46話:ゆるキャラと姉妹
守護竜が二人いて混同していたことを説明するとメイは非常に驚いていた。
ゆるキャラとしてはそんな曖昧な状態なのに、生贄を差し出す仕組みが成立していることに驚く。
とはいえ末端の農村ともなると、国からの命令であれば従うほかないか。
「そういえばシンクとグラボの差って何なんだ?同じ竜族だけど違うみたいなことを言っていたが」
「ああそれはね、僕は亜竜から存在進化して竜族になったけど、シンク様は生まれながらにして竜族なんだ」
グラボの説明によると、竜族というのは亜竜の上位存在なんだそうだ。
亜竜はワイバーンなどのように大半が知能が低く《人化》もできないが、長い年月を生きた賢い個体は希に竜族へと進化した。
グラボは〈混沌の女神〉と思われる存在によって、強制的に進化させられたレアケースとなる。
竜族や亜竜を包括して竜種と呼ぶ。
人種も本来は亜人を含めた呼称で、純血種は人族と呼ばれる。
大枠を「種」と呼び、そこから細分化した種族を「族」と呼ぶようだ。
亜人は人族以外の人種、豹人族や狐人族の俗称である。
そして差別意識の強い一部の人族は亜人を人種と認めず、自分たちだけが人種だという意思表示で人族とは名乗らないのだという。
相変わらず業の深い連中だ。
「人族は種としては脆弱だから、徹底的に異物を排除して群れることにより繁栄してきたんだ」
人族に故郷を滅ぼされ、その後人族同士の戦いに身を費やしてきたからだろうか。
どこか悟った表情でグラボが語る。
「言わんとしていることは分かるけど、亜人は身内に含めてもいいんじゃないか?」
「その昔、周囲の反対を押し切って亜人を人族の軍に加えた国があったんだけど、戦争の際に見事に亜人に裏切られて滅んだよ」
裏切りの原因は色々あったが、大きな原因としては軍に加えた亜人たちを捨て駒に使ったからだそうだ。
「そんな扱いをしてたら裏切られても当然な気がするが」
「結局のところ、人族が潜在的に持つ多種族への恐怖が無くならなかったんだ」
「恐怖?」
「いくら普段が友好的でも、隣人がその気になればこちらの首をへし折れる存在だったなら、君は平穏に暮らせるかい?」
なるほど、確かに隣人が人語を理解し友好的だったとしても、例えば隣人が羆だったなら潜在的恐怖は捨て切れないな。
ちょっとした喧嘩に発展しただけで一方的に殺されてしまいそうだ。
いくら相手が「襲わない」と言ったところで、襲われればひとたまりもないという事実が重くのしかかる。
ゆるキャラの〈コラン君〉として様々な力を得ているからこそ何も感じないが、もし生身の人間の、益子藤治の姿でヴァー君たちと仲良くしろと言われたら難しいかもしれない。
彼らには悪いのだが……。
「なんとなく理解したよ。ところで話は変わるんだけど吸血竜って言うくらいだから、吸血しないと弱体化したりするのか?」
「そうだね。定期的に吸血しないと弱るね。その代わり自分より上位の存在の血を飲んだら、僅かだけど力を取り込む事ができるんだ」
力を取り込めると聞くとチート能力に思えるが、そう都合の良い能力でもないらしい。
相手の力を取り込むには、格上の相手に勝たなければならない。
格上の相手に勝つためには、その力を取り込んでおかなければならない。
うん、普通に矛盾しているな。
昔ハマっていた某狩猟ゲームで、とある敵に有効な武器を作るには、その敵の素材が必要だったというのを思い出した。
まあ有効な武器でなくても頑張れば倒せるので、素材が揃うまでの辛抱なのだが、それまでは周りからはなんでそんな武器担いできたの?という冷ややかな目が……閑話休題。
「そういえばシンクは何竜なんだ?」
「ん、私は竜族」
こちらを見ずに、どこか上の空なシンクが答える。
ちなみにフィンは早い段階で会話を聞いているのに飽きて、ゆるキャラのマフラーにくるまって眠っている。
マフラーはおんぶ紐じゃないんだが……。
「そうじゃなくて、吸血竜とかないのか?」
「ない。竜族は竜族」
「ふむ、人族が単一の種族であるのと同じ理屈か?」
「うん。でも外見や能力には個体差があって―――」
「お姉ちゃん」
不意にメディルが声を上げた。
ようやくアディナが目覚めたようだ。
「ううん……メディル?……あれ、なんで家にいるの」
「よかった無事で……うわああああああ!」
緊張の糸が切れて泣きながら抱き付く妹に対して、姉は状況を把握できず戸惑っている。
ここで知らない人物がそろぞろと出て行っては、アディナを不安にさせるだけだろう。
なので一通りの状況説明はメイにお願いした。
アディナが生け贄として神殿に出発する前に、メディルは誰にも告げずに樹海へ旅立ってしまっている。
妹のために身代わりとなったというのに、当の妹が行方不明になってしまった。
その時のアディナの失意の程は計り知れない。
妹の失踪の理由とその後の経緯を聞いて、アディナは驚きつつも納得した様子だ。
最後に目に涙を浮かべながら妹を叱りつけた。
「メディルの馬鹿!一人で樹海に入って無事で済むわけないじゃない。……でも、ありがとう。おかげで奇跡が起きて、私もあなたも助かったのね」
嗚咽を漏らしている妹の頭を優しく撫でる光景は、妹を慈しむ姉の姿であり、娘を想う母のようでもある。
たった二人だけの姉妹という関係は、母子の関係に似ていた。
そしてその様子をシンクが静かに見つめている。
シンクも狐人族の姉妹と境遇が似ていた。
唯一の家族である姉と離れ離れの日々。
静かにはしているが、その内では羨望や嫉妬といった様々な感情が渦巻いているか。
ゆるキャラがそっとシンクの頭に手を置くと、その手をぎゅっと握り返してきた。
普段の気の抜けた眠たそうな顔が、少しだけ仏頂面に見える。
それは、深紅の瞳から零れる何かをこらえているせいかもしれない。




