67話:ゆるキャラと国境
【2章のあらすじ】
・助けた狐耳の女の子はメディルという名前で、守護竜の儀式の生け贄になってしまう姉アディナの助命を求めるため樹海を彷徨っていた
・生け贄は守護竜本人であるシンクの知らない話だったため事実確認。どうやら他所の竜の所業のようなのでとっちめることに
・主犯の亜竜グラボとその配下をとっちめ、生け贄に捧げられそうになっていたアディナ救出
・グラボは隣国レヴァニアの重鎮で、生け贄を要求する裏には〈混沌の女神〉の思惑があるようだ
・〈混沌の女神〉の真意を確かめるため王国にある〈混沌教〉の分神殿へ向かう
・信徒である羊人族のリリエルの力を借りて、交信を試みるものの返事はなし。ラディソーマという場所にある〈混沌教〉の本神殿に行けば、《神降ろし》でより本格的に交信できるらしい
・シンクの姉ハクアの情報を求めて冒険者ギルドへ。ここより北東にあるヨルドラン帝国へ向かったという情報をゲット
・いざ帝国へ
「だってトージがうなされてたんだもん」
何故強引に出発したのかと問い詰めれば、妖精族の少女が不貞腐れた顔で呟く。
そういえば今朝、昔の夢を見てうなされたのをフィンに見られていた。
中の人である益子藤治としての記憶や人間性が、日を追うごとに少しずつ失われていることにゆるキャラは怯えている。
それを彼女は敏感に察知していたようだ。
普段は細かいことを気にしない大雑把な性格だが、それはあくまで気にしないだけで把握自体はしているのだろう。
この間、某馬鹿王子がシンクを蔑んだ時にフィンが反撃していたのを思い出す。
さっきシンクとごにょごにょ話しかけていたのは、帝国領へ向かう指示を出すためだったのか。
「それにたまに思いつめた表情もしてた」
えっ?それは無自覚だった。
エゾモモンガの顔の思いつめた表情ってどんなだよ。
ゆるキャラのアンニュイな表情はともかく、こちらのことを思っての行動と言われるとなかなか怒るに怒れない。
「でもな物事には根回しや段取りが必要で……」
「トージは過保護すぎ。シンクも私も誰かの許可が無いと何かをしたり、どこかに行ったりできないわけじゃないの!」
えー、そうだろうか。
未成年の外泊はマリアさんやフレイヤ先生といった、保護者の方々の許可が必要ではないだろうか。
などと考えていると、まるでこちらの心を読んだかのようにフィンが怒り出した。
「だーかーら!私はフレイヤ様の庇護は受けてるけど行動は自由なの!」
「いてて、わかった。わかったから髭を引っ張るなよ。心配してくれてありがとうよ」
「ふんっ。お礼ならこうやって運んでくれるシンクに言いなさいよね」
「そうだな。ありがとうシンク」
「Gruuuuuuuuuuuuuuuuuuuuun!(まかせて)」
保護者の許可はいいとしても、旅の面子はもう少し考慮したかったところだ。
少女と幼女と謎のゆるキャラだけでは、どう考えてもトラブルを引き寄せてしまう。
トルギル国王あたりに頼んで強面の人族の男性を一人、ビジュアル面での護衛として雇いたかった。
「Gyauuuuuuuuuuuuuuuuuuuun!(知らないひとを乗せるのは、嫌)」
ですよね。
リリエルやクラリーナなら搭乗拒否はしないだろうが、どちらも見目麗しい美女なので連れ立ってもトラブルに拍車がかかるだけか。
面子については諦めよう。
気持ちを切り替えて、このまま旧ラディソーマ竜王国までひとっ飛び……というわけにはいかなかった。
リージスの樹海に隣接するレヴァニア王国の周辺までは、シンクたち樹海の竜族の支配域なので制空権は我らにある。
しかしそれより外側は他の竜族、もしくはそれに匹敵する勢力の縄張りなので、迂闊に飛び込むと敵対行動と取られかねない。
「Gyaooooooooownnnnnnnnnnfll!(どんなのが襲ってきても、ぶっとばす)」
などと言ってシンクさんが荒ぶっておられるが、撃退できる保証はどこにもない。
マリアやアレフといった樹海の竜族は引き籠り気質で、外の情報はほとんど持ち合わせていなかった。
一方でレヴァニア王国の守護竜として、長年帝国と戦っているグラボ少年に話を聞けば、これまでに自身の強さに匹敵するような個体が攻めてきたことはないそうだ。
帝国の主力はあくまで人種兵士による物量展開というわけだ。
だがそれはあくまで侵略時の編成であり、帝国の防衛が同様とは限らないだろう。
このアトルランという世界はゲームじみているが決してゲームではない。
敵の強さが必ず勝てる程度で、且つ弱い順に現れるわけがないのだ。
シンクが勝てないような相手にゆるキャラが勝てるはずもないので、過保護なくらいで丁度いい。
というわけで帝国へは普通の冒険者として入国する。
地上からは探知できないような高高度から、オジロワシの眼を使って地上を観察する。
「ええと……まずは城塞都市、だっけか」
頬袋をもごもごさせて、〈コランくん学習帳〉を取り出した。
学習帳という名のノートに書き込んである、旧ラディソーマ竜王国への道のりを確認する。
事前にグラボ少年と打ち合わせをしてあるので、予習はばっちりなのだ。
「尖塔が二つ立つ都市……あれだな。シンク、あの街の手前で降りてくれ」
ゆるキャラの指示に従いシンクが急降下。
見つけた都市から竜の姿が見えないように、かなり離れた所に着陸した。
着陸した付近は長閑な田園風景が広がっているが、都市の外側と街道沿いは作物の育っていない荒れた土地が目立つ。
帝国の侵略ルート上は何度も戦場になっているから、そのままになっているのだろう。
あぜ道を通って大きな街道に出ると、三人でのんびりと都市を目指して歩き出す(約一名は飛んでいるが)。
太陽もまだ高い位置にあるが、季節は初秋ということもありそこまで暑くない。
レヴァニア王国周辺の四季は日本と比べると穏やかで、真冬になっても雪が降ることは滅多にないそうだ。
ちなみに樹海の深層は天候が目まぐるしく変わる魔境である。
フィンが田畑で黄金色に実っている麦……のようなものの上スレスレを前後左右に忙しなく、縦横無尽に飛び回っている。
小型カメラを持たせていたなら、迫力のある映像が撮れていそうだ。
すっごい笑顔だが、何がそんなに楽しいのだろう。
「見て見て、全部金ぴかだよー!」
ああなるほど、麦畑そのものが初見で興奮していたのか。
確かにリージスの樹海ではこの光景は見られない。
ゆるキャラに手を引かれながら歩いているシンクも、風で波打つ黄金の海を興味深げに見つめていた。
「あれ、誰かいるよ」
今度は高度を上げて遠くを見ていたフィンが誰かを発見したようだ。
「この辺の農家の人じゃないか?あまり飛びまわって驚かせるなよ」
「なんか困ってるみたいだよ」




