95話:ゆるキャラと冥途
「人種の敵である邪人の闇森人をのこまま野放しにはできませんので、〈神獣〉様の奴隷として飼ってください」
「それじゃあさっきの二人と同じじゃないか」
「いいえ、同じではありません。あの者たちは逃亡奴隷ですが、この親子には通常の奴隷になってもらいます。通常の奴隷になれば人種としての権利が認められ、買い主が身元を保障します。つまり奴隷と言うと聞こえは悪いですが、〈神獣〉様の庇護下に入るとお考えください」
ああなるほど、通常の奴隷であれば素で逃亡奴隷のような扱いの母子が、奴隷身分とはいえ人種としての権利を得るということか。
奴隷になったほうが身分が良くなるとか、もう訳が分からないな。
「でも本人たちは奴隷なんて嫌なんじゃ……」
「是非、母子ともども貴方様の奴隷にさせてください。お願いします」
何故かルリムが食い気味に懇願してきた。
いよいよ訳が分からないぞ……もしかしてレンが先にルリムたちを脅して口裏を合わせているのか?。
混乱しつつもそう尋ねようと思った矢先、レンがこちらの心を読んだかのように弁明する。
「私は根回しなんてしていませんよ。ですが確かに奴隷を自ら希望するとは不可解ですね。どういう理由か説明しなさい」
「実は若い頃に集落を抜け出して、人種に紛れて生活していた時期がありました」
ルリムの話を簡単にまとめるとこうだ。
閉鎖的な森での暮らしに飽き飽きしていた若かりし頃のルリムは、周囲の反対を押し切り家出同然で外の世界に飛び出した。
そして変装や幻覚魔術を駆使して人種に紛れること数年、ルリムはすっかり刺激的で自由な生活に惚れ込んでしまう。
だがその自由は己が邪人故に、正体を隠しながらの仮初のものでしかなかった。
正体が発覚すれば闇の眷属のように殺されてしまう。
なので定住はせず転々としていたが、そんな生活を長く続けることは難しい。
一度邪人だとバレて殺されそうになったのを切っ掛けに集落に戻った。
それからは外の世界に未練を残しつつも森で家族を作り、静かに暮らしていたところへ忍者男の襲撃があったというわけだ。
「私は今も人種の世界での生活に憧れています。ですがそれは私が邪人であるがために叶いませんでした。それに住んでいた集落はアナ以外に子どもはいなく、襲撃を受けなくてもこの子が大人になる頃には無くなっていたでしょう」
ずっと黙って聞いているアナの瞳は不安げに揺らいでいた。
そんな娘の頭を撫でながらルリムは話を続ける。
「他の闇森人が隠れ住んでいるような場所は知らないので、いずれ森を出なければいけませんでした。人種の世界だと邪人である私たちは常に命を狙われる立場です。若い頃に身をもって経験しました。なのである意味、ここで奴隷になって身の安全が保障されるのは幸運だとも言えます」
言葉とは裏腹にルリムの表情は悲し気だ。
人種に故郷を滅ぼされ、家族である夫も殺されているのだから当たり前か。
にも関わらず仇敵である人種の庇護を受けないと生きていけないというのだから業腹だ。
「なので〈神獣〉様、お願いします。身の安全を得るために私たちを奴隷にしてください。その代わりに私ルリムと娘アナは貴方様に忠誠を誓います」
そう言い終わるとルリムは静かに頭を下げた。
アナはそんな母親とゆるキャラとの間で視線を彷徨わせていた。
不意に目があったので彼女にも確認する。
「アナはそれでいいのか?奴隷になってもいいのか?」
「母さんと一緒ならなんでもいい。もう母さんしかいないから」
「それは〈神獣〉様の気分次第ですね」
「いや、そんな母子の仲を引き裂くようなことはしないから」
「では奴隷にしてよろしいですね」
「わかったよ。奴隷にするよ」
「ありがとうございます……!」
ゆるキャラが観念すると、ルリムは上げた頭をまたすぐに下げた。
瞳からは涙が零れ、胸元にいるアナの手元にぽたりと落ちた。
自分の手に落ちた水滴に気が付いてアナが見上げると、泣いている母親に驚いて目を見開く。
そして感化されたのか、アナの目にも涙が溜まり始めると一緒になって泣き出した。
以前見せたようなすすり泣きではなく、大きな声でわんわんと泣きながら母親に抱き付く。
母子は暫くの間抱き合って泣いていたが、誰かがそれを咎めることはなく泣き終わるまで静かに見守っていた。
「とうわけで用意が出来ました〈神獣〉様」
「もう少しこう何というか、感動の余韻というか……」
泣き終わったのを見計らって、レンはルリムとアナをどこかへと連れて行った。
ゆるキャラは会議室に戻って待機していると、小一時間で戻って来た。
ルリムとアナは何故かメイド服姿だった。
レヴァニア王国の王都エルセルで見たメイド、クラリスたちを同じデザインのものだ。
胸元はシャツのままで、下腹部あたりからエプロンが垂れ下がっている。
着ているルリムは嬉しそうに首を左右に逸らして自分の背中を見た後、スカートをつまんでその場で一回転。
すると腰まで伸びた薄紫の真っすぐな髪とスカートがふわりと浮かんだ。
そのはしゃぐ様子はまさに女の子といった感じで、見た目も若いためとても子持ちの母親とは思えなかった。
体の線が出にくいローブ姿でも分かる程だったが、より強調されるメイド服姿だと破壊力がすごい、胸の。
同性で男装然としたレンだが恨めしそうにルリムの弾む胸元を見ていた。
一方のアナは目が死んでいる。
無表情のまま大きい瞳からはハイライトを消して棒立ちになっていた。
これまた可愛らしく子ども用のメイド服を着せられているのだが……。
説明して欲しいゆるキャラの視線に気が付くと、ルリムが恥ずかしそうに褐色の頬を赤らめる。
「すみません。昔下働きとして貴族の屋敷に潜り込んでいたことがあったのですが、その時に見たメイド服に憧れていたのでつい」
「そ、そうか。アナはメイド服に憧れはないみたいだな」
「この子は着慣れない服をたくさん試着して疲れてしまったみたいで……」
「えーなになに、お揃いの服いいなあ。妖精族用のはないの?」
「むう、みんな着るならわたしも着たい」
「はい、みなさんお静かに」
三人寄ればかしましいではないが、フィンとシンクも会話に参加して騒がしくなってきたところで、レンが割って入る。
「メイド服だけでは奴隷の手続きは終わっていません。〈神獣〉様から二人にはこちらを付けてください」
そう言ってレンの部下が横から差し出してきたのは、無骨な首輪だった。




