第十一話 『すごい魔法使い』
「うっ…あああぁぁぁ! ……な、にしてんだ!」
鶏の鳴き声ではなく人間の叫び声が朝の訪れを伝える。
ハルは痛みに苦しみながら、噛みしめる歯の隙間を通ってカスカスの怒鳴り声をあげる。右手を抑える指の間からポタポタと血が垂れ、草の地面を赤くする。
アンノはハルが人差し指と中指を欠損するに至らしめた原因を片手に握りしめていた。ハルの手に握られていた鉄の塊はナイフへと変わり、刃から持ち手まで全て鉄で造られたそれはハルの血液を吸って、赤く染め上がっている。
「それが……お前の……冥力ってのかよっ……」
「ちげえよ、俺にはねえ。これは土魔法の応用だ」
アンノはナイフについた血を拭き取り、ついでにハルが叫んだ時に飛び出した種を手に取った。
「……変化なしか」
そう呟いて、アンノはその種を適当な場所に投げ捨てる。
「じゃあ……なんでこんな」
「よく見ろ、お前のその手」
ハルはゆっくりと左手をどける。と、それはある意味いつも通りの光景。
根元から切断された指はスルスルと糸を束ねていくように、骨、筋肉、皮を順に作っていく。もう既に第二関節辺りまで再生していた。
「……知ってたのか?」
「当たり前だろ。お前、俺の目の前で片腕落とされてんだぞ。しかも、切れた腕は放置。なのに数日たってみてみれば、完治。馬鹿でも冥力の可能性くらい感じる。目の前で見たのは……初めてだがな」
確認と興味本位で人の指二本落としたという事なんだろうか。普通にイカれている。もし間違っていたりしたらとか、こいつはそんなこと考えないのか。サイコパスかなんかか?
「まぁ、そいつが冥力だ。お前の場合”完全再生”ってとこか? にしても早いな」
髭を触りながら、アンノは興味深そうな表情でその再生していくハルの指先を見つめ、完治したところで、手元で果実をすり潰し始める。
「……次はこっちだ。アリニアも起こせ」
「は? 起こせ? ……!」
ハルはアリニアの方に目をやる。と、
「アリニア!?」
アリニアは音もなく地面に倒れている。
叫びも苦しみもせず、さっきまで元気に持ち前の食い意地を見せつけていたにもかかわらず、その面影はまるでない。
「おい! 何したんだよ!」
「落ち着けよ。ただの魔力切れだ……それよりも口から出てる“それ“早く出してやれ」
そう言われて、ハルがありにあの口元を覗いた。
口にはまるで西部劇のガンマンみたいに植物を咥えている。いや、正しくは違った。
「……これ、口の中から生えてる」
ハルが出ている植物を引っ張ると明らかに抵抗を感じた。
「早くしてやれ、死にはしないが、根が深く張ると取るのが面倒だ」
コイツマジで……
「わかったよ」
心中では淡々と話すアンノに苦言を呈しながらも、ハルは息を飲み、その植物を指先でつまみ、ゆっくりと、根が残ったりしないように、細心の注意を払って、
――プチプチプチ
口の表面に張った植物の根。その剥がれる音が手を伝って感じる。感覚だけなら気持ちのいいものと言ってもいいが、状況を鑑みるならば最悪と言っても差し支えない。
「取れた……」
まるで、カイワレ大根程度に育ったそれは、細い根の先にアリニアの口の粘膜をいくらか絡め取っている。
ハルはすぐにアリニアの口の中を調べ、植物が一部でも残っていないかを調べたが、結局出血もなく、取り残しも見つからなかった。
「そのタネは、魔力を吸収して成長する植物“ダレア”の種子だ。普通は空気中や地中の微細な魔力を吸って少しづつ成長するが、生物の体内だったり、魔力の濃い場所では、根を張り、一気に成長しようとする。だが、魔力量に対しての成長率が悪すぎて、人一人分の魔力を吸ってもそんなもんしか成長しねえ」
アンノはアリニアの口から摘出されたダレアの種を拾って、
「まぁ、かなり吸ったな」
と一言。そしてそれもまた、ハルのものと同様に投げ捨てる。
「話はこっからだ。まずは、アリニアに飲ませろ。ポーションだ」
「こ……これが、ポーション?」
ハルは顔を引き攣らせ、疑問を浮かべる。というか、若干引いていた。
アンノが飲ませろと言っていたそれは、先程すりつぶしていた果実の集合体を小皿に乗せたもの。さまざまな色が混じりに混じり、まるで美術の授業後半の絵の具の水入れみたいな色をしている。
逆立ちしてもポーションには見えない。
「だ、大丈夫なんだろうな!?」
「……」
アンノは無視して、また新しいポーションを作り始める。
沈黙とは賛成である。そんな言葉を考えた後、覚悟を決めてアリニアの口にそれを流し込んだ。
ドロドロと粘性のある流体が、アリニアの喉を過ぎていく。
なんか、絵面やばくないか……?
なんてことを思った時、アリニアはムクリと体を起こす。
「おお! アリニア大丈――」
「美味しいいい!!!」
ハルの心配を一瞬にして吹き飛ばすような大声で、予想とは大いにかけ離れた感想を飛ばす。
「お父さんが作ったの!? おかわり!!」
「え? ……マジ?」
元々引き攣った笑顔がさらに引き攣る。
どこか晴人に似た狂気と恐怖をハルは感じとった。
「あ、アンノー……」
ハルがアンノに助けを求めると、アンノはスッとまた新しいポーションを差し出した。
瞬間、アリニアはご飯時の犬みたいに飛びついて、一瞬にしてそれを飲み干す。
「お、おい……」
ハルは、唖然とした表情。
アンノが作り、アリニアが飲み込む。幾度にもわたって行われたそのやり取りは、まるでわんこそばでもしているかのようだ。
「これがそんなにねぇ……」
ハルは、わずかにアリニアが飲み損じたポーションを指先ですくう。
そして、
「ん……!」
舌につけた瞬間、それは味というにはいささか無理のあるものを感じる。
甘味、酸味、塩味、苦み、旨味、それぞれに言語化できる味ではない。その裏側にある味。ただ、そんな何もわからない味であるが、一つだけわかることがる。
それは、
「オエエェェ……マッズ! ……」
激烈なマズさだった。
走馬灯すら駆け出すようなマズさ。容易に嗚咽をもたらすそれを、まるで浴びるように飲むアリニアは、一体どんな超人なのだろうか。
ハルは手で口を抑え必死に吐き出すのを我慢する。
「やっぱりか……」
二日酔いのおじさんようになっているハルを見て、アンノはそう呟く。
「お前……魔力ねえな」
「……え?」
アンノはあっさりと絶望的なことを言う。
理想というのは、あくまで理想であり、現実というのは大抵理想からかけ離れているものだ。これはその典型的な例。転生したからといって必ずしも誰もが最強ではない。むしろ、最弱であることすらあるのだ。
「このポーションは、魔器の残り魔力量に応じて味が変化する。空であればうまい、満たされてればマズい。簡単に言えばそれだけだ。で、お前にダレアの種が根を張ることは無く、ポーションはマズかった。つまり、考えられることとすれば、お前に魔力が存在しないことだ」
「……じゃあ、戦えないってことかよ」
それは、とても残酷で早すぎる結末。アリニアを守るため、戦い方を教わりに来たというのに、始まる前からすべて終わってしまった。
ハルは、ぐったりと肩を落とした。
と、
「お前ひとりならな――、そのためにこいつを連れて来たんだ」
アンノは、横に寝転んで、いまだにスース―と寝息を吐く少年のことを指さす。ハルの先ほどの大きな叫び声にも動じず、マイペースに睡眠を楽しむ彼にはアリニアの食欲に似たものを感じる。
「いい加減に起きろ――ドズッ」
「ヴォゲッ!」
少年のみぞおちにアンノの肘が食い込む。
見ているだけでこっちまで痛くなりそうなその光景にハルは顔をしかめた。
「――ケホッ! ケホッ……え!? ここどこ!」
「起きたか、ソー」
正しくは、無理やり起こしただけどな……。
「アンノさん!? と、どちら様?」
寝ているところを誘拐まがいに連れてこられた森の中で、知らない人間に囲まれるソー。混乱は理解できるし、同情すら覚える。
「えーと、これは……その、どういう状況なんですかねぇ?」
「お前、こいつとパーティ組め」
「え!?」
「え!?」
突然のアンノの発言に二人が同時に声を上げる。
が、その声が指し示す意味は二人とも違った。
「パーティって、そんな急に――」
「ホントですか!!!!」
ハルの困惑の声をかき消して、ソーは歓喜の声を上げる。
そして、喜びに満ち溢れた表情のソーはハルの手を握り、
「よろしくお願いします!! 僕はソー。魔法使いです!! パーティ組んてくれる人がいるだなんて、嬉しいなぁ」
「あ、はぁ……え? 魔法使い?」
ハルはあることに気が付く。
冒険者ギルドで、アンノに突き飛ばされた時、ハルの下敷きになっていた少年。あれはソーであった。帽子をかぶっていないため、わかりにくかったが、アンノが持っていた長いつばの帽子も彼のもので間違いない。
「君、あの時の……」
「え? どの時ですか? どこかであったことありましたっけ」
「あぁいや……初めましてだよ」
明後日の方を向いて、ハルは答える。
「でも、いきなりパーティって言われても」
「身体強化魔法。それが戦士の基本だが、お前に魔力がない以上、他人で補う必要がある。その摘人がコイツだ。魔法の腕に関してだけは、こいつは一流といっていい」
「いやいや、そんなことないですよぉ」
ソーは照れながら否定してはいるが、アンノが人を持ち上げるなんて、ハルは初めて見た。正直それだけで、この少年がただものでは無いことはよくわかる。
そして、その事をさらに証明するためにハルは一つ質問をした。
「ちなみに、階級は?」
「銅二等級です!」
ソーは元気に答えた。