44話:ゆるキャラと神託
「僕は元々、レヴァニア王国の北東にあるヨルドラン帝国の、竜渓谷という所に住んでいたんだ」
祭壇の傍で正座をしたグラボが淡々と身の上話を始める。
ゆるキャラが黒ローブたちを、シンクがグラボをとっちめてから小一時間が経過した。
黒ローブたちにもう敵意は無かったので、負傷者を連れて神殿内で待機してもらっている。
リーダーだったロンベルは依然気絶したままなので、代理の代表として副官の人には残ってもらっていた。
アディナはやはり儀式の際に暴れないようにと、強力な睡眠薬を飲まされていて昏々と眠り続けている。
祭壇は石造りでごつごつしていて痛そうなので、ゆるキャラが頬袋から適当な装備品の外套を取り出し、折り畳んで布団代わりにしてあげた。
フィンは祭壇の端に座って護衛報酬のプリンに舌鼓を打っている。
頼むからアディナや外套に零さないでくれよ。
《人化》する度に服は新調されるのか、グラボは真新しいシャツとハーフパンツ姿の上から黒ローブを羽織っている。
シンクもそうだが、《人化》で生み出される服は妙にカジュアルだった。
グラボの服は新しくなったが、体はシンクにとっちめられた傷跡がありありと残っている。
額の角も先端が欠けている……それ大丈夫なの?
「亜竜の吸血竜として生まれて、家族と一緒に竜渓谷で暮らしていたんだけど、五十年前に人族の襲撃を受けたんだ」
出会った頃の挑戦的な態度は鳴りを潜め、グラボは語る。
亜竜たちが静かに暮らす竜渓谷に、人種の軍隊が侵攻したのは五十年前のことだ。
目的は渓谷を挟んだ向こうにある、隣国を侵略するためのルートと拠点確保のため。
竜渓谷は大昔から数種類の亜竜が住む場所で、それまでは人の近寄らない僻地だった。
しかし当時のヨルドラン王国にてクーデターが発生すると状況が変わった。
グルエムという軍のトップが王族を根絶やしにして王国を亡ぼすと、新たにヨルドラン帝国を立ち上げる。
初代皇帝となったグルエムは帝国の名を冠する通り、他国への侵略を是とする帝国主義を掲げた。
その第一歩として竜渓谷の向こう側にある小国が選ばれたのだ。
迫る人種の侵攻に対して亜竜たちは抵抗したが、多勢に無勢。
個の力では圧倒的に勝っている亜竜たちだったが、数に押されて一週間ともたず殲滅されてしまう。
当時幼竜だった数匹の亜竜が親たちによって竜渓谷から逃がされたが、その大半は逃げきれず人種に捕まり殺された。
唯一生き残ったのは、一匹の吸血竜だった。
小国側へ逃げていた吸血竜は、運良くその国の竜騎士部隊に拾われる。
そして竜騎士を乗せる飛竜として育てられることになったのだが、帝国の侵略の魔の手はすぐそこまで来ていた。
竜渓谷への襲撃から二年後、ついに帝国の侵略が始まる。
死んでいった竜渓谷の親や仲間と、自身を拾ってくれた小国の皆のためにと、幼竜の身でありながらも吸血竜は新人竜騎士の相棒にして戦線に加わった。
……だが結果的に一年ともたず、小国は帝国によって滅ぼされてしまう。
吸血竜も大型弩砲で射られ、守っていた城の裏側へと墜落する。
背に乗っていた相棒は巨大な矢で上半身を吹き飛ばされ、自身も腹に大穴を開けていた。
傷口から大量の血が流れ、失意の中死を迎えようとしていた時、声が聞こえる。
「―――力が欲しいかい?」
横わたる吸血竜の前に突如現れたのは、銀の毛並みの猫だった。
「ああ、無理に答えなくていいよ。気持ちは分かってるから」
神々しいオーラを纏った猫が返事を待たずに話を進めると、吸血竜の体が輝く。
吸血竜が眩しさに目を瞑り、次に目を開いた時には見知らぬ場所にいた。
周囲は緑に包まれ、目の前には不思議な造形の祭壇と神殿。
「ここはレヴァニア王国の外れだよ。君の体は癒して、竜族に進化もさせてある。新たに得た力を使って復讐を果たすといいよ。ただし―――」
猫は吸血竜に二つの使命を課した。
ひとつ、レヴァニア王国の守護竜として君臨すること。
ひとつ、年に一度生贄として生娘を一人要求し、この祭壇で生き血を捧げてから飲み干すこと。
「あと三年もしたらヨルドランはレヴァニアに攻めてくるから、それまでに新たな力に慣れておいてね。じゃ、よろしく」
猫は一方的に喋ると、吸血竜の前から消えるようにして居なくなった。
「予言通り三年後に攻めてきた帝国は、授かった力でなんとか退けた。それから四十余年、僕は守護竜として王国を守り続けてきたんだ」
なるほど、グラボもなかなか波乱万丈な人生を送ってきたようだ。
それにしても気になる点が多々ある。
外見と言動からしてグラボに力を与えた猫と、ゆるキャラを転生させた猫は同一の存在ではなかろうか。
あと「力が欲しいか?」ってどこのナノマシン兵器だよ。
「その銀の毛並みの猫って何者なんだろう」
「はっきりと名乗られなかったので推測になるけど、奇跡のような力とあの美しい銀の毛並からして、千の姿を持つという〈混沌の女神〉様だと僕は思っている。それで僕は守護竜の座と生け贄をやめればいいのかい?願わくば、僕の後を継いで王国を守ってくれないか。〈混沌の女神〉からの神託を破れば、僕はただの亜竜に戻ってしまうかもしれないから……」
グラボの言う神託とは猫から指示された二つの使命のことだ。
「僕は二度も故郷と呼べる場所を失った。これ以上故郷を……レヴァニアをヨルドランに奪われたくないんだ、お願いだ!」
正座していたグラボが額を地面に付ける。
この世界にも土下座の文化があるのか。
懇願された当のシンクは、フィンと一緒に祭壇の端に座って〈コラン君饅頭〉を小さい口でちびちびと食べていた。
なかなかに人の話を聞く態度ではないが、頬張っていた饅頭を飲み込むと竜族の幼女は言い放った。
「いやだ」
「そんな……」
「わたしは樹海の守護竜だから、人種の国のことなんか知らない。守りたければ王国の守護竜が勝手にやればいい」
「!?樹海の守護竜シンク様、ありがとうございます!」
「でも生け贄はだめ、かわいそうだから」
開口一番で拒絶されて、一度は絶望の表情を浮かべたグラボだったが、シンクの言葉が進むにつれて喜色へと変わっていった。
「生け贄は一人じゃないと駄目なのか?死なない程度の血液量を複数人から集めれば良いと思うんだが」
「神託で生娘一人を指定されているからね。条件を変えてしまうとどういう結果になるかは分からないよ。僕がただの亜竜に戻ってしまうかもしれない」
ゆるキャラの問いにグラボはかぶりを振る。
確かにこればっかりは聞いてみないと分からないだろう。
猫に会う目的が一つ増えてしまった。




