第十二話 『使えるもの使えないもの』
「うげぇ、もう美味しくない……」
アリニアが二十五杯目のポーションを地面に置く。
魔器が先に満たされたことにより、味の変わったポーションでは腹を満たすことはできなくなり、とても不機嫌そうだ。
しかし、そんなアリニアの事を放っておいてハルはきまり悪そうな表情をしていた。
「……」
「……ん? どうかしました?」
腕を上下に振る握手に重さを感じたソーは疑問の表情。
ハルの表情は固まっていた。
それもそのはずだ。アンノの言っていた一流の魔法使い。それは、冒険者において下から二番目の階級の少年だった。冗談にしても出来が悪い。
まだ冒険者になったばかりで、階級も銅三等級のハルに言えたものでがないが、落差はそれほどにまでの衝撃を与えた。
「聞き間違いだったら悪いんだけど、階級は銅三等級?」
「そうです!」
聞き直しても回答は変わらない。
ハルは、口の中で舌を転がしながら、反応に困った。
と、
「階級ばかりにとらわれんな。冒険者の階級ってのは単純な戦闘力の序列じゃねえ」
アンノが地面に散らばった用具を片付けながら口を挟む。
「でもさ……」
「え!? 僕ダメですか?」
さっきまで喜んでいたソーの表情も一変、曇った不安そうな顔を見せる。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「お願いですから! パーティ組みましょうよ!」
ソーは両腕でハルの腕をつかみ、必死に懇願する。
そんなソーを見て、ハルの良心を痛めながら考えた。
人数が増えることはいいことだとは思う。人が増えればそれだけ受けることの出来る依頼も増えるし、アリニアを守る面でも俺だけではカバーしきれないときも来るだろう。でも、その逆。人が増えれば一人当たりの報酬も減るわけだし、余計な厄介ごとを持ち込まれる可能性もある。贅沢なのは重々承知だが、もし、入れるにしてももう少し階級の高い……。
ハルが、眉間にしわを寄せていると、
「二人とも立て」
アンノがため息混じりに頭をかいてそう言った。
二人がその言葉通りに立ち上がると、アンノがリュックをあさりながら続ける。
「ソー、そいつに身体強化魔法だ。お前の出来うる最大の出力でハルの頭部に魔力を集中させろ」
「――あ、はい!」
何か察した様な表情をしてソーはハルめがけて両手を伸ばし、手を開く。
さながら、どこかの白黒頭にサングラスをかけた男にそっくりなその格好をしてソーは待機する。
「なんだ?」
「ハル、動くなよ」
アンノがリュックから持ち出したのは一本の太い木の棒だった。
「え……?」
まるで状況のつかめないハルは、ただ言われた通りに動かず、二人のことをキョロキョロ見つめている。
そんなハルのことを一切気にせずアンノは木の棒を縦に構え、まるで剣道でもしているみたいに振り上げ、
「ちょっま――ベギィイッ!!」
ハルの脳天に振り下ろす。
あまりの衝撃にハルは地面に倒れた。
「いっった! ……くない?」
ハルが頭の上を触ってクレーターが出来ていないかを確認する。
通常、良くて気を失う。最悪の場合あの世行きのその攻撃を受けて、まるでハルにはダメージはない。それどころか木の棒の方が大きな音と共にへし折れていた。
「これが身体強化魔法。戦闘の基本であり、重要な項目だ」
「おおぉ……」
初めて身をもって味わう生の魔法。
その強大な能力にハルは思わず声を漏らした。
「ソー。君すご――」
「ギャアアアア!!」
ハルが褒めようと開いた瞬間、その対象の叫び声が森に響き渡る。
「ぼ、僕の……杖が……」
ソーは、まるで大切な我が子のように二つに折れた木の棒を持ち上げる。
それは、身体強化魔法をハルに体験させるためにアンノがへし折った物だった。
「え? それソーの杖?」
言われてみれば、あの時も杖を持っていた気が……。
ハルはそっとアンノの方を向き、細い目を向ける。
「あぁ? なんだ?」
「”あぁ? なんだ?”じゃないだろ。流石にそれはどうかと思うけどなぁ……ソー大丈夫か?」
ハルはアンノのことを追求する。
魔法使いであるソーの杖を折るという事は、商売道具を壊したことも同然。それにまるで平気な顔をしているアンノは今まで以上のクズに見えた。
「う、うぅ……高かったのに……僕の銀貨十枚……」
「そうだよな。高かったよなぁ……絶対に弁償させるからなぁ」
ソーは両膝をついて絶望する。ハルはそんな未来を失った顔つきのソーの背中を摩り、少しでも気を落ち着かせようと励ましの言葉を贈る。
「お前らなぁ」
「あっ」
アンノは追い打ちをかけるように、呆れ顔でソーの手元から杖を奪う。
「おい!」
「こいつはタダの木の棒だ。魔法の杖なんかじゃねえよ」
「え?」
「え?」
二人は声を揃えていった。
「ソーお前、カモられたな。これはその辺の木を削っただけの模型だ。出来はいいが、売ったにしても銅貨二枚がいいところだろ。ガキの玩具にはなる」
「……バンッ! あいてっ」
自分の心配していた時間が無駄に終わり、そのなんともやるせない気持ちを乗せて、ハルは摩っていたソーの背中を無言で一度叩いた。
「というか、お前杖なんか必要ないだろ」
思い返してみれば、身体強化魔法を俺に使った時、杖なしで魔法は発動してたよな。
「いやぁ、だってかっこいいじゃないですかぁ。長いつばの帽子も、魔法の杖も。これぞ魔法使いみたいな感じで」
誰でも始め方というのはバラバラだけど、ソーは形から入るタイプだということを知った。バスケ部に入った学生が親にせがんでマイケルジョーダンモデルのシューズを買うのと一緒だ。
と、同時にハルはあることに気が付く。
「ソーはこれだけの魔法が使えるのに、なんで銅二等級なんだ? そもそも、これくらいは大したことは無いとか?」
「それは……そのぉパーティを誰も組んでくれないから……」
ソーは言いにくそうにそう答えた。
「なんで?」
「いらねえからな――」
アンノはきっぱりと答えを言って、そのまま続けた。
「魔法使いの役割は基本的に、パーティの後衛として攻撃に参加し前衛の支援。それと、上位魔法を使用してのとどめの一撃の二つだ」
「身体強化魔法も支援だろ?」
「それはそうだが、使う時がねえ。身体強化魔法ってのは通常自分で自分にかけるもんだ。じゃないと加減がきかねえ。今必要な箇所に必要な分だけ魔力を集中させるのが身体強化魔法の使い方だ。もし魔法使いに強化を任せるなら、相当息が合わないと戦闘には使えん」
「じゃあ、前衛と一緒になって訓練すれば、使えるようになるんじゃないか?」
「冒険者がそんなことするように見えるか?」
その言葉にハルは冒険者のことを思い浮かべるが、ハルの脳内には昼間から飲んだくれてテーブルに突っ伏している姿しか浮かばず、あれらが時間が以来の合間を縫って訓練や鍛錬を行うようには到底思えなかった。
「あぁ……確かに」
「それと、こいつには決定的に欠けているものがある。それは――」
「……攻撃できないんです」
アンノが口に出す前に、ソーは小さくそう呟いた。
「攻撃魔法は使えるんですけど……それを動物や人に向けて使うことが出来ないんです。それで、誰もパーティに入れてくれなくて、一度だけ入れてくれたところもあったんですけど、それっきり……」
ソーは自分の腕を摩り、はにかみながら答える。
ハルは、そんな誰にも求められないソーに何かを重ね、肩を掴み、
「パーティ組もう! 俺はソーがいないと戦えない! ソーが必要なんだ! ……あっ」
ハルは自分から思わず出たの恥ずかしい発言に顔を赤くする。
思春期の男子が参観日に将来の夢をテーマにした作文を読み上げるくらいにはメンタルに来る。
「は、はい!!」
しかし、そんなハルの赤面発言はいいように働きかけ、ソーの顔には笑顔が戻った。
「終わったか?」
アンノがけだるそうに言った。
いつの間にかアンノの口元にはいつものように煙草がある。
そんなにつまらなかったかよ。俺たちの青春群像劇は!
心の中のそんな叫びを表情で示したハルであったが、アンノはそんなこと意に返さず煙草を楽しむ。
「ドル、出てこい」
――シュル
アンノが日頃背負っている巨大なリュックの中から、何かが飛び出し二人の前に着地した。
「え?」
金髪の短く少しうねりのある髪を朝風になびかせ、緑色の真ん丸な瞳を輝かせるその幼女は、まるで女児が遊ぶ着せ替え人形みたいに可愛らしく、見え始めた太陽を背にしているその姿は、もはや天使のように美しかった。
しかし、
「なんで…………裸なんだ?」
ハルは呟いた。
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