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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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87話:ゆるキャラと事情聴取と冷たい森

 寺院で治療を依頼もしていないのに、忍者男は勝手に蘇生に失敗して灰になってしまった。

 もう一度失敗するとロストである……じゃなくて。


 このアトルランと呼ばれる世界で蘇生は軌跡の類、魔術ではなく魔法であり神の領域だそうだ。

 つまり忍者男は生き返らないのだが、問題はそこではなく突然燃え上がったことである。


 事前にラズウェル老たち魔導部隊によって、忍者男の死体に罠や魔術の痕跡が残っていないかは調査済みだ。

 結果は問題無しでただの死体、にもかかわらず茨の刺青が動き出したからさあ大変。

 現場が一時騒然となる、というやつだ。


 蜘蛛退治も終わり気の緩みかけていた兵士たちの間に、再び緊張感が張り詰める。

 証拠隠滅のために遠隔操作で忍者男が燃やされた可能性もあるため、急遽別の敵が居ないか周囲を捜索することになった。


 しかし結局、結界内外共に他の敵の発見には至らない。

 忍者男のように【暗影神の加護】で気配ごと姿を消され潜伏されていたら、見つけるのはまず無理だろう。

 これ以上闇の眷属襲撃事件の証拠を消されるわけにはいかないので、急遽場所を移すことになった。


『母たる大地を司りし女神よ 囁く祈念に 淑やかなる目覚めを』


 場所は変わって城塞都市ガスターの軍事施設内にある医務室。

 壁際のベッドに寝かされていた闇森人の子どもが、治療師の《覚醒》の魔術を受けて閉じていた目をそっと開ける。


 上半身を起こすと同時に怯えて後ずさり、壁に背中を付けたところで止まった。

 ゆるキャラをはじめ、レンやラズウェル老といった軍人たちにも囲まれていたので無理もない。


 しかも軍人たちはアナに対して明確な敵意を向けていた。

 いやまあサハギンや蜘蛛をけしたけて街を脅かした張本人なのだから、好意的にはなれないだろう。


 更にアナが闇森人であることが、敵意に拍車をかけていた。

 闇森人とは元々は〈創造神〉によって生み出された森人族と同一の種族だったが、ある日を境に〈外様の神〉へと信仰を鞍替えした、裏切り者の種族だそうだ。


 闇の眷属と同様に外様の神の加護を受けていて、この世界で創造神を崇める他の種族と敵対していた。

 歴史上においても長年敵対しており、レンたちは闇森人は親でも殺せを地で行っている。


 地球の迷信とは違って実害があるので仕方が無いが、まずは平和的に尋問をしようじゃないか。


「君に敵意が無ければ、俺たちも手荒な真似をするつもりはない」

「……」


 睨みを利かせている軍人を背後に並べて言っても説得力が無いか。

 実年齢はともかく精神年齢は見た目相応のような気がするので、そちら方面から攻めてみる。


「腹減ってないか?魔術を使って疲れただろう。甘いものがあるか食うか?」


 あらかじめ四次元頬袋から取り出しておいた〈コラン君饅頭(八個入り)〉を差し出す。

 饅頭を半分に割って、片割れを食べて安全であることをアピールした。


 事情聴取といえばかつ丼(古い)だが、手元には甘味しかないのでこちらで我慢してもらおう。

 忍者男との関係性と痩せ細った外見から察するに、半分奴隷のような扱いで碌な飯にあり付いていなかったのでは、という予想は当たった。


 見たことはないものでも食べ物だと言われれば体は素直で、ぐうとアナのお腹が鳴った。

 それでも暫くは饅頭をじっと見つめていたが、フィンやシンクが横から掻っ攫って食べ始めると、無くなると思って慌てたのか半欠けの饅頭を口に入れる。


 表情の変化は劇的だった。

 大きな目を更に見開き一心不乱に饅頭を咀嚼し飲み込むと、次の饅頭へ手を伸ばす。


「慌てなくても沢山あるから大丈夫だぞ……おいフィン、それ以上横取りすると明日の分無しにするからな」

「えー、少しぐらいいいじゃない」


 混乱に乗じて饅頭をちょろまかそうとしているフィンを牽制していると、嗚咽が聞こえてくる。

 アナに視線を戻せば饅頭を頬張ったまま鼻水を垂らし、大粒の涙を零しててすすり泣いていた。


 声を押し殺して泣く姿は、なんだかアナの境遇を表しているような気がする。

 忍者男に脅されこき使われ、大声で泣く事すら許されなかったのではなかろうか。

 まあ現時点では想像の域を出ないので、これからそれを聞くのだが。


 泣きながら饅頭を食べる闇森人の子どもを見て、さすがの軍人たちも態度が軟化してくる。

 もしこれでもまだ敵意の視線を送るなら、血の色を問いただしているところだ。

 ひとしきり食って泣いたところで、改めて事情聴取を始める。


「黒装束の男は死んだ。事情を話してくれるなら出来る限り助ける。帰りたい場所があるなら送ってやってもいいぞ。遠くなければな」

「……わかった、話す」


 闇森人の子どもは己の半生を語る。





 アナは年中雪が降る森に家族と住んでいた。

 家族構成は父親と母親、そしてアナだ。

 その一帯は闇森人の住む集落で、永久凍土の過酷な環境だというのに、外界とは交わらずひっそりと存在していた。

 アナにとってはこの静かで冷たい森での生活が全てであり、ずっと続くと思っていた。

 そんな閉じられた世界が変貌したのは今から半年前のこと。

 人種の軍隊の襲撃を受けたのだ。

 父親は家に押し入ってきた兵士に抵抗してあっさり殺されてしまう。

 突然の暴力と恐怖に身がすくみ、母親もアナは逃げることすらできなかった。

 兵士に引きずられるようにして、二人は外に連れ出される。

 家々には火が付けられていて、曇り空に炎の光が反射して夜だというのに周囲は夕暮れのように赤く染まっていた。

 囚われた闇森人たちが外の広場に集められると、兵士の中から一人の黒装束の男が進み出てくる。

 そして手首を後ろ手に縛られ、座り込んでいる一人の闇森人の青年に問いかけた。

「貴様、深淵魔術は使えるか?」

「……つ、使えな―――」

 青年が言い終わる前に、男が手にした剣を横に振るうと、何かが飛んでアナの前に転がってきた。

 それは苦悶の表情で目を見開いたまま、絶命した青年の首だった。

 首を失った青年の体が倒れると、噴き出した温かい血が永久凍土を溶かす。

 闇森人の怒号や慟哭など歯牙にもかけず、黒装束の男は血塗れた剣を握ったまま、青年の隣の女性に話しかけた。

「おまえ、深淵魔術は使えるか?」

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