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第九話   『蚊帳の外の白と黒』

「ここっスよ」


 マイアーがハルとアリニアを扉の向こうへと案内する。

 そこはカイモスの言っていた冒険者ギルドの所有する宿屋の一室。椅子とテーブルとベットだけの必要最低限の至って簡素なつくりだ。

 こうやって見てみると、前世のホテルだったり旅館だったりの設備がいかに充実しているのかよくわかる。


「ハルさんの服は乾いたら持ってくるっスね。でわでわ、ごゆるりとっス~……ガチャリッ」


 口元を手で覆いながら扉が閉まり切るまでの間、また察した表情を見せるマイアー。

 もはや、この脳内ピンク狐にツッコむのも面倒くさい。


「あぁ、はいはい」


 ハルはため息のような返事をした。


「にゃはーー!」


 ――バサァ、ギィ


 アリニアが靴を脱ぎ捨て、木の軋む音を立てながらベットの上にダイブ。

 両手両足を大の字にバタバタと動かし、掛布団のしわを波打たせる姿はまさに子供。


「ねえ、お父さん。見て見てすごいよー!」


 ベットのそばにある窓を開き、外を食い入るように見つめアリニアが興奮してそう言った。

 ハルは少し後ろから、


「確かに……すげえなあ」


 窓から見下ろすその景色は、色とりどりの衣装に身を包み、音楽に合わせて踊る民衆の姿だった。長いスカートの裾をまるで花弁みたいに開きヒラヒラと踊る姿は芸術作品のように見惚れるものがある。


「そういえば、祭りがどうとかカイモスさん言ってたな。行ってみようか」


 ハルはアリニアにそんな提案をし、椅子に腰掛け、窓のヘリに肘をつき、さらに近くでその光景を目の当たりにする。

 ある人は誰かさんみたいに酒を浴び、またある人は肩を組んで歌ってる。どこを見ても笑顔で幸そうな表情ばかりだ。

 それはもう見ているだけで、こっちまで楽しくなりそうな――、


「お父さん――怒ってる?」


「え……?」


「コワイ顔してるよ?」


 アリニアがハルの横顔を見て心配そうにそう言った。


「ほ、ほんと?」


「……うん」


「いや……疲れ、そう疲れがさ! 長旅だったから、それが顔に出た~みたいな」


 ハルは動揺して適当な言い訳を口から漏らす。


「本当……?」


「そうそう、いや~疲れた。今日はもう動けない。ごめん。アリニア、明日も祭りやってたら一緒に行ってみよう」


 不意に作った笑顔をみせながら、ハルはアリニアの話を逸らす。


「今日はもう休もう! アリニアも疲れたでしょ? 俺は椅子で寝るから、アリニアはベットで寝ていいよ」


「……うん」


 アリニアはすんなり言うことを聞いてくれた。

 いつもなら、膝枕なりなんなりをお願いされるところだったが、それほどに俺は怖い顔をしていたということなのだろうか。


 日は徐々に陰り、次第に影を長くしていく。

 しかし、祭りはこれからが本番と言わんばかりに賑やかさを増し、楽しげな声は窓を閉めたって鼓膜を揺らす。


 ”目は口ほどにものを言う”とはよく言ったもので、広い意味では表情もまた同じなのだろう。

 アリニアが眠った後も、ハルはとある感情に突き動かされ、窓の外を夢中で眺めていた。

 楽しげで、幸せそうで、もしかしたらそんな彼ら彼女らを見て俺は、自分でも知らない間に……嫉妬していたのかもしれない。


 それに気づいた時、ハルはカーテンを閉め見ることをやめた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こ、ここは……」


 そこは、えらく霧のかかった草原。

 意志も目的もなくハルは、そんな何もないと言える空間を進んでいた。


「どうして……お父さん……」


 進んだ先に見えるもの。それは、草むらに横たわった真っ黒な人の影。

 その傍らでうずくまる長い黒髪の少女は、すすり泣きながら言葉を吐く。


「君、大丈夫……?」


 ハルは心配そうに少女に話しかけた。

 そのハルの言葉を皮切りに、少女はむくりと立ち上がり瑠璃色の瞳をハルに向ける。


「……アリニア!?」


 ハルは全身に鳥肌が立っていくのを感じ取る。そこにいたのは、いつもとは違う、あの時のままのアリニアであった。

 肩を上下させながら息をするアリニアの表情は、なんのオブラートもなく、ただただ率直で、酷く正直な憤怒そのものである。


「お前のせいだ。お前のせいだ! お前のせいだ!! ――」


 アリニアは鬼の形相のまま、ハルの方へ足を進める。

 

「え、ちょっと――ドズッ!」


 ハルは地面に押し倒され、馬乗りになったアリニアに両手で首を締めあげられた。


「お前が殺した!! お前が殺した!!! オマエガ!!!!!」


 涙と怒りがぐちゃぐちゃに混ざり、アリニアの顔からは愛嬌あるいつもの表情は消え失せている。

 さらに、アリニアの細い両腕は見た目からは考えられないほどに強力で、いくらハルが抵抗してもピクリとも動かない。アリニアのその様相は人間というカテゴリーから逸脱しているようだった。


「う……くっ――コホッ……」


 アリニアの爪が、喉に食い込んでいくのを感じる。

 ハルは何度も息を繰り返し、わずかばかりに残った気管を使って体に酸素を供給した。

 しかし、それだけではまるで間に合うことは無く、視界は次第に狭く不明瞭なっていく。


「死ねえええぇぇぇえええ!!!!!――」


 アリニアの千切れるような叫び声を最後に、アリニアの爪は喉を貫き、ハルの意識は闇の中へ消えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――ガタァン!


「うぐっ! ――痛えぇ!」


 座っていた椅子を蹴り倒され、体を地面に叩きつけられたことにより、ハルは強制的に目を覚ます。

 

「おい、起きろ」


 じわじわと痒いような痛みが、眠気を少しずつ覚まして行く。

 アンノの顔を下から見上げ、ハルは腰辺りを摩りながら怪訝そうな表情を向けた。


「んだよ……」


「お父さん、すごい汗だけど……?」


「え?」


 アリニアがベットの上から心配そうにハルに声をかける。

 ハルが額を擦ると、指先に湿り気を感じた。かと思えば、包まっていた毛布も、まるで寝小便でもしたみたいに、汗でぐっしょり濡れている。


 ――なんでだ……夢? なんだっけ……思い出せない。


 ぼんやりと、ハルの頭の片隅に断片的なモヤモヤが停滞する。


「大丈夫? 怖い夢でも見たの?」


 アリニアが心配そうな表情でベットから降りてハルに近づく。


「……!」


 ハルは驚いた表情をし、反射的に後ずさりで距離を取った。


「……わ、私何かした?」


「え……いや! 何もないよ! 何もしてない! ちょっと……びっくりしただけ……」


 自分でも理解できないハルの行動に、そこにいた三人全員が頭の上ににハテナマークを浮かべる。


「はぁ……いつまで寝ぼけてんだ。早くいくぞ」


 アンノがため息混じりに、そう言った。

 カーテンの隙間から見える窓には、まだ太陽も出ていない青暗い空が広がって見える。

 

「なぁ、こんな朝早くにどこ行くんだよ」


「これ着て、剣もって表で待ってろ。今から実戦だ」


 そう言って、アンノは乾いたハルの服とはまた別の服を渡して出ていった。


「実戦って……今から!?」

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