニアはレーヴェにそう言った。

 俺もまた、斧に手を乗せながら彼の背中を森の中に消えていくまで見届け、ため息を一つついた。


 ――さぁ、気まずい時間の始まりだ。


 毎日のことだが、レーヴェさんが狩りから帰ってくるまでの数時間、俺はこの娘と二人きりだ。

 美少女と二人きりだなんて、俺と同い年くらいの男なら飛び跳ねて喜びそうなものだが、俺と彼女ではそれは当てはまらない。

 多分だが、彼女も同じことを思っているに違いない。


 こちらには見向きもせず、洗濯物干しを終えたアリニアが家の中へと入っていく。


 流石に家の中で二人きりというのも嫌だし、ハルは青々とした草原で大の字に横になる。

 青く広い空を形を変えながら流れる雲を目で追いながら、ハルは時間が経つのを待った。


 ぼんやりと流れる時間は時計を見ずともゆっくりで、暖かい空気が森の匂いと共に流れてくる。

 

 思ったような異世界転生にはならなかったが、これはこれで俺としては満足している。

 日がな一日、自分の部屋にこもってダラダラとオンラインゲームばかりしていたあの頃よりも、俺は人間として生活できている。そんな気がする。


「第二の人生。このままゆっくり生きていくってのも、悪くないよな……ふあぁ」


 あくび混じりの独り言を呟きながら、ハルはゆっくりと目を閉じた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――ポツ


 鼻先に触れた冷たい感覚に、ハルは目を覚ます。

 澄んだ青空は一転、曇天に変わり、肌にチクチクと小さな雨粒が当たる。


「……やべ、寝ちゃってたか」


 上体を起こしながら、ハルはあることに気が付く。


「雨か……って!」


 ハルはすぐさま立ち上がり、ビーチフラッグ並みの反応速度で走りだした。


 ――バタンッ!


 それは、ハルが走り出したのとほぼ同時。

 家の扉を生き勢いよく開き、血相を変えてアリニアが飛び出した。


「あなた、外にいたなら早く気づいてよ!」


「お前こそ、空の様子くらい家の中からでも見えただろ。寝てたんじゃないのかよ」


「……」


「……図星かよ」


 口論もそこそこに、二人は必死に干してあった洗濯物をおろす。

 両手に抱えられるだけ抱えた後、二人は家の中へ逃げ込んだ。


「ハァ――ハァ――。で、洗濯物は?」


 感謝もなしに、先に洗濯物(そっち)かよ。まぁいいけど。


「多分……大丈夫」


 洗濯物の安否を確認した後、息を切らした二人は机に広げ椅子に腰を下ろす。


「お父さん。早く帰ってこないかな……」


 雨が屋根をたたく音が響く中、アリニアは乾いた洗濯物を畳みながらそう呟く。


「……」


 ハルも黙って、山になった洗濯物を手に取る。


 この数日で分かったことはまだあって、アリニアの母親はここにいなかった。

 亡くなっているとか、本当はどこかにいて何かの事情で帰ってこれないとか、理由は知らないけれど、少なくとも長い間いないことは一緒に生活していてなんとなくわかる。


 だから、アリニアは唯一の家族であるレーヴェに対して絶対的な信頼を寄せていた。


 俺も、異世界(ここ)に来て今日まで、一番信頼できるのはレーヴェさんであろう。誰とも知らぬ俺のことを、親切に家に招き入れてくれたときからそれは感じていた。

 

 二人とも似たような立場にいるというのに、どうしてここまでここまで仲が悪いのだろうか……。


「……ねぇ、あなたってどこから来たの?」


 ハルは畳む手を止める。

 この家に来てから今の今まで、彼女から話を振られるなんてことは一度もなかった。そんな彼女からの唐突な質問に衝撃を受け、そのせいで質問の内容が頭に入ってこなかった。


「え?……えーと」


 ハルはこのチャンスを何とか生かそうと、彼女の質問の内容を考えた。


「やっぱり、言えないのね……」


 アリニアは分かっていたと言わんばかりの態度を見せる。


「いや、ちょっともう一回――」


 ――バタンッ!!


 ハルがもう一度アリニアの質問を聞こうとしたその時、玄関の扉が勢いよく開いた。


「お前ら、無事か!?」


 大きな音に驚き二人が玄関の方を見ると、汗や雨でびっしょりに濡れたレーヴェが息を切らしながら入って来た。

 表情は酷く焦っていて、帰って早々靴の土もはらわずにこちらに近づくと、アリニアの腕をつかんだ。


「ど、どうしたのお父さん――と言うか、怪我してるじゃない!」


 アリニアを掴むレーヴェの腕には肩辺りから出血しているのが見える。

 敗れた袖の隙間から、焼け焦げた傷が確認できる。


「ハルも来い」


「え? あっ……はい!」


 レーヴェはアリニアの事を無視して、無理やり外に連れていく。

 ハルも何が何やらよくわからないまま、レーヴェの背中を追いかけた。


 雨は先ほどよりも強くなり、より一層深い黒くなった雲が夜とでも見まがうほどに太陽の光を遮断している。


「……遅かったか」


 レーヴェは森の一点を見つめそう言った。


「――!」


 ハルも同じように場所を見つめ、異常な何かに気が付いた。

 

「……なんだよあれ」


 地面に打ち付ける雨の音に紛れ、シューシューと異音を奏でながらそいつは姿を現す。


 人の形をした炎が、当たったそばから雨を水蒸気に変えながら森から現れた。

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