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第二話   『疑問』

「もう少ししたら、また移動するぞ」


 そんなことを言って、アンノは荷物を背もたれにし、いつも通り煙草を吹かす。白い煙がゆるやかな線となり、溶けるように空に消えていく。

 この光景も随分と見慣れたものだ。最近は暇つぶしに、ソフトクリーム型の雲を探すみたいにその煙が何かの形にならないかと思って見ている。


「スー……スー」


 ハルの膝の上でアリニアは安心しきった寝顔で眠りにつく。

 膝枕は美少女にされるからいいのであって、美少女にしたところであまりいいものとも思えない……いや、悪くもないか……。


 膝上にある頭をなでたくなる衝動を視線を白い煙に移すことによって抑え、ハルは休息をとる。


 仮に、アリニアがレーヴェさんのことを覚えていたりしたら、それはぞっとするような未来になったかもしれない。家も心の支えも一晩で消え去って、もしかしたら自ら命を……。


 そんなことを考えながらハルは徐に脇に置いていた剣に手を伸ばす。


 柄も鞘もすべてが黒色の厨二心をくすぐらせる見た目をしたその直剣は、太陽の光を浴び熱を帯びている。


 それはレーヴェさんが狩りの時に使っていたもの。傭兵時代からの愛剣らしいが、それほど古いものには見えない。もしかしたら、素人には分からない傷や錆なんかがあるのかもしれないけど。


 ハルは鞘から抜き、これまた黒色の刀身をあらわにさせる。

 美術館にある骨董品みたいなその剣を見てハルはゴクリと息をの飲み、


 ――スゥー


 ゆっくりとむき出しの刃を人差し指でなぞる。

 カミソリみたいな切れ味に皮膚は容易に赤い線を伸ばし、ポタポタ指先から血液が流れ地面に垂れる。

 もしも、あの時と同じならば――、


「……やっぱりか」


 指先を凝視しながらハルはそう言った。

 切り傷はまるでファスナーでも閉じるみたいに端から瞬時に塞がっていく。アリニアの噛み跡と同じように文字通り跡形もなく消え去った。


 世の中には自分の体を再生できる動物がいるというが人間代の大きさに加え、この再生速度。トカゲがしっぽを治すのとはわけが違う。


 これが、俺の転生特典ってことか……。


 そう考えてみれば色々と辻褄が合う。

 山賊に切り落とされた右腕はこんな感じで、元に戻ったのかもしれない。


 この能力。不死身……とか?


 トマトジュースに突っ込んだような指を眺め、過去に自殺経験のある少年は、そんな気もないが逃げ場のないことを悟った。


「ハル、なんかあったか?」


 自分の指を食い入るように見つめるハルを見て、アンノは白い煙と共に口に出す。


「え!? あっいや……べふに」


 咄嗟に指を口の中に突っ込み血液を舐め取りながらながらハルは応えた。

 アンノは声に出さずとも「なんだこいつ」と聞こえてきそうな表情をハルに向けながら、


「パンッ――そろそろ、行くぞ」


 煙管の中の灰を手をたたいて落とし、アンノはその縦に大きな図体を起こす。


 ここまで三日間。進んで休んでの繰り返し、いくつもの山や川を越えてきた。それも徒歩で……。

 正直イカれている。馬の一頭ぐらいいてもいいレベルの歩行距離だろう。もし万歩計をつけていたなら、数が気になるところ。


 俺の足はとっくに棒になってるというのに、この男はあの大荷物でまるで息一つ切らさず涼しい顔のままだ。休憩なしだったらもう目的地についてるんじゃないか? じゃあ休憩は優しさってこと? ……いや、ない。絶対ない

 ――あれ?


 自問自答を心の中で巻き起こしていたハルは思い出したようにあることに気づく。


「そういえば、どこに向かってるんだ?」


 いろいろなことを頭の中で整理していたため、俺は金魚の糞みたいにアンノの背中について行っていた。

 思い返せば、アンノはどこに行くとも言わず、ただ「来い」と言って行っただけ。俺の目的地は明確にはなく、ある意味アンノの背中が俺の目的地だった。


「行けば分かる」


 アンノはそれだけ言って、大きな荷物を背負った。

 相変わらず熊でも入りそうな大きなリュック。目的地もそうだが、その荷物の中身も同じかそれ以上に気になるところではある。


「……あ、そう」


 ハルは頭の中で素朴な疑問を持ちながらそう言った。


「アリニア行くよ」


 ハルは膝に寝転がる白髪の美少女の身体を揺らす。

 アリニアも長いこと歩いて相当疲れがたまっているのだろう。中々目を覚まさない。


 ――……いや、待てよ。思い返してみれば、いつも俺がおんぶして……。


 無意識のうちにハルの手の動きが速くなる。


「んー……」


 明らかに嫌そうな声を漏らしながらアリニアは目を覚ます。

 気持ちは分かる。人に眠りを邪魔されるのは、はっきり言って最悪だ。いい夢の途中で起こされたりすると特に最悪だ。起こした相手を訴えたくなる。


「ん、おはよう。お父さん」


「――う、うん。おはよう」


 やっぱり、まだお父さん呼びに慣れない。

 年だってまだ俺は十代だし、アリニアだって多分俺と都市はそうかわからない。実感どころか、ままごと気分にもならない。

 強いて言うならば、そういうあだ名と思って受け入れている。


「ねぇ、もう行くの? もうちょっと休憩したーい」


 眠気眼を擦り、俺が陰ながら思っていたことを代弁するようにアリニアが言う。


「もう十分したろ」


 もう一人でに進みだしたアンノが背中を向けて面倒くさそうにいう。


「おじさんのケチ! べぇー」


「うるせえ馬鹿が」


 いやいや、どっちも子供かよ。

 目の前で行われた子供の喧嘩の様な問答に、ハルは内心そんなことを呟いた。


「休憩したい! 休憩したい! ――」


 足をバタバタさせながら、アリニアのわがままが始まる。

 アンノに言っても多分聞き入れてくれないだろうし……。


「アリニア、もう少しだけだから?」


「イヤだ! イヤだ!」


「俺も一緒に歩くからさ」


「イヤイヤイヤ!」


「……俺がおんぶしてやるから」


「……!」


 アリニアの目の色が変わった。

 にんまりと口元が緩み、表情からしめしめと聞こえてくるようだ。


「……あ」


 口が滑った……。


 まんまと子供の思う壺にはまったハルはため息をつき、しぶしぶアリニアを背中に乗せる。


「お父さん、大好きーー!」


「うん……ありがと……」


 はぁ、アンノのあのリュックの中入れてくれねえかなあ……。


 とっくに限界を迎えた足を無理やり動かしながら、ハルはそんなことを思った。

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