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第十三話  『リュックの中の一番重くて軽いもの』

 そして、それはわずか一秒にも満たなかったと思う。


「何してるの!!!」


「フギャッ!」

「フゴォッ!」


 二人並んだハルとソーの頬を後ろから、強く握りこんだ拳が殴りつけ、倒れる二人の間をアリニアが駆けて行った。


「女の子になんて格好させてるの! 変態!」


「ミンナーヘンタイー」


「いや、俺じゃないって、アリニア!」


 激高するアリニアが隠すその幼女は、アリニアに合わせ適当な棒読みを飛ばす。

 回避不可能な二度目のアンラッキースケベ。そして、今度はアリニアのグーパンと罵倒のおまけつき。

 そんな踏んだり蹴ったりな状況ながら、ハルは一つだけ気づいたことがあった。


 それは手術痕のような縫い目、幼女の両の肩とモモについたそれは、普通では考えられないほどに大きな縫い目で、さながら幼女は本物の人形の様だった。

 

「それって――」


「見ない!」


「はい!」


 アリニアの叱咤でハルの言葉は最後まで発せられることはなく、ついでにハルは両手で自分の顔を隠した。


「おいドル、出る時は服着てから出てこいって言ってんだろ」


「服嫌い」


「お前なぁ……」


 アンノは渋々リュックの中をあさり、取り出した衣類をアリニアに投げる。

 

「着せてやれ」


 アリニアはドルにその服を着せるが、ドルの表情は、まるで風呂に入るのを嫌がる猫のように険しいものだった。


「はい、これでよし」


 アリニアが満足げにそう言った。

 その言葉を聞いてハル達は改めてその幼女のことを見た。


 白色のゆったりとした服装。その白さに負けないくらいの肌の白さと、その美顔についた二つの宝石のような緑色の瞳。完璧すぎるが故に、まるで作り物のようだ。


「何見とれてんだ。お前の実戦相手だぞ」


「へ?」


 一瞬頭がバグったのかと思った。

 ハルはアンノの言葉を理解するのに数秒費やした。


「戦うのか? この子と?」


「そうだ」


「ウオー、ヤッタルドー」


 何拳法とも知らない、というか多分ない構えを見せる能天気なドル。

 それとは対照的に乗り気になれず、ハルは苦笑いを浮かべる。


「いいから、やるぞ」


「……あぁ」


 なんというか、こんなイタイケな幼女と戦うっていうのは気がひける。もし、顔に傷痕でもできたら、一生恨まれるんじゃないか? これだけ美顔なら、一部の男達からも強烈な反感を喰らうことも考えられるし、むしろそっちの方が怖い。


「ソー、ハルの強化。今度は全身を強化だ。ドル。加減しろよ。ハル――とりあえずお前は一発受けろ」


「――はいはい」


 ソーはアリニアに殴られた頬を擦りながら立ち上がり、先ほど同様にハルに身体強化魔法をかける。

 ハルは、なんとなくで防御の構えをして、ピョンピョンとボクサーみたいにウォーミングアップするドルの攻撃を待った。


 アンノが選んだ相手だから、それなりに強さの保証が付いているが、やっぱり乗らないな。ダロックさんみたいな筋骨隆々な方が、気持ち的にも引き締まる気がする。


 なんてハルが考えていると、


「あ……言い忘れたが、ドルの階級は白金だ」


「え? ――ドゴォ!!」


 白金とは、冒険者において最も高い階級。受付嬢のマイアーが言うには、冒険者ギルドが出来て今までの到達者は三人だとか。

 明らかに言い忘れてはいけない情報を直前で口にするアンノ。

 そして、そんな言葉に困惑したのもつかの間、目の前で楽しく飛び跳ねていたドルの姿は一瞬にして視界から消え、気づいた時には目の前で華麗な回し蹴りをハルの横っ腹に打ち込んでいる。

 が、問題はそこからであった。


 ――おっっも!?


 腹部を真っ二つにでもしようかと言った驚異的なスピードに加え、その小さな体からは一切想像できないその足の重さ。まるで、十トントラックにでも突き飛ばされてしまったのではないかと思うほどのものだった。

 そんなドルの一撃にハルの両足は一瞬にして地面から離れる。


 ――え? 俺転生するのか?


「オアアアァァァ――べギィ、バギィ……」


 ハルの体は森に生えた木々を叫び声とともにへし折っていく。


「お前……手加減しろって言ったよな」


「したよ。でも舐めてたからちょっと本気出した」


「お父さん!」

「ハルくん!」


 アンノですら若干引き気味にドルのことを見ていたが、ドルはさも当然と仁王立ちを見せる。

 アリニアとソーが数十メートル吹き飛んだハルの元に駆け寄った。


「う、うぅ……」


「大丈夫? ……じゃないよね」


 折り切らなかった木の下でぐったりとうなだれているハルの傍に寄り添い、二人はハルの体に異常がないかを確かめる。と、

 口元から吐血、明らかに変なへこみ方をした脇腹。


「クッソ痛え……」


 ハルは感じ取っていた。

 ソーの強化魔法を貫通させて与えられたダメージ。

 それは何本もぶつけた木によるものではなく、たった一撃の幼女の蹴りによるものだった。さらに、それによって折れた肋骨が腹の中で臓器に突き刺さっているのが分かる。

 もしも、ソーの強化魔法がなければ、文字通り体を真っ二つにされていたのではないかと、ハルはぞっとした。


「待ってて、お父さん」


 アリニアが両手でハルのお腹を覆う。

 めちゃくちゃになった腹の中は、ハルの完全再生能力にアリニアの回復魔法を合わせ、急速に回復した。


「あぁ、ありがとうアリニア」


「すごいなアリニアさん。こんな大けが一瞬で治せるだなんて。というか、ごめんハル君。僕にできることはしたんだけど……」


「いや、多分だけど、あれはあの幼女がおかしいだけで、ソーは悪くないよ」


 多分というか、絶対にそうだ。

 直接体感している俺が言うのだからまず間違いない。おまけに相手は白金級という、冒険者の中でも折り紙付きのバケモノだ。むしろ、そんな奴の一撃を骨を折る程度で済んでいるのだから誇っていい。

 そんなことを思っているとアンノ達が近づいてきた。


「そういえば、装備も渡してなかったな。まぁいいか……」


「……わざとだろ。お前……」


「まぁ、そういうな。コイツの冥力は言っちまえば質量変化だ。生物の重さを変えることはできねえが、自分自身の重さや肌に触れている無機物の重さを自由自在に変化させることが出来る」


 普通に手遅れの忘れ物を思い出すアンノ。

 そして、アンノによるドルの能力を聞いたときに一つの辻褄が合った。

 あのバカでかい荷物。細身のアンノが余裕で持ち運べるわけがない。ドルが裸だったのも、彼女の肌に触れることで、荷物を軽くするためだろう。


「先に言っとけよ、そういうの……」


「言ってなかったか?」


 白々しいアンノの表情に、何か言いたかったが自分が油断していたこともあってグッと我慢した。


「まぁ、それでだ。今日から毎日ドルと戦ってもらう」


「毎日……!?」


「あぁ、今日と同じ時刻に毎日だ。ソーとの連携訓練もそこで同時に行う。ドルにはもう少し手加減させるが、それでも当たれば相当痛い。まぁ精々、腕や足が折れるとか、その程度だがな」


「”その程度”って……十分大ごとだけどな」


「お前の冥力があれば問題ないだろ。それにさっきの傷もアリニアの回復魔法と組み合わせてすぐに治ったじゃねえか」


 治る治らないの問題ではなく、もっと別の問題。

 ハルの能力は、あくまで体の損傷の回復であり、受ける痛みはまるで軽減されない。痛いものは痛いし、そんな事連続でやられるのは精神的に来るものだ。……が、


 ――”アリニアを頼んだ”

 

 レーヴェさんのその言葉がある種、呪縛のようにハルの心を前進させる。


「ふー、アリニアの為、アリニアの為……」


 顔に両手を当て、ハルは何度もつぶやいた。


「ん? どうかしたか?」


「わかったよ、やるよ!」


「お、おう……そうか」


 突然のハルの大声宣言に、アンノは意外と言った表情を見せる。


「お父さん……」


 心配そうな表情を向けるハルに向けるアリニア。

 しかし、ハルは笑顔で答えた。


「大丈夫、大丈夫……」


 アリニアの頭に手を乗せ、なでながら言い聞かせるようにそう言った。アリニアにも、そして自分にも。


「よし――パンッ! すぐにもう一回だ」


 ハルは立ち上がり、両手で顔を叩いてそう言った。


「元気そうだな、じゃあ装備はいらねえな」


「いるに決まってんだろ」


 地獄の訓練の日々が始まった。


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