68話:ゆるキャラとおじいさん
フィンが指し示した先は、街道から枝分かれしているあぜ道のうちの一つだ。
ゆらゆらと揺れる麦畑の中に頭一つ、荷車のようなものが飛び出して見える。
近付いてみると腰の曲がったお爺さんが一人、荷車を引いていた。
引いているのだが、遅々として進んでいない。
どうやらあぜ道のぬかるみに荷馬車の車輪がとられて、立往生してしまっているようだ。
「ねーねー何してるの?」
「ぬっ、なんじゃいお前さんは」
「ほら、駄目だろフィン。急に飛び出して驚かしちゃ」
「ぬわあーー!魔獣じゃーーーー!」
ゆるキャラを見ておじいさんは驚くと、大慌てで荷車に括り付けてあった杖を手に取る。
杖は五十センチほどの短いもので、歩行の補助として使うには長さが足りない。
おじいさんが杖をこちらに向けて構えたことから、魔術用の杖なのだろう。
攻撃されてはかなわないので、両手を上げて敵意が無いことをアピールする。
「待ってください。俺は亜人です」
「お前さんのような変な亜人がいるか!人語を操る狡賢い魔獣めっ」
ぐぬぬ、こんなラブリーな〈コラン君〉をつかまえて魔獣呼ばわりとは。
そんなどこぞの異世界にいる首を刎ねてくる兎とは違って、安心安全なゆるキャラだぞ。
「まーまー、落ち着いておじいちゃん。こんな可愛い子を二人も連れてるのに、魔獣なわけなじゃない」
「ん、トウジは魔獣じゃなくてもふもふの亜人」
「……ぬう、確かにこやつが魔獣ならとっくに襲われておるか。よく見れば冒険者証をつけておるしな。それに魔獣が人語を理解するなど考えられないことじゃ。〈闇の眷属〉なら話は別じゃが……」
フィンの自称可愛いはスルーして、ぶつぶつ言いながらゆるキャラを睨みつけるおじいさん。
「まったく駄目じゃないのトージ。急に飛び出しておじいちゃんを驚かせちゃ」
先程の意趣返しか、にやにやしたフィンがゆるキャラを注意してくる。
ぐぬぬ……悔しいが驚かせてしまったことは事実なので素直に反省しよう。
だがそれをフィンに悟られると調子に乗られるので、あえて聞こえなかったふりをする。
「それでおじいさん、荷車が動かせないなら手伝いますよ」
荷車には麦ではなく様々な野菜が積まれていた。
キュウリっぽいものやトマトっぽいもの、ナスっぽいものやトウモロコシっぽいものがあるが、どれも見知った野菜と色や形状が微妙に違う。
樹海にもハスカップもどきのルヴェリの実という果物があったのを思い出す。
あれの味はそこそこイメージ通りだったので、これらの野菜も知っている味に近いのかもしれない。
これだけ積んであると、地面がぬかるんでいなくても動かすのが大変そうだ。
ぬかるみとはちょっと違うが、北海道でも大雪で道路の除雪が間に合わないと、車が埋まって動けなくなることがある。
ゆるキャラの車も年に一度くらいの頻度で、雪に埋まって動けなくなっていたのを思い出す。
四輪駆動なら埋まりにくいのだが、生憎と自慢のマイカーは前輪駆動なので大雪には弱かった。
これで車高を下げていたら、埋まる回数も年に一度では済まされなく……あれ、マイカーってどんな車だったっけ?
全体像がぼんやりとしていて色すら思い出せない。
ど忘れかな?それとも……。
「おい、無理せんでもいいのじゃぞ。諦めて誰か呼んでくるからのう」
「ああいや大丈夫です、ちょっと考え事をしていただけなので。ふんぬっ」
ゆるキャラが持ち手を握って踏ん張ると、むかるみに沈み込んでいた車輪が一気に飛び出す。
勢い余って荷車に乗せてある野菜がいくつか転がり落ちてしまった。
「ほほー。見かけによらず強い加護を持っているようじゃの」
「トージは〈神獣〉だからすごいのよ」
「〈神獣〉?なんじゃそりゃ」
ゆるキャラが荷車を引いている間、フィンが個人情報をぴーちくぱーちくとおじいさんへ垂れ流す。
いやまあ隠すつもりは無いからいいんだけどさ……。
シンクはフィンの講釈にうんうんと時折頷いて参加している。
「つまりお前さんたちは〈混沌の女神〉に会いにラディソーマまで行くのか。これまた随分と古い名じゃこと」
懐かしそうに目を細めているおじいさんによると、若い頃はまだラディソーマは国として存在していたそうだ。
ということは彼はレヴァニア王国の守護竜誕生も見届けている、歴史の生き証人のような存在といえよう。
まあゆるキャラたちはその歴史そのものである、グラボと知り合いなのだが。
「ここじゃ、もういいぞ」
十分ほど荷車を引っ張って到着したのは、今にも崩れそうなあばら家だった。
おじいさんは畑を耕しながら、ここで一人暮らしているという。
「世話になったのう。これを持っていけ」
野菜をいくつかくれたので、ありがたく四次元頬袋に収納する。
突然ゆるキャラが土の付いた野菜を食べ始めたので驚くおじいさん。
事後報告で説明すると「なるほどどうりで皆軽装なわけじゃ」と納得してくれた。
「それと無用な騒動を避けたいのなら、お嬢ちゃんの角は隠した方がいいのう。尻尾は蜥蜴人族も生えとるから誤魔化せるが、角はそうもいかん」
「だそうだけど消せるか?」
「むり」
ふるふるとシンクが頭を横に振る。
《人化》していたマリアやクレアも角は残していたが、消そうと思えば消せるらしい。
だが竜族にとって角は神聖な部位なので、《人化》していても残すのが普通だとか。
シンクはまだ《人化》慣れしていないから消せないのだ。
そういえばグラボ少年はシンクに角を折られてたけど、いつの間にか治ってたな……。
シンクの角を隠す手段は、追々考えるとしよう。
「そういえばまだ名乗っていなかったのう。わしはガスターじゃ。もし街で困った事があればわしを訪ねて来い。これでも多少は顔が利く。まあ竜族を引き連れてるお前さんに敵などいないかもしれんがな」
がははとおじいさんことガスターが笑うが、そんな暴力に訴えて解決するような行為は、シンクとフィンの教育によろしくない。
二人が暴力は全てを解決する…!!なんて言い出さないように気を付けなければ。




