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第十四話  『脳があるなら爪は出せ』


「大丈夫? ……お父さん」


「う、うぅぅ……」


 冒険者ギルドにて、テーブルに顔を突っ伏してアリニアに介抱してもらっているのは、ボロボロになったハルであった。

 実戦訓練も始まって三日目。今日のドルとの実戦訓練は昼前まで続き、腕の骨を五回、足の骨を三回の計八回の骨折の末に今日の訓練を終えた。


「ん、ん、ん――ケプッ。まだ昼間だよ~ハルくん。その顔はちょっと早いんじゃないかな~」


「……ギルド長こそ、昼間っからそんな顔赤くしてていいんですか?」


 正面に座っているカイモスは、またいつものように酒を片手に、アルコールで緩んだ笑顔をハルに向けていた。


 この人、いつもこんなだけど。仕事してるのか? いくら冒険者たちがアンナでも、いや、むしろあんな自己中心的な奴らなら、苦情なんかはありそうだけど……。てか、ギルド長の仕事って何なんだろ。


「いいの、いいの。ギルド長っていうのはねハルくん。堂々と構えていればそれでいいんだよ!」


 そう言ってカイモスの酔っ払った腕力で掲げたジョッキは、ピクピクと小さく震えていた。


 どこが堂々としているのやら……。


「それに、まだ祭りの最中だしね」


 この街に来てからあの祭りはずっと行われていた。

 来る日も来る日も似たような音楽が流れ、半分ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどだった。

 出店も稼ぎどきと言わんばかりに芳しい香りを風に乗せ食欲をそそらせる。アリニアが何度暴走しかけたかわからない。


「そういえば、あれってなんの祭りなんですか?」


「あれは英雄祭って言って――」


「この国が勝手に作った”英雄教”って宗教の祭りだぜ。ハル」


 ピーネットが二人の話に割って入り、同じテーブルに着席した。

 酒の入ったジョッキを握り、笑顔で赤い顔をしたその表情を見てハルは“またか”と心の中で声を漏らす。


「確か――四大精霊の……なんつったっけなぁ。て……テオ。そうそう、テオだ! 火炎テオの暴走を止めた英雄を信仰した宗教だとかって話だ」


「ふーん。で、本題はどうせいつものですよね? 前置きはいいから、早く終わらせてください」


 ハルはテーブルに指先で円をかきながら、面倒くさそうにそう言った。


「おいおい、そう邪険にすんなよハル。こっちだって必死なんだぜ?」


 身振り手振りを用いて話すピーネット。

 そして本題はいつものこれだ。


「なぁ頼むぜ。アリニアを俺たちのパーティに入れ――」


「ダメです」


「そこをなんとかよー。俺とお前の仲じゃねえか? な?」


「そんな仲じゃないでしょ」


「あ!? お前さては、まだあのバカにしたこと引きずってんのか? あんなもん、ただの子供騙しじゃねえか。そんな本気にすんなよ」


「違いますよ!」


 ハルは食い気味に言い放つ。


 まぁ気にしてないこともないけれど……。


 思春期の男子にとって、人に笑われたと言う事実は、仮にそれが“何もないところでコケて、クスリと笑われた”程度の普通気にも止めないようなことでさえ気にしてしまうものだ。

 しかし、そんなことは本当にどうだっていいのだ。


「なぁ、いいだろ?」


 ピーネットはジョッキをハルの前に置きながらそう言った。


 いや、飲まねえよ。未成年だし。


 こうやって、アリニアを欲しがってすり寄ってくる奴らは、ピーネットだけではない。老若男女、階級も関係なく、主に冒険者が毎日やってくる。

 別にそれはアリニアが可愛いからとか、そう言う理由ではなかった。


 ――全部アイツのせいで……。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それは実戦初日のこと。


「く……ケホ、ケホ……」


 天地のひっくり返っているハルは、アリニアに回復魔法をかけられていた。


「ヨワヨワ~、ヨワヨワ~」


 正面にはドル。ハルの剣を奪い軽快なステップを踏み、巧みにハルを挑発する。


 装備しててもイテェ。


 肘や膝などの各関節と胸と腕などのに取り付けられた鉄製の装備。実際のところ相当重たいがソーの魔法によって軽く感じる。


 あの後聞いたアンノの話では、身体強化魔法の特徴は二つで、見えない装甲と身体能力の向上だとか。

 装甲は体験したからと、ソーに身体能力の向上だけに魔力を集中させたら、軽くジャンプしただけで馬鹿みたいに飛んで足の骨を折った。


 要するにこの二つのバランスと、その切り替えをこれから訓練するわけだ。

 自分でやるのも神経をすり減らすが、二人で息を合わせるとなると、その難易度は倍どころではないらしい。聞いただけで途方もない時間を費やすことがわかる。


「そういえばハル。お前の冥力。ソイツは隠す必要がある」


 煙管片手にいつものように煙をふかしながら、アンノはハルのことを指さした。


「え?」


「お前指切れ」


「は?」


 突拍子もないアンノの言葉にハルは困惑する。


「いいから切れ、その後にソーに傷跡を見せろ」


「……はぁ」


「はいこれ~」


 ハルはドルから剣を返され、指先にプリントで切った程度の傷をつけ、ソーに見せた。


「何ですか? ……!」


 ソーは興味深くハルの指先を見たいたのも束の間、すぐに後退り。血の気の引いた顔をハルに向け、声も失っていた。

 ハルは首を傾げ自分の指先を見るが、それはいつものように塞がっている。


「それが普通の反応だ」


 アンノが淡々と話す。


「冥力ってそんなに珍しいのか? てか、そんな怖がることないだろ。ソー」


「……っヒ」


 ハルが何食わぬ顔で近づくとソーはさらに後ろに下がる。


「冥力を持つものが少ねえのはそうだが、お前のは別だ。ソイツは“怠惰”と同じ能力。だから、その反応をされる」


「誰だって?」


「”勇者”――十年前に各地で突然現れた最低な人間どもだ」


 切り出しから、お前が言うかと思うようなところだが、気にせずハルはアンノの話を聞いた。


「そいつらは、人数も目的もわからねえが自分を勇者と名乗り、全員特殊な能力を持っている。その中でも“怠惰の勇者”と“暴食の勇者”はあの街……というか国を荒らしまわった大悪党だ」


 ハルはまるで実感が湧かずボケーとその話を聞いていた。


「つまり、お前は生きながらにしてお尋ね者ってわけだよ。その能力がばれた途端、不死身なのをいいことに好き勝手使われるだろうな。怠惰に恨みのあるものは多い。拷問から始まり、斬首、絞首、火炙り、八つ裂き――」


「もういい。もういい……」


 聞くだけで冷汗のかく一撃必殺のラインナップにハルは思わずアンノの話を切る。


「てか、その怠惰ってやつ俺に顔でも似てんのかよ。能力だけじゃわかんねえだろ」


「顔はほとんど誰も見ていない。見た奴は大抵殺されてるからな。でもな……いや、だから能力が同じなら同一人物と決めつけられる。冥力を持っているものは少ない。その中でも同じ能力の人間なんてこれまで存在しない。だから、バレたらお前は終わりだ」


 ハルは、ゴクリと息をのむ。

 

「じゃあ、どうするんだよ。隠し通せってか? 人前で怪我するなってことか? まぁ、気を付ければできなくもないが……」


「いや、それは言っちまえば怪我した瞬間おしまいだ。だから、逆にする」


「逆?」


 アンノは徐に巨大なリュックの中を探り始めた。

 そして、


「ポン……こいつを使う」


 一つのガラス瓶を地面に置く。瓶の中は何かの液体で満たされているのが分かる。


「お、お前……これ……」


 ハルの顔が引きつった。

 アンノに対しハルは完全にドン引きである。


「あぁ、感動の再開だろ? 挨拶はどうした?」


「俺の……手。お前イカれてんのか……」


 ハルは穏やかに混乱していた。

 瓶に満たされた液体の中で浮遊するのは、あの時山賊に切り落とされたハルの手であった。


「まぁ、そういうな。こいつを使って、お前の再生能力は全部アリニアの手柄にする」


「は?」


「俺はこれを使って街に噂を流す。内容は”アリニアという腕も再生させるとんでもない回復魔法を使うやつかいる”ってところか。そして、お前とアリニアは基本的に二人一緒だ。もし怪我すれば、魔法をかける仕草でもすればいい」


「なんで、そんな目立つようなことをわざわざ」


「だからいいんだ。アリニアを目立たせ、お前はその陰に隠れる。正直、アリニアの回復魔法もかなりのものだ。らしく動けばまずバレねえ。下手に隠し続けるよりも、そっちの方が危険度が低い」


「つまり、アリニアを囮にするってことかよ」


「そうだ。お前の能力がバレて、アリニアに危険が及んだら元も子もねえだろ? 使えるものは使う。それでいて危険な道を避ける。今のお前に最も必要なのは魔法や戦闘なんかよりも、先ずはその脳だ。多少は自分で使え」


 ハルは、苦虫を噛んだような表情をアリニアに見せる。


「わかったよ……アリニアごめん」


「ううん、謝らなくていいよ。お父さん」


 アリニアは問題ないといった表情をハルに向ける。

 と、


「それはそうと、どこ行くんだ? ソー」


 アンノがそういうと、森を後にしようとしたソーの肩がピクリと動く。

 

「あはは、えーっと。なんか僕は関係ないかなーって」


「ドル」


「はーい」


「いやだ! 僕はそんな危ない橋渡りたくない! バレたら僕まで死んじゃうじゃないか! 聞かなかったことにするから離してえええぇぇぇ!」


 アンノの合図でドルに持ち上げられ、まるで裏返ったカナブンみたいにバタバタと暴れるソー。


「もう聞いちまったんだ。それに、パーティに入れてやるんだから文句ねえだろ? それともここで口封じにヤッてほしいのか?」


「ヤッチャウゾー」


 涙目のソーに対して、アンノとドルは脅しをかける。

 さながら悪魔な二人と、その間で小鹿のように震えるソーを見てハルは、


 先に謝るべきは、ソーだったか?


 そんなことを考えていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、今に至るわけだが……。


「なにこれ……」


 ハルの正面に並べられた料理の数々。どれもこれも、冒険者ギルドの食堂の料理だ。

 そして、群衆となった冒険者たちが、どいつもこいつも狙いの見え透いた笑顔をこちらに向けている。


「これ全部食べていいの!?」


「どうぞ―」


 冒険者たちの号令で、料理を食らうアリニアは嬉しそうだ。

 しかしハルは、そんなアリニアとは対照的に、きまり悪そうな表情を浮かべる。


「これで、ホントによかったのか……」


 ハルは適当な料理を口に運ぶ。


 ん……ハンバーガーたべてぇ……。


 薄味のヴィロストに文句ありげにそう考える。

 と、


 ――バタンッ


 扉から二人組の男が現れた。

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