84話:ゆるキャラと忍者
「どうして味方のお前を攻撃してきたんだ?」
「ま、待ってくれ。僕は裏切ったりなんかしない!だから……」
ゆるキャラの問いを無視して、アナは姿の見えない襲撃者に話しかける。
そして空しくも問いかけの返事は、死角から再び短剣のみである。
先程と同じで急にゆるキャラの背後近辺に気配が生まれていた。
アナの胴体を狙った短剣を無事な左手の爪で弾き、今度こそ襲撃者を視界に捉える。
そいつは全身黒ずくめで顔も頭巾で覆われているが、鋭い眼光の目元だけが露出していた。
おそらく男だ。
まるで忍者のような姿の男はゆるキャラから距離を取ると、空気に溶け込むようにして消えた。
まじか!臭いも気配も全部無くなったぞ。
結界の内と外が隔てられているのと似たような現象だが、残念ながら結界内での出来事だ。
気配まで消せるなんて、ただの透明人間より優秀じゃないか。
もし時代が現代なら道路に飛び出しても誰にも気づかれないから、自動車に轢かれてひっそり死んでいくやつだ。
アナを死角である背後に置いておくのは危険なので、ゆるキャラの前に立たせて周囲を警戒する。
「この姿を消す能力について弱点があるなら言え。そしたら次狙われても助けてやる」
「ぐっ……」
ゆるキャラの脅しにアナの顔が歪むが、返事は無い。
自分自身を始末しようとしているのに、この忍者男と絶対の信頼関係があり庇っているのか、それとも……。
「自分以外に人質がいるのか?」
ビンゴのようで、アナの肩がびくりと震える。
その瞬間、今度はゆるキャラの目の前、正面に立つアナの背後に突然忍者男が現れた。
逆手に持った短剣をアナの背中に突き立てようとしている。
アナの腕を引っ張り、入れ替わりながら蹴りを放ったが、忍者男は飛び退いて躱すと再び掻き消えた。
ふむ、人質がいたならどんな状況だろうと裏切れないか。
ならば自力でこの忍者男を退かなかればなるまいが、三回の襲撃を経て分かったことがある。
攻撃の瞬間は必ず姿を現していることだ。
と、思わせて透明なままブスリも無くも無いが、それができるなら初手でやっているか。
初見殺しと言える攻撃を凌げたのは大きい。
もし先にゆるキャラを狙っていたなら、角度的にアナの瞳に忍者男が映ることも無く、背後から致命的な一撃を受けていただろう。
アナを先に狙ったのは口封じだろうか?だが他に人質がいるなら喋らないと分かっているはずだが。
攻撃の直前まで姿どころか気配も読めないため、防御はなんとか間に合っているが碌に反撃できない。
結局敵であるアナを守りながらなので余計にだ。
四次元頬袋から武器を取り出したいが、断続的な攻撃によりそれもままならない。
死角である背後に意識を集中しようとすると、忘れた頃に正面から忍者男が現れるので意識が散らされる。
このまま粘ってシンクたちの援護を待つのもありか。
ちらりと結界の外の様子を伺うと……うげえ。
外は大惨事になっていた。
どうやら闇蜘蛛の胎動していた腹には子蜘蛛が入っていたようで、フィンの魔術で裂けて飛び出していた。
子蜘蛛といっても人の頭くらいの大きさがあるので侮れない。
それが無数に沸いていた。
数匹に群がられれば兵士たちはひとたまりもないだろう。
敵味方入り乱れているのでフィンも魔術を使えず空に避難していて、シンクは一匹ずつべちべちと手で潰して対処していた。
一張羅のワンピースが子蜘蛛の体液で酷いことになっている……。
援護は暫く期待できなさそうなので、自力でなんとかするしかないのだが、打開策は見いだせない。
たまに来る正面からの攻撃にカウンターを合わせるか?
だが相手も見える範囲からの攻撃なので警戒はしているはずだ。
死角である背後の攻撃をカウンターできれば、相手も油断していて効果的だろうが……。
あれ、待てよ。
ゆるキャラは背後が見えないと、一体いつから錯覚していた?
自覚した瞬間、世界が広がった。
右後方から煙の様に現れた忍者男を視認。
低い姿勢から短剣を突き出してきたのを、振り向かず左にステップして躱す。
死角からの攻撃を見えているかのように躱されて、忍者男が驚愕して目を見開く、のも視認した。
「ふんっ」
そして隙だらけの忍者男の胴体に、振り向き様の左拳を打ち込む。
鳩尾を貫通して背中から拳が出たかと錯覚するような強力な一撃により、忍者男の体が水平に吹っ飛んでいった。
まるで未来を見通したかのような反撃に、ゆるキャラの目の前で縮こまっていたアナも唖然としている。
なんてことはない、ゆるキャラは最初から背後が見えていたのだ。
エゾモモンガの視界は三百六十度あり、この世界に〈コラン君〉として転生した直後から背後まで見えるようになっていた。
では何故今のさっきまで見えなかったかというと、単に見えることを忘れていたのだ。
人間である益子藤治にとって、背後が見える広い視界は慣れないものだった。
視界が広くなるということは情報量が増える。
人間の視界で例えるなら、三百六十度を撮影したパノラマ写真を逆Uの字に湾曲させて、強引に視界に収めた状態だろうか。
左右の視界の端が背後の視覚情報になり、正面付近が本来人間が見ている範囲だ。
人間の頭脳でパノラマ写真全体を見ようと思うと、非常に疲れるし距離感が狂ってしまう。
しかも日常生活で背後を見ることはそうそう無いし、もし見るなら振り返るという人間としての動作が優先されていた。
なので知らないうちに背後の視覚情報を意識の外に追いやり、人間の視界で生活していたのだ。
聴覚や嗅覚についてはエゾモモンガのそれに上書きされてしまっていたが、視覚についてはこれを機にON・OFFの切替えができそうだ。
今思えばオジロワシの望遠能力も必要に応じて切替えていたではないか。
すんなりと上書きされた聴覚や嗅覚と違って順応できなかったのは、それだけ人間が視覚に頼って生きてるということなのだろう。
……などと勝手に思っておく。




