第二十話 『自信』
――ポコーン!
今夜のギルド酒場は何とも賑やかで、野郎どもの木製ジョッキがぶつかる音がいつにもまして多い。
祭りはまだ続いていたが、そんな事よりももっと別の何かが彼らを沸かせていた。
「さあさあ、張った張った! 今回の馬鹿なパーティは、世間知らず田舎者のハルと超絶回復魔法持ちのアリニアちゃん、そして何より腰抜け魔法使いのソーだぜぇ!」
机に並べられた二つのジョッキ。
その一つには溢れんばかりに硬貨が敷き詰められ、そしてもう一方にはその十分の一ほどの硬貨が入っている。
「おいおい、お前そっちでいいのか?」
「そりゃそうだ。見ただろ、あんなへなへなな奴ら。どうせ気失って、ピーネットたちに担がれて帰ってくんのが落ちだろ」
「いやいや、俺は成功に賭けるぜ! 俺にはわかんだよ!」
「なんだそりゃ、だーはッハハハ!」
どうやら、冒険者たちはハルたちの依頼の成功失敗で賭博をしているらしい。
随分と楽しそうにしているが、死と隣り合わせの冒険者の依頼。そんなもので賭博をするなど、馬の早い遅いどころではない。なんとも悪趣味である。
と、一つのテーブルでは冒険者ギルド長のカイモスと依頼をハルたちに任せたアンノが並んで座っている。
カイモスの前には空になったジョッキが山となり、アンノは相変わらず煙草を吹かしている。
「君はどっちに賭けたんだいアンノ? やっぱり無事帰ってくる方かな。君が送った手前、ゲン担ぎくらいはしてたりしてね」
「俺はどっちにも賭けねえよ」
「そうかい……じゃあ、どっちだったら合格? 試したんじゃないのかい――彼らを」
「……不合格だ。どっちだったとしてもな」
「へー……」
といいつつ、新たな空ジョッキをホストクラブのシャンパンタワーのように並べるカイモス。しかし、カイモスは淡々と答えるアンノの横顔を覗き込み、
「じゃあ、君には何が見えたのかな?」
――ガシャアアアァ!
見事なまでにたたずんでいた空ジョッキのピラミッドは、ランドセルほどに膨れ上がった麻袋を投げつけられ、ボーリングのピンのように辺りに飛び散った。
酒場は、最後のジョッキがテーブルから落ちる音が聞こえるほどに静まり返り、皆入口の方へ視線を向ける。
「……んだ? って、マジかよ。帰ってきちまったのかよ!」
一人の冒険者が、まだ残ったジョッキをテーブルに置く。
すると、幾人かの冒険者も同様にバツの悪そうな顔をしながら、うだうだと文句っを垂れる。
「うっひょー!! 大儲けだあ!」
対照的にそれ以外の冒険者はジョッキを天に掲げる。
たちまち、悲痛な叫び声と歓喜の叫び声が入り混じる。まさに、ゲームセット後の球場の様相を呈する。
勝敗は決したらしい。
「ハル君、おかえり~」
カイモスは入口の方に手を振った。
するとそこには、今にも飛び掛かってその喉を掻っ切ろうかといわんばかりの剣幕をしたハルが立っていた。
「……」
そして無言でゆっくりとカイモスたちの座るテーブルへと足を進めた。
しかしハルは怒鳴るわけでもなく、襲い掛かるわけでもなく、ハルはアンノのことを睨むだけだった。
当のアンノはフォークでテーブルの上の麻袋の口を開き中を覗き込む。
「……霧鼠、だな。幻影を切ったのか。ちゃんと気絶している」
サッカーボール位の大きさのそれは灰色の体毛を全身に隙間なくまとい、ミミズのようにピンク色のしっぽが力なく垂れる。そして、目と口を半開きに気絶しているようだ。
「俺に見せてどうする。とっとと受付に持って――」
ガタンッ!
ハルはテーブルを叩く。その様子を見て、アンノはため息を漏らし、面倒くさそうな表情を作った。
「……なんだ」
「カールさんたちに聞いたよ。そのネズミ、人のトラウマを呼び起こす霧を出すんだって?」
「ああ、それがどうした。怖くて、漏らしたか? ならとっとと着替え――」
「……っ!」
ハルは茶化すアンノの胸ぐらを衝動的につかみ椅子から立ち上がらせる。木製の椅子がバランスを崩して地面に音を立てて倒れ、周りの視線を二人に集中させる。
静まり返った空間でハルはアンノの首を締めあげるようにさらに力を入れる。
「知ってたんなら、なんで教えなかった!」
「教えたら、もっと楽にできたか?」
「当たり前だ! あんな、人の傷をえぐるような悪趣味なことしやがって!」
「そうか、悪かったな」
「は……?」
アンノのその謝罪はただ言葉だけを並べたような、その場しのぎのものでは無かった。それゆえにハルは言葉を失い、アンノから手は離れる。そして、何に怒っていたのかが分からなくなった。
アンノからこの言葉を引き出すためなのか、それとも別なのか、怒りとは何かを満たして静まるものだ。
「……」
アンノはテーブルに幾枚かの硬貨を置き、そのままその場を後にする。
どこか哀愁の漂うその背中をハルはその姿が消えるまでただ茫然と見届けることしかできなかった。扉が閉まったころには、もう酒場はいつもの賑わいを取り戻していた。
「――ハル君」
カイモスが倒れた椅子を立て直し、ハルへ座るよう促す。
未だアンノの発言に一種の放心状態であったハルはそれに応じ、無言で席に腰かけた。
「あの依頼、昔冒険者が増えすぎた時があってね。丁度王が一人欠けた時なんだけど。依頼の奪い合いが頻繁に起こってたんだ。そんな時に増えすぎた冒険者をふるいにかけるために作った試験みたいなものなんだけど……鬱になったり中にはショック死する人も出てきちゃって、今度は減り過ぎちゃってさ、アッハハハ!」
カイモスは酔っているのか、ブラックジョークが過ぎているのか、死人の話を笑顔で話している。しかし、そういう意味ではカイモスもれっきとした冒険者であり、その長たらしめる所以なのかもしれない。
「でもすごいよ。君はどんなものかも知らないのに、多くの人が失敗するクエストをやり遂げたんだから」
カイモスは笑顔で、まだ口にしていないジョッキをハルの前に置く。未成年に酒を進めるなど、日本なら犯罪であり、同時に親戚のおじさんの特権であるが、ここは異世界。解禁年齢はは肝臓に聞くべきだ。
「……運が良かっただけですよ」
「そうかい? んー。君はうまくいったとしてもあまり喜んだりはしないんだね。自信がないというのかな? 謙虚、といえば聞こえはいいけれど、あまり褒められたものじゃないな」
「……」
「別に自慢しろって言うんじゃないんだ。だけどハル君、こういう時は自分を認めてあげることが必要だよ。謙虚であることは綺麗かもしれないが、そればかりでは成長しない。自信っていうのは成功を自覚して初めて少しばかりつけることができる。まあこれは、本来僕じゃなくてアンノが教えてあげるべきなんだけどね」
「……そう、ですね」
ハルは小さく答える。
「じゃあ、アンノが言わなきゃいけないついでに――おーい皆! ジョッキ持って! ほら、ハル君も」
そういうとカイモスはハルにジョッキを握らせ、高く掲げさせる。
「――クエスト初クリア! おめでとオオオ!」
酒場中はいつもよりより一層賑やかさを増していく。笑顔や拍手がハルに向けられ、名もしれぬ冒険者たちが面白おかしく乾杯する。
「今日は俺のおごりだぜ! ハル! お前には随分儲けさせてもらったからな! ダーハハハ!」
「クッソ―。賭ける方間違ったぜぇ……」
「だから言っただろ! 俺は最初っからわかってたんだよ!」
口々に冒険者たちは声を上げる。そこにはあの教室の中になかったものが色々と無造作に詰め込まれていた。言うなれば、これが冒険者らしい祝杯といったところだろうか。
ハルはその陽気に当てられてか、ジョッキを口に傾けた。
「……マズ」
初めてとは皆そういうものだ。
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