94話:ゆるキャラと邪悪
「私を殺さずに生かした事、絶対後悔させてやる」
「頼む、奴隷にするくらいなら殺してくれ!死んだ方がましだ」
責任を感じてるなら最後まで見届けて、あとついでに修羅場に慣れとくといいよ、とアナに勧められ再び牢屋の前にやってきたゆるキャラである。
小さい子には見せられないよ!ということでフィンとシンクは会議室に置いてきた。
忍者女と魔術師の男はこれから奴隷商に引き渡されるのだが、それぞれに沙汰を下したゆるキャラへ感情をぶつける。
ただでさえきつい目つきを更に鋭くさせて、こちらを睨みつけながら恨み言を呟く忍者女。
鉄格子にすがり泣きながら命乞いならぬ死に乞いをする魔術師の男。
なんとも対照的な反応だ。
二人は個別の牢屋だが、闇森人の母子は少し離れたところにまとめて入れられていた。
母のルリムが子のアナにこちらの光景を見せないように抱きしめると、静かに事の成り行きを見守っていた。
「その鼠顔、絶対忘れないからな。精々寝首を掻かれないように気を付けるんだね」
「嫌だ、奴隷は嫌だ。自分で終わらせるから枷を外してくれ」
その後も暫く罵声と懇願のステレオ放送が続いたのだが……詳細は割愛する。
慣れるには十分過ぎるほど負の感情を頂いたとだけ言っておこう。
人間は慣れる生き物である。
過度に慣れ過ぎて心の無いマシーンにはならないよう気を付けよう。
てか魔術師の男はともかく、忍者女は脱走する気満々なんだがいいのか?
どちらもまもとに奴隷として働く気はないみたいだが。
ゆるキャラがレンに視線を送ると、言わんとすることが分かったようだ。
「心配には及びません。逃亡奴隷は通常奴隷と違い労働力以外にも様々な使い道があります。例えば〈実験体〉の仕事なら本人のやる気は不要です。手足が切り落とされるので、脱走どころか痛くても苦しくても動ける状態ではありませんから。なのでこの者たちが〈神獣〉様のお手を煩わせることは二度と無いでしょう。お前たちも心配するな。奴隷とは思えない好待遇で、研究者どもがお前たちを〈専用の箱〉に入れて世話をしてくれる。なんせ何をしても許される貴重な生きた検体だからな」
「……」
「……」
「……」
おい、ゆるキャラだけでなくあんなに喚いていた二人すら黙ってしまったぞ。
どうするんだこの空気。
そしてすっかり大人しくなってしまった二人は、兵士によって奴隷商の元へと連れて行かれるのであった。
「あれくらい脅しておけば、少しは態度を改めるでしょう」
「つまり〈実験体〉は脅すための架空の話なんだな?」
「隠居予定の〈神獣〉様には縁のない話ですよ……さて、それよりも本題はあちらの闇森人です」
おいおい〈専用の箱〉は実在するのかよ。
さらっと流したレンが母子に目を向けると、ルリムはアナを抱きしめる腕に力を込めて、覚悟した様子で懇願した。
「お願いします。私はどうなっても構いません。娘を助けて頂けるなら喜んで〈専用の箱〉に入ります。だからどうか娘だけは……」
「なあ、邪人より人種のほうがよっぽど邪悪じゃないか?」
「言わないでください。私もちょっと思ってしまったのですから」
さすがのレンも自らを犠牲にして子を守ろうとする母親の姿を見て、罪悪感を覚えたようだ。
眉間を指で揉んでからわざとらしく咳払いすると、ルリムに優しく語りかける。
「恩赦で無罪になった以上、其方たちに罪を問うつもりはない。だが残念ながら邪人である二人をこのまま解放してしまえば、先程の二人より悲惨な結果になってしまうだろう」
生みの親である〈創造神〉を裏切って、侵略を企む〈外様の神〉を信仰する邪人が敵視されるのは、まあ当然と言えば当然だ。
裏切っている分、最初から敵の闇の眷属よりも質が悪い。
だがルリム母子を見ていると、必ずしも邪人イコール悪ではないのだと分かる。
〈創造神〉を裏切ったのは闇森人の先祖であり、本人たちは寒い森で誰に迷惑をかけるでもなく、静かに暮らしていたというじゃないか。
そこを忍者男が率いる帝国軍(多分)が襲撃。
皆殺しにしたのだからやっぱりどっちが邪人なんだと問い詰めたい。
忍者男たちの目的は闇森人が〈外様の神〉から授かった深淵魔術を、他国への侵略に運用することである。
まだ実験段階で闇の眷族を制御するようなものではなかったが、人里に放たれるだけで被害の程は計り知れない。
偶然ゆるキャラがすすきの通りにいなければ相当な被害が出ていただし、この結界の発見及び事件解決には至らなかっただろう。
世界の宿敵である闇の眷族すら侵略の道具にしようとするのだから、人種の欲は底が知れないな。
「邪人は〈創造神〉の庇護から外れるどころか敵対しているのですから、闇の眷属同様人種にとっては脅威になります」
「脅威、ねえ……」
「よって人種の前に現れた以上、邪人は滅ぼさねばなりません」
レンの言葉を聞いて、ルリムがアナを抱く腕の力を強める。
種族という拒否が不可能で巨大なレッテルが張られているが、邪人すべてが〈創造神〉に敵対しているわけではないのだろう。
むしろ世界の敵としての人生を強いる先祖を恨んでいてもおかしくない。
まあルリムたちのような存在はごく少数で、大半は世界の敵みたいだが。
「そこはさっきの恩赦みたいに守護竜の権限でなんとかならないか?」
「なりません。もし〈神獣様〉や〈真紅〉様がこのまま闇森人を庇うなら、私は城塞都市ガスターを守護する貴族として、玉砕覚悟でお二人に挑まなければなりません」
レンが腰に差した剣に手を添えて、ゆるキャラに殺気を放つ。
過去の強敵の〈森崩し〉やリージスの樹海の守護竜たちと比べると、そよ風のように弱い殺気だ。
どう反応していいか困っていると、レンは殺気を放つのをやめて苦笑いを浮かべた。
「やはり私ごときでは挑んでも無駄死にもいいところですね。正直に言えば守護竜の権限でどうとでもなります。その強力な力で反発をねじ伏せれば良いのですから。ですがそれは人種全体の決まり事を捻じ曲げることになり、為政者として人々の安全を守っている私は抵抗せねばなりません。とは言え無駄死にはしたくないので、折衷案があります」
「折衷案?」
「はい。この母子を〈神獣〉様の奴隷にしてください」




