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プロローグ2 『落ちていく空』

『死にたい』


 ――そんな言葉を耳にするのはそう珍しいことではない。

 恋人に振られたとか受験に失敗しただとか、はたまた次の日が仕事なだけの日曜日の夜なんかにも簡単に口から零れ落ちる。


 だが、大半の人間は本当に死にたいのかと聞かれれば、決してそうではないと答えるはずだ。ただ単に自らの感情を過剰な言葉を用いて表しているに過ぎないのだから、逆にそんな質問する人間の神経を疑うだろう。


 しかしながら、いくつもの偽物に紛れて極稀に、その言葉を本当の意味で使う人もいる。




『死にたい』


 少年の手にある画面の割れたスマホに映ったその投稿は、今日より数日前のものだ。


 ――俺はどこで間違えてしまったのだろうか。

 

 そんなことを考えながら制服姿の少年は少し近づいた空を眺めていた。

 今日の空は、ひどく機嫌が悪いようで、今にも雨が降り出してしまいそうなほど分厚く黒い雲が端から端まで隙間なく覆っている。夜であることも相まって、より一層陰鬱な雰囲気がそこにはあった。


 少年は視線を上から下に変え、自分のいる場所を確かめるように足元を見る。

 そこは廃墟の屋上。落下防止用フェンスより外側のパラペットの上に彼は立っていた。

 

 カーン……カランカラン


 風に押された空の缶コーヒーが足元から消え、地面と衝突する。音が聞こえるまでの時間で、それなりの高さがあることが伺える。


「スーーッ……はぁ」


 夜風に体を煽られながら、少年はゆっくりと深呼吸した。


 文字通り一歩間違えれば命を落としかねない危険な状況だが、彼の中に死への恐怖はない。こう言ってしまうと変わり者と間違われかねないが、決してそうではない。 

 死んでしまったほうが良いと思えるほどに彼は追い詰められていた。今の状況を簡略化して言うのであれば、彼は今――自殺しようとしていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 テレビに映る蚊帳の外の大人達は、まるで俺の事を知った風な顔をしてそれらしいことを語っていた。

 でも、熱の入った司会の言葉も、旬の若手俳優の真剣な眼差しも、若者に人気のアイドルの涙も、俺から言わせれば、どれもこれもまるでサーカスのピエロみたいな作り物にしか見えなかった。


 まぁ、そんなこと思ったところでどうしようもないんだ。どうせ彼らは精々四十五インチの籠の中の鳥で、カメラの前で与えられた役を演じているに過ぎないのだから、何を思ってもただ虚しくなるだけ。


 それに、もう俺には関係のない話だ。


 少年の見つめる先には十五、二十メートルほど下に地面。

 ドーナツ型のその廃墟は、まるで大きな口を開けた怪物のようにも見える。

 地面は一面コンクリートで固められ、柔らかい土の面はどこにも見当たらない。確実に死に至ることを確信した後、少年は背を向け手を広げ静かに目を瞑る。


 ゆっくりと身体を反らし、それはまるで買ったばかりのベットに沈んでいくように――、



 ――吉更(よしざら) (はる)は自殺した。

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