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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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73話:ゆるキャラと遊撃

 さすがに真っ二つにされると、サハギンの驚異的な生命力でも致命傷のようだ。

 絶命して横わたる死体が動くことはないし、プラナリアのように上半身と下半身で分裂再生したりもしない。


 危機を脱して安堵した人たちが、隠れていたカウンターからぞろぞろと出てくる。

 飛び交う感謝の言葉に適当に相槌を打ちながら、ゆるキャラはサハギンの上半身から幅広の剣を引き抜く。


 何か言いたそうな店主とは目を合わせず……突き破った壁から外に出ると、各所で散発的に戦闘が発生していた。


 酔っていてもそこは軍人で、サハギン一体につき三人から四人の兵士が相手をしている。

 倒すこともできていないが、先程から警鐘が鳴り響いているので、じきにやってくる増援が来るまで耐える算段なのだろう。


 そういえばこちらの世界に来て初めて、ゆるキャラは人の死に遭遇した。

 だがたいして動揺はしていない。


 加護の力が精神にも作用しているのか、それとも失われつつある人間性のせいなのかは分からない。

 果たして動揺しないことが良いことなのか悪いことなのか、また今後自身が手を掛けた時でも動揺しないのか、何もかもが不明である。


 現時点では戦闘中に恐怖で身が竦むよりはましだと思っておこう。


 増援が来るまではゆるキャラも遊撃に徹する。

 早速近くで交戦中の一団を見つけた。


「加勢する。下がってくれ」

「あ、あんたは昼間の珍獣!?」


 どこかで見たことがある顔だと思ったら、〈樫の膂力〉亭を教えてくれた門番さんじゃないか。

 彼は武器を失っているようで、腰に鞘だけ差して丸腰だ。


「武器がないならこれを使ってくれ」

「助かる……ってなんだこの上質な剣は!?」


 門番さんに幅広の剣を手渡すと、両手剣を構えて彼らが相手をしていたサハギンに肉薄する。

 丁度一人の兵士がサハギンに押し倒され、銛で串刺しになりそうになっていた。


 側面からサハギンの脇腹に蹴りを入れて妨害する。

 黄色い鳥足の裏に骨を砕く感触が伝わってくるが、サハギンの体は数歩よろめく程度だ。


 その隙に倒れた兵士の襟首を掴んで後ろに放り投げる。

 非番で軽装だからか、思ったより飛んでいった……助けたので勘弁してほしい。


 サハギンは水生生物だが、地上でも十分脅威になるくらい俊敏に動いていた。

 もしここが水中で地の利を得られていたらと思うとぞっとするな。


 サハギンは標的を兵士からゆるキャラに変えると銛を突き出してくる。

 愚直な突きは左半身を後方に捻りつつ右前方に飛んで躱す。


 そのまま一回転すると、両手剣に遠心力を乗せて掬い上げるように振るう。


 斬撃はサハギンの蹴った方とは反対側、左の脇腹を捉えて胴体に侵入。

 心臓に到達すると右肩の辺りまで切り裂いた。


 先ほどのように両断とはいかなかったが、心臓を破壊された闇の眷属は断末魔を上げる間もなく地に伏す。


「一撃、だと……」


 ざわつく兵士たちを置き去りにして、ゆるキャラは戦場を駆ける。

 寄らば斬る、寄らなくても寄って斬るの精神で、手当たり次第に加勢した。


 中には突如現れた謎の生物(キメラ)に驚き、闇の眷属と勘違する兵士もいたが……。


「大丈夫だ、そいつは味方だ!」


 後ろを必死に追いかけてきた門番さんのフォローで事なきを得た。

 ありがたい。


 サハギンはおおよそ二十体ほど出現していて、応戦する非番の兵士たちは百人近くに上る。

 この城塞都市に非番の兵士が総勢で何人いるかは知らないが、夜の店に来すぎじゃないだろうか。


 まあファンタジー世界の兵士の娯楽なんて、酒と女以外にそう無いか。

 おかげで被害が最小限に抑えられてるので結果オーライとも言える。


「亜人の旦那!助けておくれ」

「む、あんたは……」


 叫びながら駆け寄ってきたのは最初に助けたドレス姿の女性だ。


「あたいたちの店の中に闇の眷属が入っちまったんだ」

「店はどこだ?」

「最初に居た、大通りに近い並びだよ」

「わかった。案内してくれ」


 片腕で女性を抱きかかえると来た道を戻る。

 背後で門番さんが何か言っているが、急いでいるので無視だ。

 ゆるキャラの走る速度が速くて、女性も悲鳴を上げているがこちらも無視である。


「この辺りか?」

「あ、ああ。あの三階建ての店だよ」


 ものの十数秒で中通の端まで戻ってくると、女性が震える指でひとつの建物を示した。

 桃色の煽情的な明かりが灯された建物で、一階の扉が外側から破壊されている。


 エゾモモンガの耳をすませば、二階辺りから大きな物音と悲鳴が聞こえてきた。

 一刻を争う事態のようだ。


「悪いけど表から入るぞ」

「表って……きゃっ」


 ゆるキャラはその場で飛び上がると、二階の壁に爪を突き立てて張り付く。

 窓から中の様子を伺うと、そこはベッドがひとつあるだけの小さな個室だった。


 夜の店の個室……などと余計なことを考えている場合ではない。


 視線を巡らせればベッドの端にしゃがみ込み、身を震わせている少女が見える。

 助けを求めてきた女性と似たドレス姿だが、背中からは純白の羽が生えていた。


 !?もしや彼女は翼人族か。


 次の瞬間、個室の扉の一部が破壊され、向こう側からサハギンの濁った目が室内を覗きこんだ。

 往年のホラー映画のような演出と少女の甲高い悲鳴が重なる。


 おっとまずい、早くお助けせねば。

 ゆるキャラは壁に突き刺した爪を外すと窓の上の縁に掴まる。


 窓枠を蹴って体を揺らすと、振り子の原理で窓を突き破り室内へ侵入した。

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