58話:ゆるキャラと戦闘試験
訓練場は冒険者ギルドに併設されていた。
敷地の中央に石畳が敷き詰められていて、広さは二十メートル四方ほど。
冒険者たちの日頃の訓練の賜物か、石畳はあちこちひび割れたり欠けたりしている。
屋外なので単に傷んでるだけかもしれないが。
そんな真新しければなんとか一武闘会が開けそうな石畳の上に、何故かゆるキャラは立たされている。
そして対峙するのは機嫌の悪そうな冒険者の男だ。
使い古して良い色合いになった皮鎧を着ていて、短い茶髪をツーブロックにして刈り上げている。
手には訓練用の、刃を潰した剣を握っている。
「おいギルマス。急に呼び出しておいてこれは何だよ?」
「何って、前にお願いしていた試験官の仕事ですよー。シナン君」
石畳の外にある、丸太を縦半分に割って作ったベンチに腰掛けたエドワーズが答えた。
その隣には気まずそうなリリエル、更に隣にはクラリーナと人見知りモードのシンクが座っている。
シンクはゆるキャラが傍にいないので、代わりにフィンを抱きかかえて気を紛らわせているようだ。
フィンが嫌がって抜け出そうともがいているが、守護竜のパワーからは逃れられない。
二人ともごめんよ……ちょっと待っていてくれ。
「それにしたって急すぎるし、なんだよこの野次馬は」
「それはあの〈神獣様〉の試験だからですよ。誰でも気になりますよねー」
シナンと呼ばれた男が言う通り、関係者以外にも野次馬と化した冒険者が沢山いる。
騒ぎを聞きつけ、噂の神獣を見に来たのだろう。
彼が苛立っている理由は、急に呼ばれて試験官をさせられていることと、野次馬が多くて見世物状態になっていること。
あともう一つ、先ほどからシナンがちらちらと視線を送っている先にある。
そこにいるのは女性冒険者とギルド受付嬢たちだ。
というかギルドの受付嬢、仕事さぼってないか?いいのかギルマス。
シナンに釣られてゆるキャラもそちらを向けば……。
「キャー!こっち向いたわ。もこもこしてて可愛い」
「神獣さまー、後でなでなでさせてくださーい!」
などという黄色い声援が飛ぶ。
古今東西どころか異世界でも、ゆるキャラ〈コラン君〉の魅力は健在というわけだ。
しかしシナンはゆるキャラが女性陣にモテているのが気に入らない様子。
声援が飛ぶ度に、シナンの苛立ちに拍車がかかる。
手にした剣の切先で、神経質に石畳をコツコツと叩いていた。
ちょっと面白かったので、ゆるキャラが着ぐるみバイト時代に培った大きな動きで、女性陣にアピールしてみる。
すると再び黄色い歓声が巻き起こり、シナンの表情がどんどん渋いものになる。
彼は知らないのだ、可愛いにも二種類あってゆるキャラが後者だということを。
着ぐるみを着ている間は、愛玩動物的な意味で散々可愛がられるわけだが、脱ぐと当然注目されなくなる。
分かっていても、そのギャップが地味に堪えるのだ。
だが今は身も心もゆるキャラなので、可愛いがられるのは素直に嬉しい……いかんいかん、また〈コラン君〉に引っ張られている。
身はともかく心は益子藤治、三十歳フリーターで独身のおっさんだ。
俺は人間だと心の中で言い聞かせている間もエドワーズの進行は続く。
「これより第三位階冒険者〈斬鉄〉シナン試験官による、冒険者候補〈神獣〉トウジ様への戦闘試験を行います。治療術師は待機しているので、怪我は気にせずやっちゃってください。それでははじめー」
なにやら階級と二つ名っぽい単語があったが、詳しい事を聞く前にあれよあれよというまに訓練場に連れてこられてしまった。
なので単語の意味以上の情報は現時点で無い。
〈斬鉄〉と言うくらいだから、鉄も切り裂くような剛剣を振るうのだろうか。
見る限りシナンは引き締まってはいるが細身なので、強い加護を持っているのかもしれない。
「小手調べだ。先に打ち込んできていいぜ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
樹海でのイレーヌとの戦闘訓練を思い出しながら、シナン同様に渡されていた訓練用の剣を構える。
鳥足で石畳を蹴ると、ずんぐりむっくりとした体が弾丸のように飛び出した。
そして勢いを乗せて眼前に迫るシナンへ剣を振り下ろす。
「うおっ、思ったより速いし重いな」
慌てたような台詞とは裏腹に、シナンは余裕を持ってこちらの攻撃に対処した。
肩口を狙った斬撃は掲げた剣で受け流され、衝撃を殺しながら右側面に回り込まれる。
カウンターを警戒して相手の手元を見ていたが、先に動いたのはシナンの剣ではなく足だった。
予想外の攻撃に反応が遅れて、腰の入った前蹴りをどてっぱらに食らう。
ゆるキャラがボールのように石畳の上を転がると外野からは悲鳴が上がった。
「ちっ、うるせえなあ。避けられてるっての」
シナンの言う通り反撃するほどの余裕は無かったが、回避自体はギリギリ間に合っている。
エゾモモンガの鳩尾……鳩尾でいいのか?
今更ながらゆるキャラの臓器はどうなっているのか不安がよぎる。
とにかくその辺りにシナンのつま先が刺さる前に、自分で飛んで逃げていた。
「今度はこっちからいくぜ」
石畳で尻もちをついている毛玉目掛けて、皮鎧の男が肉迫し剣を突き出す。
刃は潰してあるが剣の切先の形状は鋭いままなので、刺されば痛いだけでは済まない。
「ふんっ」
肩から手首にかけて生えている、オジロワシの翼を羽ばたかせる。
体一つ分垂直に浮かび上がり、突き出された剣は何もない空間を穿った。
「おらっ」
「あぶねえ!」
得意の鳥足によるサマーソルトキック(爪は引っ込めてある)をカウンターで放つが、間一髪シナンは首を傾けて躱した。
ちっ、顎じゃなくて避けにくい胴体を狙えばよかったか。
空中で宙返りをした後、自由落下と共に剣を振り下ろす。
シナンは初撃の時と同じ様にこれを剣で弾くが、先程とは違い受け止めた瞬間に手首を捻った。
すると捻った方向に衝撃が逃がされ、ゆるキャラの体もその方向に流され体勢を崩してしまう。
返す刃を防ぐために慌てて剣を引き戻すが、相手の剣はまだ動かない。
間に合ったかと思いきや、代わりに視界の隅から何かが飛んできた。
「また足かよ!」




