47話:ゆるキャラと王国
これ以上姉妹の邪魔をするのは野暮だろう。
ゆるキャラたちはクールに去ろうと家の外へ出たところで、追いかけてきたメイに呼び止められる。
「守護竜様!この度は本当にありがとうございました。姉妹に代わってお礼を申し上げます。この御恩にはどう報いればよいのでしょうか」
「むう、別にいらない」
「そういうわけにはいきません。生け贄になるはずのアディナだけでなく、樹海でメディルも助けて頂きました。とはいえ差し出せるのは、私の命くらいしかありませんが」
「むう……」
食い下がられてシンクが眉をハの字にして困り果てた。
守護竜を騙るグラボをとっちめた時点で、シンクのはじめてのおつかいは終了している。
狐人族姉妹は今回の騒動の被害者であり、メディルに姉の救済を懇願されはしたが、その代償を求めるのは筋違いだろう。
かといって王国の守護竜であるグラボから謝罪を受ける、というのも違う気がする。
グラボも〈混沌の女神〉(と思われる存在)に神託を受けていたに過ぎないからだ。
つまり全部あの猫が悪いのだ……!
いずれ神託の意図は確認しなければなるまい。
メイは自身の命を捧げても良いと言っているが、正直貰っても困るし彼女がいなくなれば悲しむのは姉妹だ。
「これまで通り姉妹を守ってくれたらいいんじゃないか?」
「うん、メディルたちをまもって」
「……分かりました。この命に代えても姉妹を守ります!」
だから命に代えたら駄目だって。
さて、次の目的地はレヴァニア王国の王宮である。
今後の王国の守護竜の扱いと竜巫女の生け贄についてならグラボだけでもよいのだが、人族に聞きたいことがあるのでゆるキャラたちも同行する。
樹海に住む面々は、いかんせん樹海の外の事情に詳しくなかった。
折角国のトップとも言える王国の守護竜をとっちめて、コネを手に入れたのだから使わないのは勿体ない。
なんでも王宮の外れに守護竜用の離宮があり、竜の姿のまま着陸できるようになっているそうだ。
当初竜になったグラボの背中に皆で乗せてもらおうかと思ったのだが、シンクのように背中に棘が生えておらずつるりとしていて、掴まる場所がなかった。
聞けば離宮は広めに作られているので、グラボだけでなくシンクも竜の姿のまま着陸できるらしい。
駐車場二台OKということなので、ゆるキャラとおまけのフィンはいつも通り、シンクの背中に乗ってグラボについて行くことにした。
レヴァニア王国の王都はコノギ村から北東の方向にあり、馬車で五日ほどかかる。
その距離はざっと三百キロ弱だ。
王国は樹海の北東部分からノの字に伸びていて、日本の本州のような形状をしている。
ただし全長は四百キロ程度なので、実際の本州の三分の一の長さだ。
丁度北海道の北から南、宗谷岬から襟裳岬までが同じくらいの長さである。
空の旅の先導は竜になったグラボだが……。
「Gyawwwwwwwwwwwwn!(おそい)」
「Gruuuuuuuuuuuuuuuuuw!(ちょ、痛い痛い!シンク様、爪が食い込んでるって!)」
シンクと比較するとグラボは鈍足だったようだ。
暫くは後ろからイライラしながら蛇行して煽っていた深紅の竜だが、遂に我慢できなくなり前方の青い竜の上に移動する。
そして広く平たい背中に後足の爪を突き立てると、一気に加速した。
グラボとしては堪ったものではなく、激痛に雄叫びを上げる。
王宮に到着する前に背中の肉が千切れるのは確実だったため泣きが入った。
などという、グラボが途中で《人化》してシンクの背中に乗せてもらうトラブルがあったものの、王国上空の旅は順調だ。
王国の領空を侵犯しているが、もちろん戦闘機がスクランブル発進してくるようなことも無い。
背中を痛そうにさすっているグラボに尋ねれば、空から襲撃してくるような輩は数年に一度、はぐれワイバーンや鳥型の魔獣が現れるくらいだそうだ。
文明レベル的に飛空艇の類も無く、アトルランと呼ばれているこの世界の空は自由だった。
王国の国土の大半は平原で、長閑な穀倉地帯が続く。
「あっ、何あれ?トージ、見に行こうよ」
「はいはい、もう少し辛抱したらもっと面白いのがあるから」
「ほんとにぃ?」
地平線の向こうに外壁に囲まれた人種の街が見える度に、興奮したフィンが寄り道したがるが却下である。
人種の街はいくつもあるが、目的地である王宮は国に一つだ。
訪れる頻度も後者の方が低いはずなので、今は我慢してもらう。
どちらも見たことのないフィンにとっては、現時点ではどちらも同価値かもしれないが。
次第に眼下に広がる街々も規模が大きくなり、相対的に草木の比率が少なくなる。
「シンク様、あの城壁の手前の離れた所に降りて待機していてください。先触れとして僕が先に行きます」
グラボが指示した先には、こちらの世界に来てから見た中で一番巨大な人工物だった。
高さは十メートル以上はあるだろうか、白い石材の外壁が左右にどこまでも伸びている。
これはさすがにコノギ村の外壁もどきとは比べ物にならないし、ウルスス族の集落のそれよりも強固に見える。
石材は二メートル四方くらいの大きさで、それが隙間無く均一に積み上げられている。
重機も無いこの世界で、どうやって均一に石材を削り積み上げたのだろうか。
まあ十中八九、魔術の力か。
外壁の向こう側には無数の建物がひしめくように立ち並んでいて、中心部にはやはり白い材質で出来た王城がそびえる。
ここが王都エルセルだ。
それまでは高高度を飛行してきたので下界の人々には目撃されなかったが、着陸してしまうとそうもいかない。
外壁からは数百メートル離れた郊外に降りたが、近くの城門の詰所にいた兵士たちが大慌てで出てきた。
大混乱の様相だがグラボが飛んでいくと、それに気づいた兵士たちは跪いた。
グラボは兵士に一言二言話しかけると竜の姿に戻って王都の中へ飛んで行く。
そして五分ほどで青い竜は戻って来た。
「Gyaooooooooooooooooo!(それではついてきてください)」




