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自殺転生――不死身となった異世界で――  作者: 戸十師 踊平
第一章 『日常と非日常』
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第一話   『馬鹿な転生者』

『お気をつけて』


 そんな声が聞こえ――バシャッ!


「……冷っ!?」


 突然顔面に水を浴び、ハルは声を上げながら体を起こした。と、そこは森の中。パチパチと耳に心地よい音を奏でる焚火が影絵を揺らしながら木々のない開けた場所の中央に鎮座している。

 何が起こったのか把握できないハルは濡れた顔を拭うと、上から見下ろす長身の男と目が合った。


「起きたか」


 大きなローブの隙間から出た男の手には、革製の水筒が握られている。


「えっ……と」


 頭が真っ白になって言葉が出てこない。

 目はあちこちに泳ぎ、額には冷たい汗が浮かぶ。


「はぁ……」


 男は深いため息を一つつくと焚火の向こう側に置かれた熊でも入りそうなほど大きなリュックに寄りかかって地面に座る。

 いたずらに伸びた赤錆色の髪を後ろで軽く束ね、前髪の隙間から鋭い瞳がこちらを覗いている。


 見た目は外国人だがその口から発せられる言葉は日本語だ。日本語吹き替えの海外映画を見ているかのような、なんともむず痒い違和感がある。


「え? え!?」


 ハルは自分の体を確認する。自殺したにもかかわらず、体はその事実がまるでなかったかのように振る舞っていた。病院になんか言った覚えはないし、こんな山奥にキャンプをしにやって来ようだなんて、引きこもりのハルが考えるはずもない。


 そして、そんな彼の頭の中にはがきりなくゼロに近いある可能性が浮上する。

 通常の人間であれば、そうはならない。しかしながら、一年間引きこもりとしていたハルにとって、”それ”はある種、身近なものだった。


 ――これは……異世界転生?



 現実味っという点で限りなく低い可能性ではあるが、アニメやゲームで見たその状況と、それなりに似ている点はある。流暢な日本語を話す外国人。死亡したはずが、外傷どころか痛みもなく、どことも分からぬ場所で起床。


 感動とでもいうのだろうか。しかしこれは限りなくそれに近い。今まで、それこそアニメやゲームだけの話だろうと割り切った世界が今そこにあるのだ。

 元の世界で散々な人生を歩んでいたハルにとって棚から牡丹餅な再出発のチャンス。

 ハルの心は、これまで感じたことのない高揚感に満たされた。


 しかし、魔王を倒すとかいう目的も、俺が転生させられてきた理由の説明もなし。もし仮に創作物でいうところの”女神”なんてものがいるのなら、職務怠慢の駄女神もいいところだ。


「お前どこから来た?」


 男は顎に手をやり指先で無精ひげを触りながら、不思議そうにハルの顔を見てそう言った。


「日本……って知ってます?」


「あ? どこだそれ」


「ですよねぇ……」


 日本語を使っているのに日本は知らない。この矛盾こそが異世界転生における一つのテンプレートとして確立した事象であったがために、それを目の当たりにしたハルは思わず口元が緩む。


 ――やっぱり、ここは異世界なのか。


「変な奴だな……」


 男は再び深いため息を漏らしながら焚火に新しい薪をくべた。


「おじさんはここで何を?」


「見りゃわかんだろ。野営だ。あと、おじさんじゃねぇ、アンノって呼べ」


 そういうとアンノはローブの中から煙管と小袋を取り出し、小袋の中のものを煙管に詰め始めた。

 ハルは、すぐにそれがタバコであることに気づく。未成年の目の前で、これから堂々とタバコを吹かそうというのだからマナーもくそもない。もしも、ここが日本ならば周りの人間から白い目を向けられるのは間違いなしだ。


「なんだよ?」


「いや、別に……」


 ハルは嫌悪感を孕んだ視線を他に移す。

 異世界なのだから、現世の常識が通用しないのも当たり前だろう。この程度の些細な事、どうだっていい。むしろ、俺はなんでこんな場所から始まるのかについて聞きたい気分だ。

 二度目の人生。やり直すチャンスを与えられ、図々しいといわれればそこまでだが、こんなどことも分からぬ森の中で、ヒロインも不在。いるのは小汚いオッサン一人。と、はっきり言って状況は最悪だ。


 二度目の人生、美女の膝の上で起きられていたら、どれほどよかったことやら。


 ハルは残念そうに空を見上げる。

 せめてもの救いはこの綺麗な夜空くらいだろうか。都会ではお目にかかれない満天の星空は幼いころに両親と見たプラネタリウムのそれに見える。


 黄昏るのもほどほどに、何はともあれ一つ確認したいことがある。

 ここは『異世界』でもって、俺は『転生者』この二つが掛け合わされて起こる化学反応こそ、俺が何より気になっていること。

 それすなわち、


 『俺TUEEE』な能力だ!


 色々と言いたかったことはあれど、その要素さえクリアできれば、仮にオッサンの膝の上スタートなんて言うもはや地獄といっても差し支えないシチュエーションだって我慢できる。

 例えば、どんな武器や防具でも作れる能力とかセーブポイントから何度でもやり直せる能力みたいな――。


 能力を思いつくたびにハルの口元は緩んだ。

と、それはハルが丁度五つ目の能力を考えていたところだった。

 煙草を楽しんでいた男は突然、焚火からまだ火のついた薪を取り出し、ハルめがけて勢い良く投げつけた。


「あっぶね! ちょ、何してんの!」


 寸前のところで薪をよけたハルは焚火越しに男の顔を見る。しかし、男はまるでハルが見えていないかのような様子で少し先をじっと見つめていた。


「そっちから来てくれるとは有り難い。探す手間が省けた……山賊共」


「なんだよ、気が付いちまったか?」


 ハルが後ろを振り向くと、そこには薪の残り火で照らされた野蛮な見てくれの男達が複数人立っていた。


 ――おお! 異世界に来て早々、いきなりイベント発生! 


 ハルの頭の中は、まだ理想郷の中だ。


「黙って寝てりゃあ、痛みもなく死ねたのによ。運の悪い奴ら」


 先頭の族は剣で肩をたたきながら、余裕そうな笑みを浮かべる。

 しかしそれもそのはず、男の後ろには二十人ほどの屈強な男たちが各々武器をもって控えている。それに比べ、こちらは丸腰二人。劣勢もいいところだ。


「さてと――って、あ?」


 少しけだるそうに立ち上がるアンノの視界には、なぜだか少年の背中が映る。


「おいおい! 俺のことは無視かよ山賊ども!」


 ハルは、アンノと山賊の間に割って入る。

 制服の上着を脱ぎ、カッターシャツの腕をまくりながら、ハルは山賊をにらみつけた。彼の表情からは、ただならぬ自信を感じさせる。


「あぁ? 俺たちとやろうってのか? お前が?」


 言葉の端々に乾いた笑いを挟みながら、山賊はそういった。


 ――へへ、いい感じになめられてるな。


 力試しにはちょうどいい。軽くビビらせてやる。

 すかさず、ハルは右腕を前に突き出した。指を広げ、形だけは、さながら魔法使いのそれである。


「来いよ、山賊」


「ほう、いい度胸じゃねぇか」


 山賊は余裕綽々と歩き出す。


 ハルは、手の平へと意識を集中させる。気分はあの画面の向こう側の主人公そのものだ。

 

 俺は初めてするゲームでも説明書を読み飛ばし、勢いだけでなんとなするタイプ。それに、俺には転生者という居ながらにして最強の条件を満たしている。テンプレート通りならどうにでもなるはずだ。


 さぁ、今から俺のハーレム最強転生物語が始まるんだ!


 目を閉じ、体を巡る力がそこに集まっていくイメージで――、


 ――来た!


 集めたエネルギーを一気に体外へと放出する。

 瞬間、手のひらの感覚は無くなった。


 ボトリッ。


「え?」


 同時に、なじみのない感覚が、なじみない光景と共に現れる。

 山賊の剣はハルの右手首から先を、ハルの幼稚な考えと共に切り落とした。

 地面に落ちた右腕だったものは素知らぬ顔でこちらに手を振っている。


 その時、少年は知らなかったのだ。そこは『異世界』であることに、現世の常識など通用しない。それはもちろん『現世で言う異世界』の常識も通用しない世界なのである。



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