50話:ゆるキャラと馬鹿王子
「父上にはまだまだ健在でいて頂かないと困ります。故に軽率な行動は控えて頂きたい」
声高らかに現れたのは、トルギル国王が連れている護衛騎士と同じような装備をした連中を十人ほど引きつれた青年だった。
服装はトルギル国王に似ていて、顔つきも似ている。
若くして浅黒さを抜いて体格も細くすればそっくりだろう。
「……ギルバート、会話に割り込むのは不作法であろう」
「父上、逆ですよ。天上人である王族の言葉を誰が遮るというのですか。もし我々が言葉を控えるとするならば、そちらにおわす守護竜グラボ様以外にはいませんよ」
ギルバートと呼ばれた青年は、ペラペラと喋りながらトルギル国王の隣の空いている椅子にどかりと腰を下ろす。
おおっと、これはなんというか、それっぽい、いかにもな御仁が出てきたぞ。
「こらこらギル君、客人に向かって失礼じゃないか。それに今の君の発言が正しいなら、こちらは僕を圧倒した樹海の守護竜様だから、敬わなければいけないよ」
「ええ!?グラボ様はこの祝福を受ける資格も無いような、幼い幼女に負けてしまったのですか?それはちょっと手を抜きすぎたのではありませんか。竜族というのは齢を重ねた個体の方が強いと聞きましたが、嘘だったのでしょうか」
「うーん、それは基本的には正しいんだけど、僕とシンク様だと元の強さや格が違うからねえ」
諌めの言葉もどこ吹く風で、それどころか口答えをされてグラボが苦笑いを浮かべる。
このギルバート……国王を父上と呼んでいたし王子なのだろう。
彼の饒舌は止まらない。
「第一これまで散々財宝を上納してきたというのに、我が国の国難に一度も助成が無いじゃないか。そんな役に立たない竜を敬うことが出来るだろうか、いいや出来ないよな?お前たち」
ギルバートが引き連れてきた護衛騎士たちに問いかけると、彼らは次々と同意の声を上げた。
……この王子、さっきトルギル国王が言っていた勘違で不敬も甚だしい発言を、思いっきりしてしまったぞ。
ほら、国王の護衛騎士二人が気まずい表情をしているじゃないか。
国王は……やばい、怒りで鬼の形相だ。
ちなみにクラリスたちメイド勢はポーカーフェイスを維持して無言待機だ。
本当に良く訓練されているな。
さて、自由奔放な発言を続ける残念王子だが、思った事がノータイムで口から零れる自由の化身はこちらにもいる。
「あれれー、さっき王様が言ってたよね。竜族の縄張りを間借りしてる立場なのに、勝手に勘違いして助けてもらえると思っているお馬鹿さんがいるって。ああでも人種は弱いから、その場にいない相手に八つ当たりしちゃうんだっけか。シンクもそんな奴らを許さないといけないから大変だねー」
なんということでしょう。
普段はちょっとお馬鹿路線のフィンが、先のトルギル国王の発言を正確に理解し、自分の言葉に直してギルバート王子を揶揄したじゃありませんか。
しかも見た目は子供、頭脳は大人みたいな言い回しで。
彼女としても友達認定してくれた幼女が蔑まれるのは、腹に据えかねたのかもしれない。
怒ろうとしていたトルギル国王は出鼻を挫かれてぽかんとしている。
しかしここであっさり引き下がるギルバート王子ではなかった。
見た目は美少女フィギュアに、頭脳は子供が食って掛かる。
「……あ?羽虫風情がなんだって?虫かごの中で飼われるだけしか能のない種族のくせに、威勢よく鳴くじゃないか。活きのいいうちに昆虫標本にしてやろうか」
「へーそんなか弱い虫に鳴かれるだけで怒り出すなんて、人族の王族?は臆病なんだね」
おおう、煽りよる。
ギルバート王子が中高生のヤンキーみたいに、下から掬い上げるようにフィンを睨みつけ出した。
さすがに色々とまずい。
早く仲裁に入らないと取り返しのつかないことになりそうだ……既になっているかもしれないが。
「天上人に向かって不敬も甚だしいな。いいだろう、望み通り生きたまま標本に―――」
「申し訳ありませんギルバート王子、この娘はちょっと世間知らずでして。ご容赦頂ければと」
ここで初めてギルバート王子はゆるキャラを見た。
その目はとてもではないが、人に向けていい目つきではなかった。
例えるなら家畜か、それ以下の物を見るような無機質で冷たい目だった。
妖精族のフィンに対しては観賞用としての価値を認めていたが、そこにも届いていない。
「なんだこの不細工な生き物は。言葉を使っているが亜人なのか?魔獣の間違いではないのか?我の言葉を遮るとはそこの虫以下だな」
いや、仲裁するには遮るしかないじゃん。
という言葉が出かかったが、あまりにも冷たい視線を向けられてしまったため詰まってしまった。
「ふむ、毛皮は上質そうだから剥ぐか。母上の新しいコートにでも―――」
視界の端でトルギル国王が再び鬼の形相になる。
その怒りが爆発する寸前、違うものが爆発した。
空間が凍り付くとはこのことだ。
突如発生した肌を刺す様な殺気に、護衛騎士たちがトルギル国王及びギルバート王子を守ろうと動こうとして、止まった。
全員が青白い顔に脂汗を浮かべて、指先すら動かすことが出来ずにいる。
メイドの数名は威圧に当てられて気絶してしまっていた。
ゆるキャラも剥がれそうになった毛皮が逆立っている。
他で無事なのは空中で仁王立ちのフィンと、顔を顰めて耐えているグラボくらいだ。
「わたしのことは別にいいけど、ともだちを侮辱するのはゆるさない」
そう、空間を支配するほどの殺気を放ったのは、ゆるキャラが抱きかかえている深紅の幼女だ。
静観してた紅い瞳は、今は怒りで爛々と輝いている。
この殺気を浴びるのは樹海の深層のシンクの家にて、叔父のアレフと対峙した時以来だが相変わらず強烈だ。
どのくらい強烈かと言えば、殺気を直接向けられたギルバート王子が呼吸も出来ず白目を剥いている。
やめてくださいしんでしまいます。
「シンク、俺は気にしてないから許してやってくれ」
「いいの?」
「ああ、いいんだ」
「むう、トウジがそう言うならゆるす」
紅い瞳が心配そうに見上げてくるが、ゆるキャラがシンクの頭を優しく撫でつつ諭すと、分かってくれたようだ。
放たれていた殺気が空気中に霧散した。
ここでようやく護衛騎士たちが動き出して、遅まきながらトルギル国王とギルバート王子を庇うように駆け寄る。
ギルバート王子は完全に失神していたので抱きかかえられていた。
トルギル国王は脂汗で額に貼り付いた前髪を腕でぬぐうと、大統領を銃弾から守るSPのように寄り添う護衛騎士を押しのける。
そしてシンクの前に来ると出会った時のように跪いた。
「愚息が大変失礼な発言をした。どうか許して頂けないでしょうか」
「ん、もう許した」
「重ね重ね寛大なお言葉に感謝します……ギルバートを連れて行け」
残念王子はここでご退場となった。
申し訳ないことに気を失ってしまったメイドさんたちも一緒にだ。
「ちょっと、私も侮辱されたし許してないんだけど!」
フィンだけが納得いかないようで、抗議するように空中を飛び回っているが、ゆるキャラは知っている。
シンクの怒気が膨れ上がったのは、フィンがギルバート王子に蔑まれた時からだ。
ちゃんと友達の侮辱に対してシンクは怒っていたのだが、フィンがそのことを知ればきっと調子に乗るので、黙っておこう。




