9話:ゆるキャラとスローライフ
「お願い!なんでもするからちょうだい。もう我慢できないの」
瞳を潤わせて俺に懇願するのは緑髪の可愛らしい女の子だ。
どこで覚えたのか両手の拳を顎に当てて、上目遣いでこちらを見てくる。
思わせぶりな台詞と完璧なおねだりモーションで背徳感マシマシだが、俺には通用しない。
「フィンさんや羊羹はさっき食べたでしょ」
「ちえー、だめかー」
俺の返事を聞いた途端にぶりっこモードをやめて、両手を頭の後ろで組んで空中であぐらをかくフィン。
……もう少し体裁を取り繕ったらどうですかね。
妖精の里に着いてから早三日。
ガーデンテラスをキャンプ地としたゆるキャラ〈コラン君〉こと俺は、妖精のフィンと共にアフタヌーンティーと洒落込んでいた。
ただし今飲食しているのは、妖精の里由来の紅茶と果物である。
何故なら俺の頬袋から出てくる〈商品〉を食べるのは、一日一種類までと決めていたからだ。
まだまだ四次元頬袋の能力については検証段階だが、いくつか判明したことがある。
まず一つ目に〈商品〉には特殊な効果が付与されていた。
腹持ちの良さと魔力回復効果である。
商品の種類にもよるが、前者は〈ジンギスカン煎餅(十枚入り)〉を二枚も食べれば食事一食分くらいの満腹感を得ていたのでなんとなく分かっていた。
無理して食べ続ければ、仙豆を食いすぎて腹が裂けそうになる誰かさんみたいになるだろう。
後者についてはファンタジー初心者の俺には分からず、〈ハスカップ羊羹(一本)〉や〈コラン君饅頭(八個入り)〉を貪り食うフィンを見ていたフレイヤが気が付いた。
「フィンの魔力が増加していますね」
魔素や魔力の流れが見えるというフレイヤ曰く、羊羹や饅頭を食べる度にフィンの魔力が増加しているのだという。
魔素とはこのアトルランという世界にいるすべての生命の源であり、世界中の至る所に存在する。
魔力とは魔素を体内に取り入れ変換したもので、魔術を発動させるのに必要なエネルギー原となる。
ゲームっぽく例えるなら、魔力とはいわゆるマジックポイント(MP)だ。
魔力回復効果がある〈商品〉で魔力増加とはこれいかにだが、その秘密は妖精という種族にあった。
普通の人間(この世界では人種と呼ばれている)は体内に内包できる魔力量に限界があるが、妖精には限界が無い。
人種は血中にのみ魔力を溜め込む器官である魔力回路を持つのだが、妖精は血中の魔力回路だけでなく、自身の肉体すべてを魔力回路の代わりにすることができた。
つまり血中の魔力回路から溢れた魔力も体に留めておけるのだ。
こちらをゲームっぽく言えば最大MPが増えるようなものか。
フィンは食べたものをすべて魔力に変換して蓄えていたので、肉体的に太ることはなかったが、実は魔力的にはたいそう太っておられたのだ。
魔力の肥満状態は体に悪いということで、フレイヤから〈商品〉の食事制限を設けられたというわけだ。
ちなみに妖精は蓄えた魔力を糧にして〈存在進化〉することができる。
ビルドアップするために一回太ってから筋トレをするみたいな。
〈存在進化〉を繰り返せば最終的にはフレイヤのような妖精女王になれるが、若いフィンにはまだ早いそうで。
二つ目に判明したのが、〈商品〉の製造日が更新されていたことだ。
〈商品〉は地球で売られているパッケージのまま俺の四次元頬袋から出てくるのだが、印字されている製造日が俺が地球で死んだ日付より後になっていた。
消費期限の短い〈牛乳たっぷりコラン君プリン(三個入り)〉の包装を見て気が付いた。
しかも要冷蔵のこのプリン、ちゃんと冷えている。
この事から推測出来るのは、地球とアトルランの時間軸は同一で、〈商品〉は地球から取り寄せているのではないかということだ。
もし取り寄せているのなら〈商品〉は有限だし、突然商品棚か倉庫から消えて大騒ぎになっていそうだ。
そう考えると四次元頬袋を乱用するのも気が引ける。
かといって使わないのも勿体無いので、フィンの食事制限に合わせて一日一種類と中途半端なルールを決めていた。
別に推測通りだったとして、二度と地球には戻れないのだから気にすることもないのだが。
そういえば俺の葬式はもう終わっただろうか。
両親より先に死ぬ親不孝者だが、出来の良い兄貴がいるから向こうは大丈夫だろう。
家族以外に悲しんでくれる人もいないしな。
ウッドデッキに寝転がり、アンニュイな午後を満喫する。
天井の藤棚の隙間から射す木漏れ日につぶらな黒い瞳を細めていると、フィンが飛んできて定位置になった俺の腹の上で昼寝を始める。
思いのほか早くスローライフになったな。
ここ二日は午前中にフレイヤ先生にこの世界について教えてもらい、午後からは自由時間となっていた。
フィン以外の妖精もたまに俺の所に遊びに来るが、一通り俺の耳や髭、尻尾を触って満足すると帰っていく。
申し訳ないことに他の妖精たちに〈商品〉は進呈できていないが、好奇心も食欲もフィン程ではないようで強請ってくることはなかった。
「そういえば今日は守護竜が貴方を見極めに来るそうよ」
「は?」
次の日もフレイヤの授業を受けているとそんなことを突然言われる。
モモンガ顔を思わず顰めていると、不意に藤棚から射す木漏れ日が無くなり周囲が薄暗くなった。
見上げると同時に突風が巻き起こり、藤棚に咲いた花々が舞い散る。
「おわー」
テーブルで寛いでいたフィンが風に飛ばされたため追いかけて広場に向かうと、上空で巨大な何かが羽ばたいていた。
それは真紅の竜だった。