8話:ゆるキャラと混沌の女神
「〈混沌の女神〉?」
「まずはこの世界の成り立ちから説明しましょう」
フレイヤの説明によるとこの世界はアトルランと呼ばれていて、五つの大陸が存在する。
妖精の里があるリージスの樹海は、四番目の大陸〈リガムルバス〉の西端に位置していた。
五つの大陸を生み出したのは創造神と呼ばれる存在で、創造神は大陸を生み出した後に自身の力を分け与えた中柱の神々を作り出し、それぞれの大陸を守護させた。
「そして二番目の大陸〈オルガムルカ〉の守護神が〈混沌の女神〉なのです」
「あれ、ここは四番目の〈リガムルバス〉ですよね?」
「直接の守護が〈オルガムルカ〉というだけで、他大陸にも関りがるのでそこまで変な話でもありませんよ。大元を辿ればアトルラン全体が大柱である創造神と、中柱の神々の庇護下ですし」
五つ目の大陸を除いてですが、とフレイヤが付け加える。
五つ目の大陸〈カンナウルトルム〉は守護する中柱の神がいないため、神無き大陸と呼ばれていた。
神話上の話だが、五つ目の大陸を創造した時点で創造神が力の大半を使い果たしてしまったため、自身の分身である中柱の守護神を創造出来なかったのだとか。
おっちょこちょいな創造神もいたものだ。
いや、もしかしたら別の意図があって真実を隠しているのかもしれないな。
「何故その御猫が〈混沌の女神〉様かといえば、こういう伝承があるからです」
〈混沌の女神〉長い銀髪に紫紺の瞳を持つ女神で、千の異なる姿で世界に顕現し混沌をもたらすそうだ。
なんだか宇宙的恐怖でこちらの正気を削ってきそうなやつである。
混沌をもたらすと聞くとイメージが悪いが、〈混沌の女神〉は混沌を混沌でもって御する女神でもあった。
「なので降ってわいたような幸運も不幸も〈混沌の女神〉様の意図するもので、仮に不幸な出来事に見舞われても、巡り巡って違う誰かの幸運に繋がっているのだと言われています」
フレイヤは猫の銀の毛並みと紫紺の目という外見と、俺の身に起きた偶然の不幸から〈混沌の女神〉の意図を感じるそうだ。
俺の死と転生は意図されたものだった?
あの猫は偶然俺に踏まれたと言ったが嘘で、最初から偶然を装い俺を殺して転生させるつもりだったのだろうか。
ふつふつとゆるキャラから湧き上がる黒い感情に気付いてフレイヤが俺を諭す。
「〈混沌の女神〉様は決して悪い神ではありませんので、難しいかもしれませんがどうか悪く思わないでください。トウジさんは不幸に見舞われてしまったかもしれませんが、代わりに幸運を得た娘もいるのですから」
フレイヤの視線の先には、饅頭を食い終わっていつの間にか俺の肩で居眠りをしているフィンがいる。
確かに俺が死んで転生してリージスの樹海に来ていなければ、フィンはあのまま狼に襲われて死んでいただろう。
ということはフィンを生かすことが〈混沌の女神〉の意図なのだろうか。
赤の他人の命のために自分が不幸になってもいいと思えるほど俺は聖人ではない。
では見知った身近な人間ならどうだろうか。
不意に船を漕いでいるフィンの寝顔と姪っ子の顔が重なった。
フィンを見つめる俺の顔を見て、何故かフレイヤが微笑んでいた。
「まぁあの猫はいずれ俺に会いに来るらしいので、その時に問い詰めますよ」
「神々は久遠の時を過ごしておられますので時間にルーズな方が多いのです。〈混沌の女神〉がそうでないと良いのですが」
猫よ、早く来ないと恨みが積もっちゃうからね?
「トウジさんは妖精族フィンの命の恩人です。つまらない所かもしれませんが、妖精の里には好きなだけ滞在してくださいね」
「他に行く当ても無かったので助かります。すみません、それとは別に一つお願いがあるのですが」
「寝泊りする場所ですか?トウジさんが入れるとしたら私の家くらいですが、ベッドも一つしかありませんし殿方を招くにはちょっと……」
そう言ってフレイヤが頬に手を当てて赤面する。
「いえいえ!俺はその辺に転がって寝ますからお構いなく。そうではなくてこの世界のことについてもっと教えて頂けないでしょうか」
「ああ、そういう事でしたらもちろん構いませんよ。私が説明できる範囲で教えてさしあげます」
ぼそりと「でも抱き心地が良さそうだから家でも……」と小さく呟いたのが聞こえたがスルーしておく。
こうして俺は妖精の里に暫くご厄介になることになった。
住居については次第に自宅へ招こうとする意志が強くなるフレイヤの誘いを固辞して、ガーデンテラスを間借りしている。
よく俺の腹の上で気持ちよさそうに寝ているフィンを見て、真似したいと思っているらしい。
彼女の名誉のために言うと決してフレイヤのお誘いが嫌なわけではない。
童顔に見合わずスタイルの良いフィンをそのまま成長させたような、誇張しすぎではないかと思うくらいメリハリがついていて魅力的な肢体である。
エゾモモンガとオジロワシをモチーフにしたゆるキャラ(キメラ)になってしまった今、人間の男としての尊厳はほぼゼロになってしまったが、それでも同衾するなら男としてという矜持はある。
ただの抱き枕に成り下がるつもりはないのだ。
決して相手の美貌にビビってるとかではないのであしからず。
あとフィンはサイズ的にペット枠なのでノーカウントである。