42話:ゆるキャラと無双
頬袋からぺぺっと出てきたのは円形の盾だ。
直径五十センチほどで、ヴァー君一家に進呈した剣と同様の茨と薔薇の模様が描かれている。
適当に取り出したのだが、あの剣とセットかもしれない。
セットアイテムが揃っていないとどうにも据わりが悪いので、樹海に戻ったらこの盾も進呈してしまおうか。
もしこれらがマジックアイテムで、件のネトゲでありがちなセット効果とかがあったら揃っていないと勿体ないし。
貢ぎ物としてこれらの武具をもらった樹海の竜族たちは、価値や効果には一切興味が無かったため残念ながら何一つ詳細は分からない。
いずれ人種の国に出向いた際には、少しずつでもいいから貰った武具の鑑定を進めたいところだ。
さて、こちらが武装するのを律儀に待っていてくれた(もちろん違う)黒ローブたちが、再びゆるキャラへと襲い掛かる。
剣持ちと斧持ちが前に出て、槍持ちは後方で待機していた。
右からの剣による斬りつけはこちらも剣を使って弾き、左からの斧の一撃は盾で受け止める。
短剣や剣よりも重量のある斧の一撃は重く、ひときわ大きい衝撃音の後、盾の表面を削るように火花を散らせた。
盾の表面に彫刻された茨と薔薇の模様が剥げてしまったかと思ったが、驚いたことに盾には傷一つ付いていなかった。
やはりただの金属盾ではなく、何かしらの魔術がかけられているようだ。
両手の塞がったゆるキャラに対して、後方で控えていた槍持ちが手にした得物を繰り出した。
槍の射程の長さと、突きという前衛の動きの邪魔になりにくい動作と、二つの利点を生かした有効的な攻撃だ。
とはいえ一歩間違えれば前衛の仲間の尻を突き刺しかねないため、一定の連携は必要になる。
この三人組はちゃんと練習していたようで、フレンドリーファイアは発生しなかった。
「ふんっ」
槍で無防備なエゾモモンガの土手っ腹に風穴ができるかと思われたが、黄色と黒のコントラストがそれを阻む。
剣持ちと斧持ちの間から真っすぐ飛び出た槍の穂先は、ゆるキャラが蹴り上げた黄色い鳥足の先に生えている、黒曜石のように輝く爪によって砕かれた。
【あし:こくようせきのようにかがやくあしのつめは、どんなものでもきりさくよ】
自然界において黄色と黒の縞模様は危険を知らせる警告色で、例えばスズメバチの腹などがそうだ。
〈コラン君〉のオジロワシを模した鳥足も、スズメバチと同等かそれ以上に危険な存在なのだ。
蝶のように舞い、蜂のように刺すというやつだ。
いつぞやの灰色狼に放ったサマーソルトキックよろしく、宙返りしたゆるキャラの体は斜め前方に飛び上がった。
ひとつ羽ばたいて槍持ちの頭上まで滑空すると、ぽかんとこちらを見上げている彼と目が合う。
そのまま槍持ちの両肩に着地、もとい蹴りつけると、両方の鎖骨が砕ける感触が鳥足に伝わってきた。
「ぐぎゃあおあああっ」
激痛に悲鳴を上げて苦しむ姿は可哀想だが、命は取らないから勘弁してほしい。
彼の鎖骨から地面に降りた後は、泣きっ面に蜂で悪いが槍持ちを斧持ち目掛けて蹴りつける。
斧持ちがよろめいた槍持ちを抱き止めてもたもたしている間に、剣持ちと切り結ぶ。
剣持ちの実力はイレーヌと比べると大したことはなかった。
一合、二合と打ち合い三合目、鍔迫り合いに持ち込むと見せかけて剣を引く。
そして堪えきれずつんのめった剣持ちの顎先に、アッパーカットを打ち込んだ。
左手に装備した盾を使ってだ。
斧でも傷ひとつ付かない頑丈な盾が、剣持ちの下顎を砕く。
衝撃が顎から頭蓋骨、脳へと伝わり揺さぶると、顎を砕かれた痛みを感じる間もなく剣持ちの意識は刈り取られた。
糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる剣持ちの横を、黒い塊が突進してくる姿がエゾモモンガのつぶらな瞳に映る。
「うおおおおおお」
黒い塊こと斧持ちが、雄叫びと共に両手で握っている斧を振り下ろした。
「ふんぬっ」
両手持ちなうえに速度も加わった、先程よりも更に重い一撃を先程と同様に盾でいなす。
もし物理法則のみが支配する地球であれば盾はかち割られ、ゆるキャラの腕も切り裂かれていただろう。
しかしここはアトルランと呼ばれるファンタジー世界だ。
盾は魔術により強度が増していて、盾を持つ肉体も加護と呼ばれる力で強化されている。
黒ローブたちもそれぞれ何らかの加護の力は持っているはずだが、ゆるキャラの驚異になるほどではない。
逆に斧持ちにとっては、ゆるキャラの加護で増幅された膂力は想定外だったようだ。
「なに、馬鹿な!?」
防御を捨てた渾身の一撃を軽くいなされ、大きな隙を晒した斧持ちが驚愕して呻く。
「ふぬんっ」
後は剣の鍔に付いている護拳で、クロスカウンター気味に顎にフックを食らわせてやれば、斧持ちは剣持ちと同じ結末を迎えた。
『万象の根源たる魔素よ』
斧持ちが倒れてゆるキャラの視界が開けた向こう側、少し離れた場所に立つロンベルから魔術の詠唱が聞こえた。
『繁吹く紅蓮を拵え 迫る寄手を灼き払え』
詠唱が終わるとロンベルは切断された右腕を掲げる。
治癒魔術により切断面にはつるりとした皮膚が張っていて、本来は右手の拳があったであろう位置に、真っ赤な火球が現れた。
人の頭部より二回りほど大きく、発せられる熱波により周囲の景色が揺らめいて見える。
炎はその色で温度がある程度分かり、赤色は炎の中では低めの温度だったはずだ。
とはいえ異世界の魔術にも適用してしまうのは早計だし、低かろうが高かろうが炎をその身に浴びればただでは済まない。
「死ね」
簡潔な言葉に多分な呪詛を込めたロンベルが、浮かべていた火球を放った。




