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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
2章 とびだせリージスの樹海

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66話:ゆるキャラと足取り

「あれ、出会った時ニール先輩は一人だったのか?」

「はい。ニール様とは二週間ほどのお付き合いでしたが、出会った時と旅立たれた時はお一人です」


 ゆるキャラの質問にトードリが頷いた。

 それでは一緒に樹海を出奔したはずのシンクの姉ハクアと、竜巫女はどこに行ったのだろうか?


「姉さんと巫女は遅れて樹海を出発した」


 疑問に答えたのはシンクだ。

 彼女はトードリに膝枕されながら、ふさふさの尻尾に頬ずりしている。

 フィンは彼女の肩に腰掛けて、癖のない真っすぐな茶髪を手で梳いて遊んでいた。


 二人ともめっちゃ寛いでるな……。

 そしてそんな状況で笑顔を絶やさず会話を続けるトードリも凄いな。


 シンクに改めて詳しい話を聞くと、ニールは一人で先んじて樹海を出ていた。

 というか元より一人で行動するつもりだったようだ。


 ニールに惚れ込んでいたハクアと、おまけ?の竜巫女が追いかけるように樹海を出発したのは、先輩に遅れておよそ一ヶ月後のことだった。


「ニールさんの足取りはトードリさんと別れてからは不明です。しかしその後、カナートの冒険者ギルドにニールさんを探す人物が現れたのですよー」


 エドワーズの説明によると、ニールがトードリの元を去ってからおよそ二週間後、カナートの冒険者ギルドに見知らぬ二人の女性が現れる。

 一人は凛とした雰囲気の全身真っ白な少女で、もう一人は空色の髪が美しい神秘的な少女だ。


 彼女たちは人相を頼りにニールを探していたが、見目麗しい二人組ということもあってトラブルも多かったようだ。


 とはいえ白い少女のほうはシンクの姉、つまり竜族である。

 降りかかる火の粉など、飛んで火に入る夏の虫でしかなかったのだが。


 群がる野郎どもを蹴散らしつつトードリという手掛かりに辿り着いた二人は、ニールを追いかけて南へ向かったそうだ。


「許されるなら、私も彼女たちと共にニール様を追いかけたかったです。しかし戦う力を持ち合わせていませんし、孤児院を任されている身でもあったので諦めました」


 トードリは口では諦めたと言っているが、その熱の籠った瞳が嘘だと物語っている。

 戻る当てもないのに現地妻を作るとは、モテる男は罪深いねえ。


 ゆるキャラも見習いたいところだ。

 見かけに似合わず色恋沙汰に敏感なシンクも、興味深げにトードリを見上げている。


「ということはシンクの姉さんたちも南か。〈混沌の女神〉の本神殿とはほぼ逆方向だなあ」

「それがそうでもないんですよー。一連の話を聞いて眉唾だった情報が確信に変わってしまったのですよ」


 再びエドワーズが説明を始める。

 今から約一年前、カナートの街から南西に下ったある小さな村で、空を飛ぶ純白の竜を目撃したという噂が流れた。


 目撃者は牛飼いの少年一人だけ。

 この世界牛いるんだ……という驚きはさておき、その少年は放牧中に魔獣に襲われたところを竜に助けられたという。


 家畜が魔獣に襲われた時、少年は思わず助けようとしてしまったそうだ。

 もし彼が奴隷だったなら、より価値のある家畜を庇うようにと命令されていても不思議はない。


 しかし彼は牧場主の長男なので、奴隷や家畜よりも尊い存在であった。

 なので家畜を囮にしてでも逃げるのが正解なのだが、仕事を任されている使命感が勝ってしまい思わず行動してしなったという。


 奴隷は家畜以下なのか……というのも今は置いておき、少年は家畜を逃がすことには成功したが、魔獣である灰色狼の群れに囲まれてしまった。

 そして一匹の灰色狼が少年に飛び掛かり、柔らかそうな喉笛を噛み千切られそうになる。


 その時、不思議な事が起こった。

 飛び掛かってきた灰色狼が空中で停止したのだ。


 不可解な現象に少年が茫然としていると、不意に周囲が暗くなる。

 雲かと思い見上げると、空では純白の美しい竜が飛翔していた。

 しかも良く見ると背中に人が二人乗っているではないか。


「じっとしてろ!」


 背中の黒髪の少女、いや少年が叫ぶと竜が吠えた。

 咆哮とともに開かれた顎からは白い光が迸る。


 白い光の吐息(ブレス)は冷気を纏っていて、空中で静止している灰色狼を照射すると一瞬で凍り付いた。

 ここでようやく不可視の拘束がなくなり、氷漬けになった灰色狼がごとりと地面に落ちる。


 周囲の他の灰色狼たちも逃げる間もなく、吐息で薙ぎ払われて次々と氷漬けにされていった。

 茫然とし続ける少年をよそに、純白の竜はすべての灰色狼を凍らせると、何を言うでもなく飛び去って行った。


「ばいばーい」

 背中に乗っていたもう一人、青髪の少女は見えなくなるまで少年に手を振り続けていたという。


「目撃者は一人で、証拠は水浸しになった外傷の無い灰色狼の死体があるだけ。確かに不可解な状況ではありますが、竜のしわざと言われて信じられませんでした。精々、氷魔術に長けた魔女に化かされたくらいかなと思っていたのですー」


「ニール様は魔術とも加護とも違う〈見えない手〉という不思議な力をお持ちでした」

「ハクア姉さんは氷の吐息が得意」


 ところがこのトードリのシンクの証言によって、一気に現実味が増したというわけだ。


 灰色狼が空中で固まったのは、ニールの仕業らしい。

 魔術でも加護でもない〈見えない手〉とは、どういう能力だろう?

 樹海の中では確か〈魔法使い〉と呼ばれていたな。


 それとシンクは見た目が紅くて火属性だが、姉は白くて氷属性なのか。

 紅白姉妹でめでたい感じだ。


「それでですねー少年曰く、純白の竜が飛び去った方向は北東だそうです」

「む、それってつまり」

「ん、帝国領。トウジの目的地と同じ方角」


 ふんすと鼻息荒く、シンクが言い放った。

 まあ体勢はトードリに膝枕されたままなのだが。


 シンクは目的地が一緒で一安心……を通り越して、やる気に満ち溢れていた。

 ゆるキャラとしても猫に会うこととシンクの姉を探すこと、どちらを優先するかで悩まなくて済むのはありがたい。


 情報を提供してくれたエドワーズとトードリに謝辞を述べると供に、菓子折りとして〈コラン君饅頭(八個入り)〉を進呈して冒険者ギルドをあとにする。


 これで方針は決まったので、関係者に報告して〈混沌の女神〉の本神殿があるヨルドラン帝国領内、旧ラディソーマ竜王国を目指すとしよう。


 樹海に帰るべく王都エルセルの郊外まで王族印の馬車で送って頂く。

 シンクが竜に戻る前にフィンが飛び寄り、なにやらごにょごにょと話していた。


 フィンを連れて行くかどうかは、フレイヤ先生と改めて相談したほうがいいだろう。

 魔術の訓練が途中なので、もし付いてくるなら訓練の区切りが良くなるまで待つ必要もあるかもしれない。

 ゆるキャラの魔術習得については半ば諦めムードである。


 などと考え事をしている間にもゆるキャラはシンクの背中に搭乗を済ませ、樹海へ向かって発進……あれ、これ方向違くないか?


「なあ、樹海はこっちじゃ―――」

「しれじゃあ帝国に向かってしゅっぱーつ!」

「Gyaooooooooooooooooooooonnnn!(しゅっぱつー)」


「……まじか」

いつもお読みいただきありがとうございます。

次話から3章となります。

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