48話:ゆるキャラと国王
詰所の兵士たちに見送られて二頭の竜が空へと舞い上がる。
彼らは全員、胸に手を当ててグラボへ敬礼していた。
ちょっと手の向きは違うが、心臓を捧げそうな仕草である。
上空を青い竜が飛ぶ光景は、王都の人々にとってはさほど珍しいことではないようだ。
大通りを歩く大勢の人種は見上げて多少驚きはするものの、コノギ村の村民のように蜘蛛の子を散らすように逃げることはない。
青空に竜を発見した小さい子どもたちに至っては、こちらに手を振るくらい親しまれているようだ。
ただしその後ろに続く、紅い竜を見て驚くまでがワンセットになるのだが。
それでも初見の竜を見ても大きな騒ぎにならないのは、先導する青い竜のおかげだろう。
兵士や子どもたちの反応から分かるように、正しくグラボはレヴァニア王国にとって守護竜であった。
到着した離宮は搭のようにそびえる王城を越えた先にあり、一見すると庭園のような場所だった。
サッカーグラウンドくらいの面積の芝生で覆われた空間が広がり、外周は手入れの行き届いた樹木や花壇で彩られている。
既にそこには数名の使用人たちが待ち構えていて、二匹の竜が着陸し《人化》すると小走りで近寄り一礼した。
「ようこそおいでくださいました。守護竜のシンクレティーディア様並びに御付きのトウジ様とフィン様。筆頭使用人のクラリスと申します、以後お見知りおきください。紅茶をご用意しておりますのでご案内致します」
焦げ茶色の髪を後頭部でまとめた、メイド服姿の妙齢の女性に案内されたのは、離宮に併設されたガーデンテラスのような場所だった。
設置されている椅子とテーブルは木製で、細かい彫刻と着色が施されている。
脚の下部は内側に湾曲していて、いわゆる猫脚になっていた。
王族御用達に、さぞかし腕の良い職人が作った高級家具なのだろう。
妖精の里のウッドデッキにあった、木製の素朴な造りのものとは大違いだ。
庶民派のゆるキャラとしては後者が好みだ……主に傷付けたり壊したりしたら怖いな的な意味で。
シンクの家の家具も豪華だったが、あれらは石造りなうえに魔術的な力で千年単位の経年変化すら拒絶していた。
普段使いで壊れるような代物ではない。
一方ここの椅子はデザイン重視なのか猫脚がくびれていて細いため、ちょっと乱暴に座ったら折れてしまいそうだ。
おっかなびっくり椅子に座る鼠人族もどきをよそに、クラリスを筆頭としたメイドたちはてきぱきと紅茶の準備を整えている。
彼女たちが身に纏うメイド服は、竜族のクレアが着ていたものと同じエプロンドレス仕様だが、デザインは少し違っていた。
具体的にどう違うかといえば、エプロン生地の面積が違った。
クレアは首元から下の体前面すべてを覆うタイプだったが、クラリスたちは胸元は白いシャツになっていて、下腹部から下がエプロン生地になっている。
エプロン生地が無い分、胸元が強調されてコスプレ感がアップしていた。
王宮で働くということは、選りすぐりの人選と言っても過言ではないだろう。
美貌も仕事も優秀な彼女たちは、人族の男の目をくぎ付けにして、時には篭絡もするに違いない。
悲しいかな、元人間で現ゆるキャラなこの身は、理屈では魅力的だと理解していても感情がちっとも反応しない。
彼女たちを見ても、犬や猫を見て「かわいいね」くらいの感情しか生まれなかった。
……やはり日に日に人間としての感覚を忘れて鈍くなっている。
嗚呼、感覚が鈍くなっているという自覚があるうちに早く人間に戻りたい。
「間もなく国王陛下が参られますのでお待ちください」
クラリスは優雅に一礼するとグラボの背後で控える。
グラボと事前に打ち合わせはしてあり、今回相手は王族だが王国の守護竜を下した本物の守護竜ということで、立場はこちらが上でよいそうだ。
不敬を働いて、市中引き回しの上打ち首獄門……とはならないそうなので助かる。
「何これ!サクサクしてて甘くて美味しい!」
「こっちのプリンみたいなのもおいしい」
フィンが空中を漂いながら、お茶請けのクッキーのような焼菓子を口一杯に頬張る。
すると焼菓子の破片がテーブルの上に大量にぼろぼろと零れた。
多少だが紅茶の中にも落ちている。
「あ、でもトージの羊羹と饅頭のほうが美味しいからね」
ゆるキャラの視線を感じて、フィンが慌てて言い訳をする。
違う、そうじゃない。
一方シンクは小さな硝子の器に入ったムースのような物体を、お行儀よく座って小さなスプーンでちびちびと食べている。
ただし座っているのはゆるキャラの膝の上だ。
隣にシンク用の椅子もあるのだが、絶賛人見知り発動中で《人化》してからは、ゆるキャラの側を片時も離れていない。
膝の上は安心できるようで、尻尾が機嫌良くゆるキャラの顔の前でゆらゆらと揺れている。
とてもこれから国王に謁見するとは思えない状況だが、クラリスたちは表情一つ変えず傍で控えていた。
グラボもリラックスした様子で紅茶を啜っている。
「トルギル国王陛下がいらっしゃいました」
十分ほどしてやってきたのは、二人の護衛騎士を引き連れた金髪で浅黒い肌の偉丈夫だ。
国王らしく豪華で光沢のあるそれっぽい衣装の上から、赤いビロードのマントを羽織っている。
歳は四十前後だろうか、竜の信奉者の神殿で出会ったロンベルのようなナイスミドルだが、彼よりもかなり体格が良い。
身長は二メートル近いのではないだろうか、左右に控える護衛騎士よりも大きい。
トルギル国王はこちらへ真っすぐ、大股でのしのしと歩いてくる。
その勢いにシンクが驚いて、ゆるキャラにしがみつく。
額の角が喉元に刺さって痛い。
フィンは一瞥したが焼菓子を食べる手は止めなかった……肝が据わっている。
トルギル国王はゆるキャラたちの目の前までやってくると、勢いよく跪いた。
「リージスの樹海の守護竜シンクレティーディア様、並びにお付きの二方、お会いできて光栄です。我はレヴァニア王国、現国王トルギルです」
良く通る大きな声で自己紹介をしたトルギル国王は、俯いていた顔を上げると白い歯を見せてニヤリと笑った。




