80話:ゆるキャラと川遊び
街中を流れる川は生活用水として使われるため基本的に汚い。
文明レベルが低いと飲食用も下水もごちゃ混ぜになって恐ろしいことになるが、幸いにもこの世界は井戸と下水が発達しているのでその心配はなかった。
雨続きで水量が増していて多少流れが速いが、気になるような臭いがしたりはしない。
地球の中世と比較してインフラが強いのは魔術があるおかげだろう。
「あんまり近づいて川に落ちるなよー」
「んー」
水辺をちゃぷちゃぷ歩くシンクを注意すると生返事が返ってきた。
完全に川遊びモードで、川岸で足元の水を蹴飛ばしながら進んでいる。
《人化》の際に付属されるのは赤いワンピースのみなので、彼女は普段から裸足である。
不健康だった人間の頃のゆるキャラなら、裸足で大量の砂利のある川岸なんて痛くてとてもじゃないが歩けなかっただろう。
シンクは不健康ではないし、グラボと戦っても傷一つ付かない玉の肌を持っているので、可愛いあんよが怪我する心配はない。
万が一川に落ちても飛べるしな。
フィンも最初は水面すれすれを飛び回り、水面から水中の様子を覗き込んでいたりしていた。
サハギンに襲われるから危ないぞと注意しても、「避けるから大丈夫」言って聞かなかった。
しかしすぐに飽きたようで、今はゆるキャラの肩に座ってうつらうつらと居眠りをしている。
ぽかぽか陽気も相まってピクニックの様相を呈しているが、ゆるキャラだけは気を抜くまい。
いつサハギンが出てきてもおかしくないのだ。
ゆるキャラは鼻をスンスン警戒モードで川沿いを慎重に歩いて行った。
「守護竜御一行の皆様、この度は緊急依頼を受けて頂きありがとうございます」
スンスンのし過ぎで過呼吸気味なったゆるキャラを出迎えたのは、昨晩同様フル装備姿のレンが率いる部隊だ。
サハギンの痕跡を探して川を下って来たが、結局何も見つけられないまま市街地を抜けて、軍の私有地まで到達してしまう。
川の水は生活用水ということもあり、洗濯をしに来た住人数名と遭遇した。
その都度何か異変がなかったが訊ねてみたが返事は芳しくない。
頼れるのは自分の鼻だけだと必死にスンスンしたが成果は無し。
サハギンが現れたすすきの通りは軍の私有地の最寄りなので、ここまで距離はたいしてないのだが結構疲れた。
そのことを一通り報告すると「やはりですか」とイケメン美女は小さく頷いた。
「我々も斥候を派遣しましたが、市街地では何も発見できませんでした。ここからは私も同行します」
「そういえば他の冒険者を見なかったな」
「お恥ずかしい話ですが、実は今回の緊急依頼を受けたのは皆様方だけなのです。城塞都市の冒険者ギルドは規模が小さいもので」
確かに依頼を受けに行った冒険者ギルドは小さかった。
受付カウンターは二つで、それぞれ温厚そうなおばさんと、気怠そうなお姉さんが暇そうに座っていたのを思い出す。
王都のギルドしか見たことがなかったので、地方はこんなものかと思っていたが、とりわけ小さいそうだ。
理由はここが城塞都市で強力な軍隊があるからだそうだ。
冒険者の主な仕事は魔獣の討伐や狩猟、商隊の護衛といった腕っぷしを問われるものが多い。
そしてこれらの仕事は強力な軍隊があると需要が著しく低下した。
魔獣が出没しても巡回している軍隊によって討伐されてしまうし、巡回によって治安が向上すると商隊の護衛もあまり必要とされない。
もちろんまったく魔獣や野盗が出ないわけではないが、利に聡い商人ならリスクを考慮したうえで、きっちりと護衛経費を削減するだろう。
というわけで冒険者ギルドの主要となる依頼の数は必然と少なくなり、比例して城塞都市を拠点とする冒険者の戦闘能力の質も低下。
相手がサハギンだと聞くと怖気づいて、依頼を引き受ける他の冒険者はいなかった。
「でもそれなら軍隊があるところなら全部同じじゃないのか?」
「それがそうでもありません。城塞都市ガスターはとりわけ国防に特化しているため、国境沿いはもちろん都市周辺の街道も、侵入者がいないか厳重に監視しています。ですが例えば王都の軍隊、王国騎士団はあくまで国王を守るためのもの。治安維持のため街道の巡回も行ってはいますが、その比重は王城守護に偏っています」
レンの説明は暗に、王都近郊に住む平民の安全は二の次と言っているようなものだ。
それは城塞都市ガスターも同じで、巡回を強化しているのは国防のためで平民のためではなかった。
「王国騎士団とは違ってわが軍は実戦で鍛えられた強者揃いです。〈神獣〉様には是非一度手合わせ願いたいですね」
「機会があればな(機会があるとは言っていない)」
さらりと王国騎士団をディスったレンを社交辞令であしらう。
別にゆるキャラは戦闘狂ではないので、実戦で鍛えようが訓練で鍛えようが興味は無かった。
さてレンの部隊と一緒に川岸を歩いて行くと、軍の施設が見えてきた。
ここは物品倉庫で、あれは訓練場ですなどとレン直々に説明してくれる。
景色が変わると居眠りしていたフィンも復活し、好奇心全開で周囲を飛び回りっていた。
シンクは飽きずに川遊び継続中……フィンとは真逆で一つのことに集中するタイプの子である。
川は下流に進むにつれて他の川が合流して幅が広くなる。
もうすぐで終着点であるラムール大河と合流するというところで、フィンの様子がおかしいことに気が付いた。
先ほどまで自由気ままに飛び回っていたのに、今は顎に手を当てて首を傾げながら遠くを見ている。
「どうしたフィン?」
「んーなんかね、あそこに誰もいないの」
そう言って対岸の建物と建物の境にある、数メートルほどしかない幅の林を指差した。
「ん?そうだな誰もいないな」
「そうじゃなくて、どの子もいないの。ちょっと見てくる」
「あ、待て勝手に動くな!」
捕まえようとしたゆるキャラの手を掻い潜って、フィンが対岸の林に向かって飛んでいく。
そしてそこに辿り着いたと思った瞬間、彼女の姿が忽然と消えてしまった。




