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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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83話:ゆるキャラと闇森人

 朝蜘蛛は親の仇でも殺してはいけなくて、夜蜘蛛は親でも殺せなんていう迷信がある。

 表現方法は地方によって様々だが(たまに内容も違う)、確か縁起にまつわる言い伝えだったはずだ。


 まあ昔の言い伝えなんて大半が朝の出来事は吉兆、夜の出来事は凶兆という括りになっている。

 雑に分析するなら夜は暗くて何をするにも危ないから、夜間の不必要な行いを不吉と捉えたのだろう。

 それで爪切りも口笛も夜はNGなのだ。


 さてこの巨大な蜘蛛はどうかというと、現在は昼過ぎなので間を取って中立……とはならなかった。

 ゆるキャラを捕まえようと脚を広げながら、巨体に見合わぬ速度で迫ってくる。


 咄嗟に飛び退くと蜘蛛の体も結界の外に飛び出し、ゆるキャラ以外の面々にもその巨体が露わになった。


「な、闇蜘蛛だと!?総員戦闘態勢!」


 流石は軍人で突然現れた巨大蜘蛛にも怯まず、レンが冷静に指揮を取り始める。

 他の女性軍人たちも危機感からか表情は硬いが、蜘蛛を見て恐慌状態に陥るようなことはなかった。


 シンクとフィンも「「おおー」」と感嘆の声を上げ興味深げに蜘蛛を見上げている。

 異世界のみなさんは相変わらず逞しいな。


「シンク、フィン。こいつを頼めるか?」

「ん!」

「任せてー」

「レンたちに被害が出ないようフォローしてやってくれ」


 この闇蜘蛛とやらを召喚?したあの子どもを放置するのは危険だろう。

 二人に任せるのはちょっと心配だが、ゆるキャラは再度結界に侵入を試みる。


 闇蜘蛛の横を突っ切ろうとすると赤い眼が一斉にこちらへ向き、二メートル近い長く大きな脚が再び持ち上がった。

 二本の脚がゆるキャラを挟み込もうとしたが、狙いは大きく上に逸れる。


 そうさせたのは誰よりも早く闇蜘蛛に接近し、巨体を支えている脚のうちの一本を両手で掴んで持ち上げたシンクだった。

 小柄な幼女が自身の十数倍の体積と質量を持つ闇蜘蛛の脚を掴んで持ち上げる様は、異様を通り越して滑稽に見える。


 その昔、女の子型のロボットが素手で地球を割った後、元に戻すというギャグマンガがあったがあのノリに近い。

 シンクはご褒美の〈コラン君饅頭〉に目が眩んだのか、相当張り切っている様子。


「ん!!!」


 濁点が付きそうな力の籠った掛け声と共に、闇蜘蛛を空中に放り投げた。

 闇蜘蛛もまさかこんな幼女に投げられるとは思っていなかったのか、持ち上げられた時からなすがままである。


「よーしいくよー」


 宙を舞う闇蜘蛛に魔術の狙いを定めたのはフィンだ。

 なるほど、空中に向かってなら大雑把なフィンの魔術でも周囲に被害が出ないもんな。

 なんだちゃんと連携も計算もできてるじゃないか。


『風舞え 凪舞え (そら)(ひら)べて 切り斬り舞えば 華舞太刀(かまいたち)


 かつて樹海の大型魔獣〈森崩し〉を()()()()《風刃》が闇蜘蛛に襲い掛かる。

 風切り音と共に不可視の刃が黒い巨体を薙ぐと、脚や腹部からどす黒い体液のようなものが噴き出した。


 おお、今回はしっかりと刃になっているようだ。

 だが森崩しに撃った時よりも威力が落ちているか?


 最後まで見届けたいところだが、ゆるキャラにも役目があるので我慢して結界に入ろう。

 結界の中では闇森人の子どもが再び詠唱を始めていた。


『狂い刳る外淵の星辰よ えんじ――もぎゃっ』


 今度はしっかりと妨害させて頂く。

 一気に近付き掌で口元を掴んで持ち上げると、(見た目は)年下のシンクより軽くて驚いた。


 子どもの手から零れた禍々しい杖は反対の手でキャッチする。

 しげしげと杖を観察すると、先端の頭蓋骨に填められている黒い宝石の、片方の輝きが失われていた。

 闇蜘蛛の召喚?でこの宝石に込められた魔力でも消費したのだろうか。


 とりあえず証拠品として四次元頬袋に押収しておく。

 得体の知れない杖を仕舞うことに抵抗もあったが、両手が開くし奪われる危険を考慮して我慢する。

 口を開けて杖を一口で飲み込むと、拘束から逃れようと暴れていた子どもが驚き動きを止めていた。


「抵抗しなければ乱暴はしない。いいな?」


 睨みつけながら牙を剥き出しにして威嚇する。

 このラブリーな顔でやっても効かないかとも思ったが、子どもは大きな瞳に涙を浮かべてもごもごと何かを喋った。


 顎を掴んで持ち上げているのだから、そりゃ喋りも頷きもできないか。

 反応からして多分同意したのだと判断し、子どもを地面に降ろしてゆっくり手を放す。


「まずは自己紹介をしようか。俺はトウジ。見ての通り鼠人族だ」

「……僕はアナ。闇森人だ」


 アナと名乗った子どもは自分の顎をさすりながら、何かに怯えるように周囲を見渡している。


「昨日サハギンを出したのもお前か?」

「……」

「まあ尋問は外の軍人たちに任せるか。素直に話せば悪いようにはしない……ようにお願いしてやるよ」


 そう言ってアナの肩を掴んで結界の外に出ようとした時、不安げに彷徨っていたアナの視線がある一点で止まった。

 そこからの動きは反射的なものだったが、対応できたのは二つの偶然が重なったからだ。


 一つはアナの瞳が大きくて、且つ見開かれていたこと。

 もう一つは直近で同じ現象を闇蜘蛛で体験していたので、意識が自然とそちらに向いたこと。


 アナを狙ってゆるキャラの背後から突き出された短剣は、咄嗟に差し出した腕によって阻む。

 刃渡り三十センチのうち半分ほどが、毛皮を貫いて腕に食い込んでから引き戻された。


「ぐっ、この」


 痛みを堪えながら、振り向き様にオジロワシの鳥足で蹴りつけたが空振る。

 振り向いて周囲を見回しても誰もいない。

 アナの瞳に映っていたはずの襲撃者の姿はどこにもなかった。

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