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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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70話:ゆるキャラと夜の街

 〈樫の膂力〉亭は様々な亜人に対応するためかメニューが豊富だ。

 一見さんであるゆるキャラには何を頼めばいいか分からない。

 こういう時は……。


「ご注文はお決まりですか?」

「オススメを頼む」


 困った時は店員さんのオススメである。

 というわけで三人とも人族寄りの味覚だと告げて、あとは犬人族の給仕レトリちゃんのオススメである肉系の料理で攻める。


 フィンは妖精族なのでイメージ的に菜食主義かと思いきや、そんなことはない。

 骨付きの巨大な謎肉、いわゆる漫画肉に勢い良くかぶりついている。


 相変わらずの大食いで自分の体積以上の肉を既に腹に収めているが、その引っ込んだお腹が膨れる様子はない。


 取り込んだエネルギーは全て魔素に変換されているからだ。

 いくら食べても物理的には太らない体質とか、世の女性が知れば皆妖精族を羨むだろう。


 逆に肉食感の強い竜族のシンクだが、前菜として頼んだ野菜サラダを主食にしていた。

 小さい口でゆっくりと咀嚼している様は、のんびり草をはむ草食獣を彷彿とさせる。

 竜の角と尻尾が無ければ只の可愛いお嬢ちゃんだ。


 サラダは白いドレッシングであえられているのだが、なんだろう……見ていて何かが物足りない気がする。


「ふぉふひはの?(どうしたの?)」


 ゆるキャラが毛皮に埋もれて見えない首を捻っていると、視線に気がついたシンクがサラダの葉っぱを咥えたまま、こちらを見上げる。


「居酒屋風の店内にそれっぽい食べ物……そうかあれだ、道産子的にはラーメンサラダが恋しいんだ。てかここが居酒屋だと思うと、ザンギも食べたくなってくるぞ」

「らーめんさらだってなに?」

「俺の故郷の料理で、こういうサラダに冷たい麺を絡ませてあるんだ」


 ラーメンサラダは北海道ではポピュラーな居酒屋メニューだ。

 ゴマダレのあっさりとした味付けで、前菜としてはシーザーサラダと双璧をなすと、ゆるキャラは勝手に思っている。


 昔本州の居酒屋で注文しようとして、メニューに無くてカルチャーショックを受けたものだ。

 もちろんこのアトルランという異世界にも無い。


「そういえば揚げ物ってメニューにないのか?オススメの中にはないみたいだけど」

「揚げる料理は良い油をたくさん使いますので、お貴族様向けの料理なのでうちでは扱ってないんです」


 なるほど、それで出てくる料理は焼いたものや煮たものが多いのか。

 もし料理に向いた上質な油を安定して調達できるのなら、からあげ屋でも始めれば儲かるかも?


 ちなみにザンギとからあげは呼び名が違うだけでほぼ同じものである。

 諸説あるが違いがあるとすれば、揚げる前に下味を付けるか否かだそうだ。

 ザンギが下味有りでからあげが無しという分類なのだが、その区分けも絶対ではないらしい。


「あー確かに貴族料理にはあったかも」

「お客さん揚げ料理食べたことあるんですか!?いいなあ。聞いた話によると衣によって閉じ込められた肉汁が、噛んだ時にじゅわっと口の中に広がるんだとか」


 トルギル国王にもてなされた料理を思い出すと、レトリが興奮した様子で揚げ物を語った。

 食べる想像をしているのか、舌を出してはっはっはと犬っぽく肩で息をしている。

 ちょ、涎が垂れそうになっているし、緩み切った表情は年頃の女の子がしていいものじゃないぞ。


「こら、さぼってないで仕事に戻りな」

「きゃん!えへへ、失礼しましたー」


 別の給仕に丸いお盆で頭をどつかれて、我に返ったレトリが気まずそうに仕事に戻って行った。

 ふむ、あそこまで食べたそうな表情をされると、ちょっと餌付けしたくなるゆるキャラである。


 人間に戻れた暁には、からあげ屋のオーナーになってスローライフも悪くないかもな。

 などと将来の展望を考えている間にも、妖精と竜のコンビは料理を黙々と食べ続け、大量の皿の山が積み上がっていた。





 〈樫の膂力〉亭は飯も宿も提供する旅籠屋なので、そのまま一泊する。

 美味しい料理を大量に食べて満足したフィンとシンクのコンビは、ベッドにダイブするとそのまま寝息を立て始めた。


 良い子は寝る時間なので問題ない。

 これからは大人の時間だ。


「よし、行くか」


 きりりとゆるキャラは表情を引き締めると、二人を起こさないように静かに部屋を出る。


 文明レベルが中世ファンタジーなこの世界では、人々は日の出と共に起きて、日の入りと共に眠るのが基本だ。

 化石燃料や魔術による街灯が存在しないわけではないが、先に述べた通り一般市民の生活サイクルは日の出、日の入りとリンクしているため需要が低い。


 なのでもし夜の街に明かりがあれば、そこには何かしらの需要があるということだ。


 ゆるキャラの視線の先では、王国の兵士たちがまるで誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように明かりに群がっている。

 そんな彼らを迎え入れているのが、夜の蝶である薄着な水商売のお姉さんたちだ。


 そう、ここは夕方に目撃したすすきの通り(ゆるキャラ命名)である。

 すすきの通りと勝手に命名したものの、客層は一般人ではなく王国兵士が大半だ。


 なのですすきのというよりは、自衛隊駐屯地の近くにある飲み屋通りの雰囲気に近いかもしれない。

 いや、そんなことは今はどうでもよいのだ。


 ゆるキャラも今からあそこへ突撃する所存である。

 その目的は鼠人族、もしくは翼人族のお姉さんに会うためだ。


 これらの種族は人里には現れず、種族単位でまとまって暮らしているそうだ。

 なので幸か不幸かまだ一度もお目にかかったことがない。


 これまでに人族に近い亜人のイレーヌに迫られたり、いい香りのするフレイヤに抱きつかれたりしたが、ゆるキャラの心身は共に凪状態を維持していた。

 果たしてそれがゆるキャラの種族?に近い鼠人族や翼人族ならどうなるのかを確認したい。


 とりあえずその辺の鼠や鳥は見ても何とも思わなかったので良かった。

 いや本当に。


 夜のお店には亜人向けもあると〈樫の膂力〉亭の男性店員に聞いたので、そちらで目当ての嬢が居ないか聞いてみる予定だ。


「よし……行くか」


 緊張で高鳴る胸元を手でさすり、ゆるキャラは歩き出す。

 いや夜の店なんて、日本でも友人に連れられて数度しか行ったことがない。

 だから緊張するのも仕方ないのだ。


 近づくにつれてお姉さんたちの香水の甘ったるい匂いが、エゾモモンガの鼻孔を支配する。

 うーん、フレイヤの自然で甘い匂いとは違って結構きつい。


 それでも我慢して歩みを進めていると、不意に違うにおいを感じ取った。

 その生臭いにおいは、夜の店が並ぶ中通の裏手から漂ってきていて、同時に複数の何かが蠢く気配もある。


「ん、なんだあ?」


 偶然近くを通りかかった、ほろ酔いの王国兵士も異変に気が付く。

 そして暗がりから出てきた魚頭のそいつを見て叫んだ。


「み、〈闇の眷属(ミディアン)〉だああああああああ!」

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