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第三話   『人を隠すなら人の中』


「すっごおーーい!!」


 今までになくハイテンションのアリニアが、遊園地にでも来たかのように目を輝かせながらそう言う。

 ついさっきまで、いつものように駄々をこね、おんぶされていたことも忘れて上機嫌だ。

 でもまぁ、


「すげえな」


 ハルもまた、語彙力を失ったような感想を滑らせる。

 しかし無理もない。少し先に望む平野には、分厚い石壁で囲まれた巨大な都市の街並みが広がっている。石造りの家々が色とりどりの屋根をのせ、テレビや観光案内で「絶景スポット」なんて謳い文句と共に紹介される風景がそこにはあるのだ。

 そんな感嘆する二人を横目に見ながらアンノは目を細め、


「恥ずかしい奴ら……」


 アリニアの耳にはそんな言葉入らなかったが、上京してきて間もない田舎者を見るようなアンノのその眼がチクチクと刺さり、不意にこみ上げる羞恥心に思わずハルは顔をそむけた。


「……さてと」


 と、突然アンノは足を止める。

 おそらく目的地であろうその巨大な街をほんの数キロ手前に見据え、道のすぐわきで荷物を下ろし、またいつものように煙草に火をつけた。


「おい、行かないのかよ?」


「おじさん行かないの?」


 目的地もすぐ目の前、今更休憩を求めたりなんかしない。

 アリニアだって、ここまでの疲れなんて遥か彼方に吹き飛んで、自らの足で歩き始めたというのに、ここにきて一体何がこの男の歩みを妨げるのであろうか。


「まだだ。まだ入れん」


「なんで?」

「どうして?」


「ピーピーうっせえなぁ。入れねえもんは入れねえんだよ」


「だからなんでだよ!?」

「だからどうして!?」


「たく、めんどくせえなぁ。お前らもちょっとは考えて喋りやがれってんだ」


 二人からの猛烈な追及に、アンノは煩わしいと言わんばかりの表情を作り、片肘をついて説明を始めた。

 煙草を口から外し、人差し指を立て、


「――先ず、お前らはあの街の人間じゃねえ。辺境の山の中出身と……あと、よくわからん所出身の田舎者。あの街は基本、部外者を受け入れねえ。普通に出入りが出来るのはあの街の人間だけだ」


 アンノは続けて、ピースサインを作るように中指を立て、


「次に、お前らには職業がねえ。部外者を受け入れねえあの街だが、例外として商人や冒険者なんかの出入りが許されてる。――だが、お前ら二人は商人でも冒険者でもないただのガキ二人。つまり俺は入れても、お前ら二人は入れねえてことだ。どうだ、シワの数が少なそうなお前らの脳みそでも理解できたか?」


 いちいち一言多い説明ではあるが、アンノの話は理解できた。

 しかし、


「……ん? じゃあなんでここに来たんだよ。入れないならここに来た意味ないだろ」


「だからそのために待ってんだろ?」


「待つって、何を?」


「それは――お、来たぞ」


 アンノは、街とは反対側の道の先へと目を向ける。



 ――カラカラ、カラカラ


 車輪が回る度、その大きな木製の荷台を揺らし、木の軋む音を立てながら、その荷馬車は姿を現す。

 周りには数人の武装して馬に乗った男たちを護衛に引き連れ、大所帯であの街に向かっているのが分かる。


「おや、おやおやおや?」


 ――カラカラ……。


 ハルたちの前で馬車は動きを止めた。


 馬の手綱を握った白髪頭(しらがあたま)の男がこちらを見下ろしてくる。ボサボサに伸びた口髭から垣間見える笑顔が、俺にはどうも気味悪く見えた。

 アリニアも、その男に何かを察し、俺の後ろへ姿を隠した。


「こんなところで、何をされてるのですか? アンノさん」


 物珍しそうな表情をしながらカールはアンノに問う。

 アンノは立ち上がり、


「お前を待ってただけだ。カール」


「はて、何か約束していましたか? 覚えがないのですが……まぁ、お待たせしてしまったのならば申し訳が立ちませんね」


 片手で顎髭を触り、晴天の空を眺めながらカールは中身のない謝罪をする。


「別に約束はしていないが、あんたに頼みがあるんだ」


 アンノは俺の方を見ていった。

 その後、カールは先ほどよりも口角の高い笑顔を作る。ギラギラと輝きをまとった瞳に、俺とアリニアのことが何度か映った。


「ほほぉ――」


 喜びを孕んだ声を漏らし、カールは馬車の御者席(ぎょしゃせき)から降りてくる。

 アンノの前でゴマを擦りながら、


「で、ご用件というのは?」


「この二人、あんたの馬車に乗せて帝都の中に入れてくれ」


 ハルとアリニアの方を指さしてアンノはそう言った。


「はい?」


「え?」


 カールとハルはそれぞれ、カールは思っていた仕事内容との差異に、ハルはその突拍子もない打開方法に驚きの声を漏らす。


「えーと、商談では無くですか?」


「金は払う。問題ないだろ?」


 カールは、つり上がった口角をピクピクと動かした後、張り詰めた糸が切れるみたいに、作り笑顔を崩した。


「はあ……わかりました」


 カールはあからさまに不満足な感情を溜めた息とともに吐きだす。

 そんなカールを見た後、アンノは袋の中から幾枚かの硬貨を手渡した。

 形はどれも歪で金・銀・銅とファンタジーの世界ならよくある通貨。それぞれがどの程度の貨幣価値なのかは知らないが、アンノがかなりの量を手渡していることだけは分かる。


「いつもの分と合わせて、このくらいだろ」


「まぁ、そうですね……あと今回も特に情報はありませんよ」


「そうか」


「お二人はこちらに」


 取引は無事に終わったらしく、ハルとアリニアは馬車の後ろに案内される。馬車は四方を木の壁で覆われており、外からは中の様子は確認できない。


「ピーネットさん、開けてください」


「あいよ」


 カールは護衛の一人にそう言うと、男は錠前で固く閉ざされた木製の扉を開く。


 ――ギィー


「……!」


 開くと同時に、いくつもの視線が体に纏わりついた。中には首や腕に枷のつけられた人間たちと共に重たく、暗く、冷たい空気が立ち込めている。

 ハルは説明もなく気が付いた。この馬車が奴隷商人の馬車であるということに。


「どうした? 乗らねえのか?」


 呆然と箱の中を見ているハルを見て、ピーネットは不思議そうに言う。


 見ているだけでも鳥肌の立つような光景を前に、ハルは息をのむと、同時にアンノの考えに気が付いた。

 奴隷のフリをして街の中には入れか……。


 ここにきて、今更拒絶も何もない。

 アンノについていくと決めた決めた時から、大抵のことは許容する気だった。それにここは異世界だ。元の世界の嫌悪も価値観もここで生きていくなら捨てていかないとならない。

 そして、これはいくつもあるその違いの一つなのだ。


 煙を吹かすアンノを横目に見ながら、ハルはその箱の中へ入っていった。


「……お父さん」


 ハルの後ろから、弱々しいアリニアの声が聞こえる。振り返るとそこには、心配そうに見つめるアリニアの顔があった。

 アリニアもこんな体験したことがないのだろう。表情では俺を心配していそうだが、内心彼女も怖いに決まっている。


「大丈夫だから、ほら」


 ハルは、生まれたての小鹿みたいに体を震わせるアリニアに手をのばす。


「うん……」


 恐れながらもアリニアはハルのその手を取り、その陰鬱な空気の中に足を踏み入れた。


「金……二十…………ゼロ」


 入っていく二人の後ろでカールが小さく何か呟く。


「何か言いました?」


「いえ、お気になさらず。あと、こちら――カチャ。形だけですので」


 両手と首に木製の枷を取り付け体を布で覆い壁に沿って座らされる。

 フリとはいえ、本物の奴隷(それ)らの作り出す雰囲気によって、その気にさせられ、人としての尊厳を傷つけられているような、やるせない感覚が心に広がる。


 ――ギィーバタンッ!


 扉は閉ざされ、一層荷台の中は暗さを増す。

 御者席から中を覗くための小さな窓から差し込むわずかな光だけが箱の中に一本の線を伸ばしていた。


「出発します」


 御者席に乗りこんだカールが馬に鞭を入れ、奴隷馬車は進み始める。ガタガタと地面は揺れ、箱の中は車輪の音だけが響き渡る。


 軽く箱の見まわしてみると、女子供ばかりだ。

 目元には泣いたような跡があり、その瞳には光なんてまるで見えない。


 もしも運が悪ければ、俺たちもこんな風になっていたのかもしれない。


 そんな最悪のビジョンが頭の中をよぎる。


「お二人は、帝都は初めてですか?」


 気さくなタクシー運転手の様にカールが箱の中へ話しかける。重たい空気の中に場違いにも明るい声が響いた。空気が読めないとはまさにこのことである。


「まぁ」


「ふふ、それではようこそ。エスタシオン帝国中央都市ジュビアスへ」


 そう言われて最初に見た景色は、格子のついた小さな窓の青空だった。

投稿時間バラバラでごめんなさーーーーーーい!!!!


あと、カールというキャラクターは、短編に出ているキャラクターと同一人物です。

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