93話:ゆるキャラと冷戦
「よし、お前たち全員には恩赦が与えられる」
貴族であるレンの鶴の一声により、各牢屋の全員へ減刑が言い渡される。
ヨルドラン帝国の襲撃拠点から城塞都市ガスターへ帰還すると、守護竜御一行以外の面々は直ちに投獄されたのだが、判決はすぐに下った。
忍者女と魔術師の男は処刑から奴隷落ちに。
闇森人の母子は奴隷落ちから、城塞都市ガスターへ襲撃した罪については無罪放免となった。
「何か言いたそうな顔をしていますね〈神獣〉様。配慮したつもりだったのですが、足りませんでしたか?」
「いや、足りる足りないという話ではなく、恩赦ってどういうことだ?」
「どういうことだも何も〈神獣〉様は人死にがお嫌いなようなので、恩赦で減刑したまでです」
一方的に恩赦宣言をした後、ゆるキャラたちは会議室に戻って来た。
結局のところ、この世界での罪への裁定は権力者のさじ加減ひとつだったのである。
地球でいう中世頃の文明レベルなので、それが当たり前だということに気が付かなかった。
それならそれでレンの判断で裁いてくれればいいものを、ゆるキャラに忖度して減刑されてしまうと実質こちらの裁定みたいなものではないか。
ここで恩赦はいらないと言ってしまえば、ゆるキャラの判断で忍者女と魔術師の男は処刑されることになる。
中の人が一般日本人なので、己の言葉次第で人が二人死ぬという状況は精神的にきつい。
忍者男はこの手で殺した?ようだが、直接殺し合った中での正当防衛だと割り切れる……ことにしている。
この事件の前から忍者女は殺しを生業にしていて、魔術師の男も殺人を含めた悪事に手を染めていたようだ。
なので二人に関してはこれまでの罪状も吟味して、沙汰を下さなければならない。
それには地球の裁判のように時間がかかるし、仮に時間をかけて罪が明らかになったとして、果たして正しい罰とはどの程度のものなのだろうか?
日本基準なら限りなく死刑に近いのかもしれないが、国が変われば死刑制度が無いこともあるだろう。
そうなるといよいよ何が正しい罰なのかなんてゆるキャラには分からない。
例え相手が地獄すら生ぬるい極悪人だったとしても、自らが罰を下す責任は負えないというか、負いたくないというのが素直な気持ちだった。
「〈神獣〉様は優しいですね。普通ならこんな輩は斬首にしたところで、誰も何も言わないですよ。まあ当人には恨まれるでしょうが」
「そういう悪感情を向けられることにも慣れてないんだよ。もしかして俺が悩むと分かっていて判断を委ねたのか?」
エゾモモンガの鼻に皺を寄せてると、レンは人差し指を立ててゆるキャラに説教を始めた。
指一本動かすだけの所作だというのに、洗練されていて一々様になっている。
ビジュアル的にも歌劇で男役をやらせたら花形選手になりそうだ。
ああでも声が見かけによらず甲高いアニメ声なので男役は厳しいかもしれない。
「僭越ながら申し上げると、〈神獣〉様は為政者としての心構えがなっていません。罰を厳しくするにせよ甘くするにせよ、迷いを他者に見せてしまうとそこに付け込まれてしまいますよ。今私がしたように」
「いいの、トウジは優しくて。何かあればわたしがそいつをとっちめるから」
「それだと物事は解決するかもしれませんが、〈神獣〉様の心は解決しませんよ、〈深紅〉様」
「むう……」
甲斐甲斐しくゆるキャラの援護を試みたシンクだったが、あっさり言い負かされた。
不貞腐れて頬を膨らませると、座っていた椅子から飛び降りる。
隣に座っているゆるキャラの膝の上に飛び乗ると、灰褐色の腹に抱き付き顔をうずめた。
角をぐりぐりと押し付けてくるシンクの頭を暫く撫でていると、次第にぐりぐりは弱まってくる。
そして気持ちよさそうに目を細めると、うとうとし出す。
ちなみにフィンはゆるキャラの頭上で横になり、空中を漂うにしながら爆睡中だ。
饅頭を食ってる夢でも見てるのか「え、おかわりもいいの?」とかなんとか寝言を言いつつ、口をもごもごと動かし端から涎を垂らしている。
頼むからゆるキャラの頭に涎を落とさないでくれよ。
「別に俺は為政者じゃないんだけどな」
「当事者の心情は関係ありません。力を持つものには自動的にその力を振るうための責任が生まれるのです。実際に振るわなくても力があるというだけで抑止力になりますので、責任から逃れることはできません。そして自身でのその力を自覚し制御できなければ、他者に操られることになります」
まあ言いたいことは分かる。
ゆるキャラ自身が核兵器にでもになった気分だ。
弱みを見せて付け込まれてしまえば、自国の核ミサイルのスイッチを他国に委ねることになると言いたいのだ。
冷戦の道具にされないよう自分の感情をコントロールせよという、貴族世界に生きるレンからの助言だった。
「俺は人間……人種の姿に戻れたらどこかに引き籠るからいいんだよ。その場さえやり過ごせれば」
「であれば尚の事しがらみを残してはいけません。隠居しても表舞台に引きずりだされてしまいますよ。持った力を正しく使うのが為政者の使命であり責任だというのに、使わずに隠居するなど無責任な。とまでは言わないでおきましょう」
「もうほぼ言ってるよねそれ」
「出来るなら私も隠居したいですからね。許されるならばガスター防衛の任を誰かに押し付けて、一日中武器庫に籠ってあの子たちを磨いて……失礼。説教はこれくらにして、恩赦はどうしますか?やめますか?」
「……やめない」
結局処刑は選べなかった。
というかさっき恩赦だって言ったばかりなのに、やっぱ無しで君たち処刑ねなんて言ったら鬼畜過ぎるぞ。
これで忍者女と魔術師の男は奴隷落ちが確定した。
奴隷にもいくつか種類があるのだが、二人はその中でも二番目に待遇の悪い犯罪奴隷となる。
通常の奴隷は買い主の管理の元財産を持つことが許され、将来的に自分自身を買い戻すことが可能だ。
子どもの頃に故郷の村で口減らしとして売られた、〈混沌の女神〉の分神殿の司祭リリエルがそうだ。
一方で犯罪奴隷は財産を持つことができず、死ぬまで奴隷をやめられない。
それでも最低限の人権は守られており、買い主は奴隷の生活を保障する義務がある。
だがそれすらない奴隷もいる。
彼らは逃亡奴隷と呼ばれていて、名前の通り買い主から逃げたり罪を犯した通常の奴隷、及び犯罪奴隷がそうだ。
逃亡奴隷はそれまでの財産、生活の保障といった人権の全て剥奪され人として扱われなくなる。
彼らを殺しても何ら罪に問われないというのだから恐ろしい。
現代に生きる、いや生きていた地球人として奴隷という単語への漠然とした認識はあったが、実際に待遇の仔細を聞くと驚きを禁じ得ない。
そして更にショッキングだったのは、闇森人の母子についてである。
恩赦でガスター襲撃の件は無罪放免になったというのに、邪人というだけでルリムとアナは逃亡奴隷と変わらない、人として扱われない存在だというのだ。




