96話:ゆるキャラと童心と暗君
メイド服にもちゃんと意味があって、「誰かの従者である」という身分証明になるそうだ。
もし従者であるメイドに危害を加えるような輩がいたなら、そのメイドの主……下は最低でも豪商からで上は貴族、王族までを敵に回すことになる。
だから多少治安が悪いところをメイドの女性が一人歩きしていても、報復を恐れて誰も手を出さない。
ただし治安が悪すぎるところだと、そこまで頭が回らず目の前の御馳走に飛びつく輩や、己の命と一瞬の愉しみを天秤にかけた上で襲う輩がいるので過信は禁物である。
主もいないのにメイド服や執事服を着ているのが発覚したら掴まるそうだ。
現代でいうところのパトカーや警察服を真似ると違法になるのと同じか。
「メイド服も執事服も仕立ての良い服なので、下級市民は真似する財力がありませんし、財力があるものはそもそもそんな馬鹿なことをしません。第一多少防犯効果があるからといって、大枚をはたいて扱えるくらいなら護衛を雇った方が安いでしょう。従ってこの法が執行されたことはありません」
地球の日本というところでは主も居ない一般市民なのに、好き好んで着ている奴が一定数いると知ったらレンは驚くだろうか。
まあ別に教えるつもりもないけど。
「強いて言えば貴族の館に忍び込む間者が変装に使いますが、間者の時点で打首なのでやはり使われない法ですね。というわけでメイド服は邪人の二人には主が居て管理されているという、わかりやすい目印ですがそれでもまだ足りません。というわけでこの〈隷属の円環〉を使います」
この〈隷属の円環〉という魔術具の首輪は、買い主の魔力で登録した後に奴隷の首に付けることにより、様々な強制力を働かせる。
孫悟空の頭に付いている輪っか(名称は知らない)と同じで、買い主に歯向かうと首輪が閉まって苦しいというやつだ。
これも安いものではないので奴隷には必ず付けるという決まりは無いが、戦闘用の通常奴隷や犯罪奴隷といった、買い主が扱いに手を焼く可能性が高い奴隷に付けられることが多い。
じゃあ〈隷属の円環〉を付けない奴隷は逃げ放題か?と問われれば、逃亡奴隷になってしまうので否だ。
また〈隷属の円環〉自体にも様々な種類があり、奴隷の行動制限だけでなく位置を知らせるもの、美しい装飾が施されているものなどがある。
レンが持ってきたのは高性能且つ、美術的価値もありそうなハイエンドモデルだ。
ただしゆるキャラが最初に無骨と評したように、三~四センチほどの金属の板を輪にして、細かな彫刻が施されている程度のものである。
最低ランクの〈隷属の円環〉は鉄の棒を適当に曲げたようなやつらしいので、それと比べればまあ美術品に近い。
先程奴隷商に引き渡された忍者女と魔術師の男の首にも、そろそろ〈隷属の円環〉が付けられているかだろうか。
「これにはレヴァニア王家と、我がガスター伯爵家の寄り親であるトレスティーガ公爵家の紋章が刻印されています。つまりこれを付けている者は、王家及び公爵家ゆかりの奴隷ということです」
「背後に王家や公爵家がいる奴隷だと分かれば、例え邪人であっても手が出せないというわけか」
「はい、その通りです。事実上王国の頂点と次点の庇護下にある奴隷ですがら、平民はもちろん下級、いえ中級貴族でも近付くのも躊躇うでしょう」
貴族も忌避する奴隷とはこれいかに。
地球の日本では社畜が自社のブラックぶりを奴隷の鎖自慢のように話すが、ルリムとアナに付く鎖(首輪)は文字通りの意味で自慢できるものなのであった。
ゆるキャラが〈隷属の円環〉を手に持ち魔力を込めると、不思議なことに輪の形だったものが伸びて板状になる。
目の前で背を向けて跪くルリムに、ネックレスを付ける要領で首に手をまわして再度魔力を込める。
すると〈隷属の円環〉は輪の形に戻り、ルリムの首に丁度良い大きさに縮んで止まった。
幅も半分の二センチほどに縮まっていて、一緒に王家と公爵家の紋章もサイズダウンしている。
その光景を見て、なんとなくプラ板を思い出した。
透明なプラスチックの板に油性マジックで絵や文字を書いて、トースターで焼くと縮んで硬くなるやつだ。
事前に上部に小さい穴を開けておいて、焼いた後に紐を通してお手製キーホルダーなんかにするのだ。
ゆるキャラが小学生の頃、遊びで沢山作ったなあ。
などと童心に帰っていると、首と一緒に首輪の内側に収まったままの薄紫の髪を、ルリムがかきあげて外側に出す。
ふわりと舞う髪の甘い香りと共に褐色のうなじがちらりと見えて、ゆるキャラの童心が一気に大人の階段を上る……ことはなかった。
相変わらずこの〈コラン君〉の肉体は人種の女性を女性と認識していない。
人間としての正気を失う前に、早く猫をとっちめて人間の体を手に入れなければ。
少しづつ死んだ目から復活しているアナにも同じ意匠の〈隷属の円環〉を付けて、これまた魔術具である魔力を帯びた羊皮紙の契約書にサインすると、無事に奴隷登録が完了した。
サインはこちらの世界の文字が書けないので、がっつり「益子藤治」と漢字で書いた。
契約書も魔力で登録するので言語は不問だそうで、写しはゆるキャラの四次元頬袋で厳重に保管する。
フィンが漢字の書かれた羊皮紙を不思議そうに覗き込んでいて、一向に観察をやめないので横から強引に飲み込んだ。
「あーちょっとまだ見てたのに!」
「これで余程のことが無い限り、国外でも十分な効力を発揮するはずです」
「なにも本当に奴隷にしなくても良かったんじゃないか?見た目だけメイド服と首輪を付けていれば」
「そういう中途半端が一番良くありません。もし他国で身元を照会された時に言い訳が立ちませんし、そもそも違法です。為政者は法を振りかざしても良いですが、法を捻じ曲げればたちまち暗君とそしられ、玉座から引きずり降ろされるでしょう」
振りかざすのも十分暗君だと思うが……確かに違法だと問題があるな。
別にゆるキャラがルリムとアナに奴隷的要求(ってなんだ?)をするつもりもなく、ただ身の安全のための身分で実害は無いからいいか。
「あとは守護竜である〈深紅〉様、ないし〈神獣様〉の庇護下であるしるしがあれば完璧なのですが……」
実力はともかく知名度の低いシンクや、ゆるキャラのしるしを付けても意味ないのでは?と思ったが逆だそうだ。
王家と公爵家と肩を並べるあのしるしはなんだ?という形で知名度を上げる思惑があるんだとか。
そういうことならばと、じっとルリムの全身を見つめながら何かないかと考える。
「あ、あの……」
「〈神獣〉様。相手がいくら自身の奴隷といえども、女性をまじまじと見つめるのはマナー違反ですよ」
一分ほど見つめ続けて、ルリムが恥らいだしレンが苦言を呈し始めたところで思いついく。
ゆるキャラの視界だけに映る〈商品〉が並んだアイテムウィンドウから、あるグッズを一つ選んでぺいと吐き出した。




