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第七話   『無能の末路』



 冒険者――、時には信頼する仲間と共に狂暴なモンスターを討伐し、また時には未開拓のダンジョンでお宝を創作したり、またまた時にはパーティメンバーとのムフフなボーイミーツガールを起こしたりと、ハラハラドキドキの毎日を送る存在。ファンタジー世界における大人気職である。

 のだが、


「嫌だ! 絶対に嫌だ!」


 アンノの背中に向かって、ハルはこれでもかと言葉を飛ばす。

 理由は単純明快。この世界の冒険者がいかなるものかはもう見た。そもそも、俺はアリニアを守れるだけの力を得られればいいだけで、別に冒険者になりたくてここに来たわけでもない。

 しかも、モンスターなんかと戦うような、自ら危険に身を投じるようなこと一切ごめんだ。


「あぁ? わがまま言うなよ馬鹿野郎」


「なんでお前にそんなこと決められないとならないんだよ」


「……金――」


 アンノが振り返り、一枚の硬貨を手に持ってそう言った。

 それは、金銭という人間社会においてもっとも現実的で重要な問題である。


「稼ぐ方法があるか?」


「……それは、これから考えていけばいいだろ」


「お前に何が出来んだ? 商人としての知識はあるのか? 何かを生み出す能力はあるか? 俺には、お前にそんな頭がある様には見えねえが」


 それもそうだ。

 ハルの経歴を短く言い表すのであれば、高校中退、最終学歴中学卒業。おまけに一年間の引きこもり生活。前世の記憶を頼りにしても、ちょこっと計算が出来たり、異世界(こっち)では意味をなさない英語が読めるだけだ。


 もはや、言い逃れの出来ない無能。そんなハルがこの世界の貨幣価値すら把握していない中、一体どうやって金を稼げるというのか。今のハルにとっては、アンノが持っているたった一枚の硬貨ですら、言ってしまえば入手困難な超レアアイテムなのだ。


「そんなもん……探せば俺にもできる仕事はあるだろ」


「馬鹿かてめえは、探して見つかるんじゃ苦労しねえよ。そんなに簡単だったら、貧民なんざとっくに消え去ってる。それに、仮に見つかったところでお前にできる程度の事じゃ、大した金にもならねえ。まぁ、豚小屋で眠りてえなら話は別だが」


「……」


「それに――」


 アンノが不敵な笑みを浮かべ、手で顎髭を触り一言、


「俺に借金もあるし、なおさら金が必要だろ?」


「は? ……!」


 言葉を漏らすハルだったがすぐに思い出す。

 この街に入るとき、カールとアンノの間で行われた金銭の取引。それは言うまでもなく、ハルとアリニアも含めた二人の不法侵入のための賄賂(わいろ)だ。さらに言えば、取引の証拠もないために、今となっては二人の罪しか残らない。

 もしも、アンノがその気になれば不法侵入している二人はこの街から追い出され路頭に迷う。

 ハルは”お前らは俺に逆らうことの出来ない枷をはめられているのだ”とアンノが暗に示しているように感じた。


「お前……」


「しょうがねえだろ。街に入れねえと色々不便なんだからよ」


 ピーネットの詐欺まがいなおふざけの後、慎重になろうと決めていたハルであったが、もうすでに街に入る前からハルはアンノの掌の上にいたのだった。


 出る言葉もなく、ハルは小さなため息だけを漏らす。

 

「どうせ考えたって意味ねえんだ。なら、体張るしかねえだろ。ほら、さっさと済ませろ」


 アンノが指さす複数並んでいる受付へとハルは渋々進んでいった。

 一つの受付の小窓を覗くと、糸目の女性が座っている。と、


「どうもー! あたし“美人受付嬢マイアー”っていうっス。よろしくっス!」


「は……はぁ」


 マイアーの弾けるような笑顔とシェイクハンドを求める右腕に、ハルは反応に困り苦笑いを浮かべる。


「あれ? どうしたっすか。反応薄いっスよ」


「ふざけてねえで、早く登録終わらせろマイアー」


「なんスか、アンノさん。第一印象ってのは大事なんスよ。”あの受付嬢愛想よくないな”なんて思われたら、もう依頼受けてもらえないかもじゃないスか」


「美人なんて嘘つく受付嬢も印象悪いだろー」


 酔っ払って顔を真っ赤にした冒険者の一人が遠くの席からいから言い放つ。

 すると、


「なんだとゴラアアァーー!! テメエら! 昼間っから酒飲んでねえで、とっとと依頼達成してこいやボケェ!!」


 一瞬にして豹変したマイアーは窓口から身を乗り出して怒号を飛ばす。さらに、閉じているのかと思うわせるほどに細かった目を何倍にも見開き、鋭い眼光で酒を浴びる冒険者たちを睨んだ。


「マイアーが切れたぞ! ぐッハッハハハ!」


 そんな、喧嘩している猫のような声を上げるマイアーに対して、いたるところから面白がった冒険者たちの笑い声が上がる。


「あ、あのぉ」


 ハルはその場の空気に置いてけぼりを食らいながらも、登録を早く済ませようと激高するマイアーに話しかけた。


「あ、取り乱したっス。すいませんっス……えーと、てへっ」


 マイアーはふと我に返ると、頭に拳を当て、舌を出して可愛らしくそう言った。


 いや、無理だろこっからの挽回は……。


「冒険者登録っスよね。じゃあ先ずは……って、お兄さん冒険者について、説明いります?」


 前世の本で読んだ程度の知識しかないわけだし、違うところも多いだろうから……、


「はい。お願いします」


「ハァ……わかりました」


 え!? ため息?

 あからさまに面倒くさそうにため息をつきつつ、マイアーは説明を始めた。


「では簡単に説明を……先ずは仕事の依頼についてっス、このギルド会館に入ってすぐにある掲示板に貼ってあるのが以来の一覧っス。よさげなものがありましたら、ここに並んでるどの窓口でもいいので持ってきてくださいっス。あ……ここ以外でお願いするっス。後処理するのめんどくさいんスよ」


 よし、全部ここに持って来よう。


「冒険者の階級は一人一人個別につけられて、基本的な金・銀・銅の三つの大まかな枠組みとさらにそれらを三つに分けた一から三までの数字の等級に分けられるっス。等級の数字は小さくなるごとに階級は高くなる仕組みっスよ。――ちなみに、そこにいるアンノさんは金二等級っスね」


「金の二……てことは上から二つ目か」


 アンノの階級を知り、ハルはあの山賊との一件を思い出す。

 あの時のハルは片腕を失っていて混乱していたものの、山賊とアンノの戦いは見ていた。

 それほど階級が高いのだ。あの強さにも納得である。


「あーそうじゃないっスよ。アンノさんの階級は上から三つ目っス」


「三つ目?」


「はい、実は一番上の階級があるんスよ。それが白金っス。白金には数字での等級分けがないので、銅三等級から金一等級までの九個と白金級を合わせた全部で十階級っス」


「へー」


 薄い反応を示しているハルだが、内心は少しワクワクしていた。冒険者にはなりたくなかったが、なってしまうと決まり階級なんかの説明を受けて仕舞えば、自分が最も上の階級の人間になってみたいというのは男特有の考えだ。

 そんな不確実な欲求のことをロマンと呼ぶのだろう。


「あ、あんまり白金を目指そうなんて思わない方がいいっスよ」


「ん、え!?」


 頭の中を透けてみられたようなマイアーの発言にハルは声を漏らした。


「だって無理っスから。十年以上の歴史のある冒険者ギルド(ここ)っスけど、これまでに白金級に到達したのは、たったの三人っスもん。あんまり上ばっかり見てると自分との差に気落ちするっスよ」


「は、はぁ……」


 いきなりやる気を削ぎ落とすような発言。

 それを受付嬢が言っていいのかよ。ここまでのやり取りの中で一番依頼受けるモチベーション下がったんだけど……。


「まぁ、焦らず地道に依頼こなしていけば、それなりの階級まではいけると思うっスから。あんまり高望みせずに頑張ってくださいっス。じゃ、ここに記名お願いするっス」


 なんだか気の乗らない発言をするマイアーが差し出したのは、一枚の紙とペン。冒険者になるための契約書か何かなのだろう。マイアーが名前を書く欄を指し示す。


 この人、あんまり受付嬢向いてないな……てかこの人、しれっと説明終わらしたよな。まぁ、大事そうなところは聞けたし、あとは、アンノにでも聞くか。


 なんて考えながらハルはペンを手に取り……手を止めた。


「あ……」


「どうしたっスか?」


 マイアーが心配そうに見つめる中、ハルはあることに気が付く。


 も、文字……書けねえ。


 やってきてしまった準備不足。

 自らの怠惰によってもたらされた、もはや運命的な失敗。そんな自業自得な今の状況に、ハルの額には汗が貯まる。


「……あっれ~。もしかして……書けないっスか~」


 少し間を置いて、どこか小馬鹿にするように片手で口元を隠しながら、マイアーが言った。


「えっと……」


 十七歳――未成年といえどそれなりにいい大人。異世界(こっち)なら、下手すると成人と言われてもいい年齢。

 そんな大人が自分の名前も満足に書けないなんて笑い物もいいところだ。


 ペン先をヒクヒクさせながら、ハルは現状の打開をしようと考えた。

 そんな時、


「文字が書けねえなんて珍しかねえだろ」


 路地裏でハルをからかっていたピーネットが横から覗き込みながら口を挟んだ。


「ピーネットさん!?……って、え? そうなんスか?」


 ハルはいつの間にか、マイアーの口癖がうつった。


「ああ、俺も読めはするが書けねえ。その辺にいる冒険者(やつら)も元々ゴロツキだった奴らだからな、ほとんど書けやしねえ。文字が必要なのは貴族やらの上流階級だけだからな。何なら、話して通じるならいらねえだろ?」


 ”話せるなら書けなくていい”以前のハルと同じ考え。

 ピーネットと同じ感性だったことに、どこかモヤモヤしながらも、ハルはピーネットの言うことに納得した。


「イッシシシ、お兄さんの顔最高っス。初めて見たっスよ焦ってる人」


 歯の間から抜けるような笑い声を出しマイアーが言う。


 この女ァ……。


「私書けるよ!」


 アリニアが自慢げに前に出て、ハルの腕からペンを奪った。

 記憶は曖昧になっても、文字とかの記憶はまだ残ってるのか。やっぱり、レーヴェさんの記憶だけが、アリニアからは欠落しているのかもしれない。


「彼女さん文字書けるんスか? よかったっスねお兄さん」


「お父さんです!」


「え……?」


「お兄さんじゃなくて、お父さんです!」


 自信満々に答えるアリニアを見てマイアーはぎこちなく首を傾げる。

 見るからに同い年くらいの男女。女は男を”お父さん”と呼んでいる。これらからわかることは……、


「……あぁ、そう言う……」


 マイアーは視線をそらし、小さくそう言った。

 ハルはマイアーの何か悟ったような表情から”私は別に気にならないっスよ~。そういう趣味もあるっスからねぇ”と聞こえてくるように感じた。


「違いますよ! そう言うんじゃないです! 彼女でもないです!」


 焦ったハルは赤面して否定する。

 

「ねえ、お姉さん――」


 必死に否定しているハルのことをそっちのけで、アリニアはマイアーに何かを耳打ちした。

 

「了解っス」




 ――バタンッ!


 途端、ギルド会館のウェスタンな両開き扉がパタパタと余韻を残して開く。その音につられその場にいた皆入口の方を見た。

 すると外から、二人の男が入ってきた。


 片方の男は細く白い体とアンノ以上にボサボサの長い髪の眼鏡。もしも前世で、ハルがあと五年引きこもりをしていたら、こうなっていたのではないかと思わせる見てくれ。

 もう一人の男は、真っ黒な皮膚と筋骨隆々の傷だらけの身体。まさに歴戦の猛者といった風貌である。

 そんな相反する二人であったが、一つだけ共通点があった。

 二人とも、それはもう酷く険しい表情をしていた。


「おかえりなさいっス。ギルド長、久方ぶりの新人さんっスよ」


 マイアーのその言葉に、ハルはすぐに黒い筋肉だるまの方を見る。

 明らかに、この人がギルド長。見た目も、醸し出すその雰囲気もすべてに威圧感と威厳を感じる。

 しかし、


 細い方の男がハルの両肩を掴み、硬かった表情を柔らかい笑顔に変えて、


「ギルド長はこっちです。君が新人? おお、久しぶりだね。はオロロロロロロォ!」


 ギルド長の初めましての挨拶は声だけではなく、液体と固体も混じったものだった。



とてもどうでもいい情報ですが、一応ピーネットの階級は銀三等級で考えてたりしてます。

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