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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
2章 とびだせリージスの樹海

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64話:ゆるキャラと二つ名

 久しぶりに見た日本の夢は、目覚めの悪い内容だった。


 ベンチで休むところまでは過去に実際にあった出来事だがその後は違う。

 姪っ子が何故か水ではなくアイスを買ってきたので、それを食べ終わる頃には体調も回復。

 その後夕方まで動物園を堪能して帰ったのを覚えている。


 俺の名前は益子藤治、三十歳元フリーター独身……よし。

 あまり良しとはしたくない、悲しい事実も忘れていない。


 ただ最近自分の顔がどんなだったか、少しずつ忘れているような気がする。

 頭の中で思い浮かべても細部がぼんやりしている感じだ。


 そもそも自分の顔なんて見ようと思えば鏡でいつでも見れるのが当たり前だから、意外と誰しも自分の顔は覚えていないのかもしれない。


 自撮り好きでSNSにアップしまくりの女子ならまた別か?

 アラサーのおっさん的には自撮りどころか、最後に写真を撮ったのがいつだったかすら覚えてないぜ。


「ようこそいらっしゃいましたー〈神獣〉様」


 冒険者ギルドの執務室に訪れたゆるキャラたちを、ギルドマスターのエドワーズが笑顔で出迎えてくれる。


 シンクの姉についての調査期間である一週間は、あっという間に過ぎ去った。


 その間にゆるキャラは魔術の習得に励んだが進歩無し。

 相変わらず構成を編むという感覚がひとつも分からない。


 一方でフィンはフレイヤ先生の指導の元、着実に魔術を習得していた。

 だが詠唱を省略する癖があるようで、省略による不発や暴発の危険性を幾ら説かれてもどこ吹く風だった。


 フィンの言い分は「不発も暴発もしたことないからいいじゃん」である。

 確かにフィンの魔術は詠唱を省略しても失敗しない。


 その理由の一因として「魔力の過剰供給による詠唱の補助」があるのだが、そうだとしても失敗しなさすぎだとフレイヤ先生は首を傾げていた。


 例えるなら「事故らなければどうということはない」と言ってシートベルトをしないでカーレースをしているような危うさがある。

 危険度は一般道ではなくてカーレースでのクラッシュ規模だから恐ろしい。


 魔術の暴発に巻き込まれるような貰い事故は勘弁なので、ゆるキャラからも口を酸っぱくして注意し続ける所存だ。


 他にも王宮に顔を出したり、〈混沌の女神〉の分神殿の経営を見直したり、冒険者として依頼をこなしてみたりと慌ただしかった。


「〈深紅〉様と〈精霊(つか)い〉様もどうぞこちらへー」

「ん」

「はーい」


 シンクとフィンも慣れた様子でソファーに陣取り、遠慮なくお茶請けをもぐもぐと食べ始める。


 二人とも冒険者としての二つ名を手に入れていた。

 二つ名とは第三位階以上の冒険者が名乗ることを許される称号である。


 いわゆる渾名なので名乗ったところで「カッコイイだろう!!」くらいの意味しか無いと思いきや、相当に名誉なことだった。

 理由は第三位階以上の冒険者の人数の少なさにある。


 冒険者という職業は非常に過酷で、各位階から一つ上に昇格できる冒険者は三割程度しかいなかった。

 仮に千人の第五位階冒険者がいたとして、第四位階になれるのが三百人。

 そこから第三位階になれるのが九十人と、全体の一割にも満たないのだ。


 以前エドワーズが第三位階はそろそろ中堅などと言っていたが、全体の一割未満しかいない存在を中堅と呼べるのだろうか。

 そこにはもう一つ、数字のからくりがあった。


 冒険者の三割しか昇格できないわけだが、では残りの七割は昇格出来ずに燻っているのかといえば違う。

 全体のおよそ半数が依頼中に殉職するそうだ……。


 つまり実際の分母は五百人なので、中堅は一応二割弱はいる計算になるというわけだ。

 いや二割でも少ないし半分も死人がでるんかいと突っ込みたくなる。


 だが冒険者というのは身分や性別、年齢や種族を問わずに門戸を開いており、体ひとつで誰でも富と名声を得る可能がある職業だ。

 少なくともこの世界に住む人々は自分の命とリスクを天秤にかけて、納得して冒険者になっていた。


 現代日本人としてはハードモード過ぎるので、もう少し職業選択の自由や福利厚生、安全性とか考慮して欲しいと思ってしまうところである。


 さて二つ名の決め方だが、本人の自由で自薦他薦も不問だ。

 ただし本人の実力と比較して嘘だったり大げさだったり、他の二つ名と似ていて紛らわしいなどの問題があれば、ギルドマスター権限で不許可になることもある。


 シンクは皆と相談して〈深紅〉に決めていた。

 〈守護竜〉でなくていいのか?と聞けば、「そっちは勝手に名乗るからいい」らしい。


 何故〈深紅〉かといえばシンクのイメージカラーだからだそうだ。

 イメージというか見た目がもう真紅だけどな。


 でも〈深紅(しんく)〉だと音が名前のシンクと被って変じゃない?とゆるキャラが発言すると、皆から訝しげな表情を向けられた。


 ……すっかり忘れていたが、ゆるキャラは常時《意思伝達》の魔術の影響下だった。

 《意思伝達》により聞こえる言葉は日本語に自動翻訳され、逆に発する日本語は聞き手の耳には理解できる言語に変換される。


 日本語では〈真紅(しんく)〉だが、シンクたちにとっては違う単語に聞こえていたというわけだ。

 仮にそれが英語だったなら〈真紅(クリムゾン)〉といった具合である。


 ちなみにゆるキャラの故郷の言葉だと〈真紅〉とシンクは同じ音だと伝えると、竜の幼女は「なおさら〈真紅〉がいい」と言いながら嬉しそうに両腕をぶんぶんと振り回していた。


 次にフィンの〈精霊仕い〉という二つ名だが、これはギルドマスターのエドワーズ直々に付けてもらった。

 そう、あっさりフィンは第三位階の銀冠冒険者に昇格していた。


 フィンの精霊魔術の才能を見抜いたエドワーズ本人によって、魔術による戦闘試験を実施。

 そして先に述べたような詠唱の省略と、規格外の威力が評価された。


 森人族(エルフ)であるエドワーズも精霊魔術が得意で、ギルドマスターを任されている一因でもある。

 そんな彼女だったが……。


「なにあれおかしい。なんで詠唱が適当なのに精霊が忖度して魔術を成立させているの?精霊は気まぐれでこっちの言う事をきっちり伝えても怠けて失敗することがあるのに。やっぱりあの魔力のせいなの?魔力なのに甘くて美味しそうってどういうこと?あれに精霊は釣られているの?」


 普段の絶やさない笑顔と間延びした口調はどこへやら。

 試験後、無表情でめっちゃ早口でぶつぶつ言っている光景には、ギルドの受付嬢たちもドン引きしていた。


 〈精霊仕い〉とは〈精霊が仕えたくなる存在〉という意味で、エドワーズの提案にフィンは二つ返事でOKを出した。

 ゆるキャラやシンクに二つ名が付いたのでフィンも欲しがっていたのだが、名前自体にこだわりは無いようだ。


 ちなみにゆるキャラの二つ名はそのまんま〈神獣〉である。

 なんか勝手に決まって定着していた……解せぬ。

 漢字が逆だったらレスラーっぽくて恰好よかったのに。


「シンク様のお姉さまたちの件ですが、こちらの方に話を伺いましょう。入ってきてくださーい」


 エドワーズが合図して執務室に入って来たのは、狐耳の少女だった。

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