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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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86話:ゆるキャラと証拠隠滅

 どうやらゆるキャラは忍者男を倒したらしいのだが、記憶が一切無かった。

 木に引っ掛かった忍者男の死体、拳にべっとりと付いた血、といった状況証拠からの判断である。


 ゆるキャラの記憶だとアナは忍者男に蹴られて藪に埋もれていたはずだが、今は気を失って傍で倒れていた。

 もしかしたら何か知っているかもしれない。


 それにしても本当にこの拳でああなったのだろうか。

 いくら猫の加護をもらっているゆるキャラでも、殴っただけで人体は千切れない。


 死の淵から蘇ると戦闘能力が増す戦闘民族的な作用でも起こったのか?

 羊羹を食べて毒から回復したからか、体調はすっかり元通りだが特段力が湧き上がってくるような感覚は無い。


 初めての人殺しだが実感も無いな。

 今の気分を例えるなら「気を失っている間に凶器のナイフを握らされ犯人の濡れ衣を着せられた人」だろうか。


「トージ!」


 結界の外も決着がついたようで、フィンが周囲を見回しながらやってきた。

 そして早速に忍者男の惨殺死体を発見して「うええ」と顔を顰めている。


「……トウジ?」


 視線を下げると、潰した蜘蛛の体液まみれのシンクがこちらを見上げていた。

 粘着性のあるどす黒い色の液体を頭から被っていて、片目が塞がってしまっている。


「トウジ……?」

「さっきから何故か疑問形だな。ぼ……じゃなくて俺は皆に愛されるゆるキャラ〈コラン君〉ことトウジさんだぞ。ああ、もしかしてピンチだったのを見てた?それならどうなってたか俺にも教えて……って待て、その恰好で抱き付かないでくれ」


 飛び掛かって来たシンクを左手で押さえつつフィンに《洗浄》を頼む。

 そういえば血まみれになっている拳は、忍者男に刺されたはずの右腕だがすっかり治っている。

 毒の短剣で切られた額も痛みはない。


 万能回復薬〈ハスカップ羊羹(一本)〉のおかげだろうか。

 これらの〈商品〉の効果についても、まだまだ要検証な部分が多いのである。


 フィンの《洗浄》とゆるキャラの《浄化》でこざっぱりした後は、目を覚まさないアナを抱きかかえて外に出た。

 結界の外も蜘蛛の残骸だらけで酷い有様だが、レンの一帯だけ《洗浄》で綺麗になっていた。


「〈神獣〉様、その闇森人の子どもは?」

「一応被害者?ちょっと待ってくれ加害者の方を連れてくる」


 そう言って忍者男の回収に戻る。

 下半身を探してみたところ、上半身のぶら下がっていた木の下の藪の中に落ちていた。


 しまった、また血まみれになってしまった。

 《洗浄》する前に先に回収しておけばよかった。


「サハギンを召喚?していたのはこの子どもだが、この男に脅されて無理やり従わせられていたようだ。召喚にはこの杖を使っていた」


 ぺっと杖を吐き出すとラズウェル老たち魔道部隊がしげしげと観察、鑑定を始める。


「ほうほう、召喚の類の魔術は通常一人では扱えないが、この杖に埋め込まれている魔石の魔力を使ってそれを可能にしたようですな。召喚や転移といった魔術は、外様の邪神を崇拝する闇森族の得意分野だったかと」

「それでこっちの男は気配ごと姿を消す強敵だったんだよ」


「姿を消すといえば、【暗影神の加護】が有名です。この世界から存在を隠すことが出来て、名のある暗殺者は必ず有する能力と言われています。有名とは裏腹に暗殺の対象となって生き延びた者が皆無なことから、具体的にどの程度消えることが可能かは一切不明です。それを退くとはさすが〈神獣〉様ですね。もし加護の内容で分かった事があれば、その情報には相当な価値が生まれるでしょう」


 レンの説明が正しければ、この男も有名な暗殺者ということか。

 まああれだけ強ければ納得ではある。

 いくつかの偶然が重ならなければ、ゆるキャラも最初の不意打ちで死んでいただろう。


「ところで武器は何を使ったのですか?胴体を分断させるくらいですから、さぞかし大きな戦槌(ウォーハンマー)とかですか?」

「ああうん、まあね。そんなとこ」


 加護の説明とは打って変わって、ひどく興奮した様子のレンを適当に流す。

 あまり耽美な顔を近づけないでくれ。


 武器マニアなイケメン美女は自身の加護で武器の鑑定もできるようだし、手練れの暗殺者を葬った一品を見たいのだろう。

 残念だがそんな武器はない。


 素手でやりましたと聞いたらレンは凄いと驚くだろうか、それとも武器使ってないのかよとがっかりするだろうか……まあ後者だろうな。


「それで身元は分かりそうなのか」

「【暗影神の加護】を持つような手練れなら、足が付くようなものは見つからないでしょう。ですが……」

「なあに、頭が残っているなら、魔術を使って脳を直接調べればよい」


 なんだか物騒なことをラズウェル老が言い出した。


「死後脳から直接情報を取られることを警戒して、自爆して死体を残さない暗殺者も中にはいます。こやつは自爆の準備をしていなかったか、それともその余裕すら無く〈神獣〉様に倒されたか。ああ、他人の脳を探る魔術は禁呪とされていますので、他言無用でお願いします。わしが唯一先代より得意な魔術なのですが、禁呪故に他人に自慢できないのが玉に瑕ですな。どれ暗殺者の頭脳を覗かせてもらいましょうかの。ついでに加護の秘密も分かればまた一歩世界の深淵に近づきますが、はてさて」


 ほっほっほと呑気な調子で恰幅の良い好々爺がうそぶいたが、やろうとしていることは完全にマッドサイエンティストだ。

 見た目は某魔法学校の校長先生みたいなのでギャップが激しい。


 死後冒涜される忍者男が憐れかと言われればそうは思わない。

 あの実力と態度からして相当の悪事に手を染めていただろうから、自業自得というやつである。


「では脳味噌が新鮮なうちにさっそく始めよう」

「ん?その首元のはなんだ?」


 忍者男の身に着けている黒装束の隙間で何かが動いている。

 ゆるキャラが気になって黒装束の首筋の部分を捲ると、それは首元に彫られた茨模様の刺青だった。


 まるで本物が巻き付いているかのように緻密な造形で、もしそれが手首にあったならパンクなブレスレットのようでお洒落だったかもしれない。

 しかし忍者男のは首を一周するように彫られているため首輪のようだった。


 その茨が動いたように見えたが、刺青ということは気のせいだったか。

 ……いや、動いているぞ!


 茨は忍者男の首の皮膚の上で蠢いていて、締め上げるように動いている。

 男の首が絞られどんどんくびれていく。

 阻止しようと茨に掴みかかるが、相手は二次元の存在なので触ることができない。


 遂にぶちっという音と共に男の首が千切れると、今度は断面を起点にして発火を始めた。

 炎は瞬く間に上半身に燃え広がり、近くにあった下半身にも火種がないのに何故か燃え移る。


 業火は消火作業をする間もなく、男の体を骨まで焼き尽くす。

 そして焼け跡に残ったのは、風が吹けば飛んで消えてしまいそうなほどの、僅かな灰だけであった。

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