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第一話   『綺麗な空箱と星』

 ――あの夜から数日が立った。


 太陽光が空からさんさん降り注ぎ、山道のすぐ近くを流れる小川に反射する。

 ハルは目の前の巨大な荷物を背負うアンノの影の中に入り、できるだけ日陰を歩いた。


 ――カチ、カチ


 黒色の直剣が腰あたりで音を立て足に何度も当る。

 生まれてこの方、剣なんて持ち歩いた経験がないだけに一歩一歩に違和感がある。


 しかし、そんな違和感はほんの些細なものだ。

 なぜなら本当の違和感というのは、もっと別にあって――、


「お父さんもう疲れたぁ」


 その声の主は腕につかまり、向けられたことのない表情と態度を俺に向ける。

 いつもの彼女を知っている分、その落差からくる異様な気持ち悪さを俺は感じていた。


「もう少し待てくれ、アリニア」


 綺麗な白い長髪を風になびかせ、吸い込まれてしまいそうな瑠璃色の瞳の美少女。

 顔を覗くとアリニアは頬袋を膨らませ、あからさまに不機嫌そうだ。


「もおおぉ、ツカれた! ツカれた! ツカれた!」


 アリニアは両方の手を握りこみハルの肩をたたいて駄々をこねる。精神年齢が見た目と明らかに乖離していて、大きな幼稚園児といった印象を受ける。


「わかったから、アリニア――はい」


「えへへ」


 ハルはその場にしゃがみ込み、アリニアを背中に乗せる。

 自分のわがままが通って園児は満足げだ。

 しかし、


 ――重い……。


 態度や性格は明らかに幼児退行してはいるが体格や見た目はいつものアリニアのままだ。成人女性を背負っているのとなんら変わりはない。ずっしりと全体重が逃げることなく伸し掛かる。


 動きにくさに拍車をかけつつも、半日ほど前のことを思い返しながら、ハルは歯をかみしめ前に進んだ。

 

 あぁ、重い……。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――あの夜、満開の星空の下。


 二つの遺体はアンノが持っていた麻袋に詰め、家のそばに瓦礫を使った即席の墓に埋められた。

 見てくれはあれだが、レーヴェさんもきっと満足してくれるだろう。


 ハルは墓の前で手を合わせる。


 ――今までありがとうございました。


「おいハル」


「ん? ――これ」


 アンノは振り返ったハルに黒く長い物体を投げ渡す。

 それは、元々レーヴェが使っていた黒い剣だった。


「お前が持ってろ」


「うん」


「それよりハル。あれって黒髪じゃなかったか?」


 アンノが不思議そうに森の方を指さしそう言った。


「……!」


 ハルがアンノの指の示す先を見ると森の奥から、フラフラと足元のおぼついていないアリニアが姿を現した。

 ハルの背中に冷たい汗が一筋流れる。


「……お父さん」


 うつむき気味にアリニアは呟く。


 やはり、彼女が探しているのはレーヴェさんだ。

 でも、今のこの状況を彼女が見たら、彼女は酷く取り乱すに違いない。


 ゆっくりとこちらに近づいてくるアリニアに少しづつ後ずさりしながら、ハルはどうするべきか考えた。


「ごめん……アリニア。レーヴェさんは、もう――」


 しかし、答えは単純だった。考えずともどうするかは決まっていたのだ。

 正直に今起こったことを話す。今できる最善の行動はそれ以上でも以下でもないのだから。


 殴られたって、蹴られたって、レーヴェさんの望み通りに彼女が無事でそれで気が済むのならば、それでいい。


 ハルはグッと歯を食いしばった。


 ――ポン。


「え?」


 ハルは声を漏らす。

 それは、顔をたたかれたわけでも、腹を蹴られたわけでもない感覚。不思議なほど柔らかい感覚が体を覆ったのだった。


「おはよう。お父さん」


「ア……アリニア!?」


 アリニアはハルの体を強く抱きしめ、顔をハルの胸にうずめる。


「……!」


 ハルの脳は完全に活動を止め、キョロキョロと目が泳ぎ、パクパクと口を動かす。

 美少女の胸の感触の影響で顔はもう真っ赤。表情はまさしく童貞のそれである。


「随分仲良くなったな。お前相当なやり手だな」


 首をかしげ、茶化しながらアンノは言う。


「んなこと言ってる場合かよ! って、なあアリニア。ちょっと待って」


 出所の不明な好感度の戸惑いを少しでも和らげようと、ハルはアリニアの肩をつかみ、自分の体から離れさせる。


「どうしたの? お父さん」


 それはこっちのセリフなんだけど……。


 アリニアは不思議そうに瑠璃色の瞳をこちらに向ける。

 初めて見るアリニアの上目遣いを前に「かわいい」なんて言葉がちらついて、ハルは思わず目を背けた。


「お父さん。ギュー、ギュー」


 アリニアはハグを求めて必死に手を伸ばす。


「寝ぼけてるのかよお前。お父さんお父さんって、お前の父親はレーヴェさんだろ?」


「――誰?」


 アリニアの一言に体温が一度下がったみたいな寒気を感じた。

 こんな時に冗談なんか言うわけがない。言っていいわけがない。


 目に余るその発言に、アリニアを抑えるハルの手が力を失う。隙を見て、アリニアは再びハルに抱きついた。

 満足げな彼女の笑顔がひどく気持ちが悪い。これほど嬉しくないハグは生まれて初めてだ。


「なぁ、アリニア。俺の名前は分かるか?」


「ハル?」


 一切困ることなく、アリニアは言い切る。

 どういうわけか、アリニアの中からレーヴェさんの記憶は消え去り、彼女の中の父親の席には知らぬ間に俺が座っていた。


 記憶喪失と言うか、記憶の混乱。アリニアはおそらくそれを発症していた。


 考えられる原因はレーヴェさんの事のショックだろうか。

 ストレスが許容量を超え、本能的に彼女は現実から目を背けたのかもしれない。


 これも、俺のせいなのか……。


「んへへ――」


 アリニアはさらに強く抱きしめる。

 それに従って、ハルの心も締め上げられていくようだった。

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