400話:益子藤治とゆるキャラ転生
子供は無邪気だ。
無邪気だからこそ、えげつない行為をいともたやすく行ってしまうことがある。
そんな子供の誤った行いを叱って正すのが、大の大人の使命であろう。
だが昨今は昭和の雷親父よろしく怒鳴り散らそうものなら、事案扱いで即通報案件だ。
じゃあ他所様の悪ガキにどう対処すればよいのか?
そうだね、極力関わらないようにしてやり過ごすしかないよね……。
天気は曇天で時刻は夕方頃、俺は下校途中の小学生の集団に囲まれていた。
執拗にボディーブローをかましてくる悪ガキ小学生から逃げるように移動した時、何かを踏んだ。
「ギャッ」
「おっ………とと」
俺に優しく踏まれた黒猫が驚いて逃げていく。
バランスを崩した俺は道路に飛び出しそうになったが、ギリギリで堪える。
その目の前を結構いいスピードでトラックが走り去っていった。
「ふう」
「おーーい、叔父さーーーん」
「トージーーーー」
「こらこら君たち、俺は今〈コラン君〉なんだから大声で呼ぶんじゃないの」
学校帰りであろう制服姿の少女二人が、〈コラン君〉の着ぐるみを着た俺に抱きついてくる。
一人は悠里で、もう一人はボブカットの少女。
身長を三十センチまで縮めて、フリル付きのアイドルのステージ衣装を着せて、背中から蝶の翅を生やせば、きっと妖精族のフィンそっくりになるだろう。
「まだアルバイト終わらないの?」
「あと三十分くらいだな」
「なら先に帰ってゲームしてるね。あ、晩御飯はよよしののシュウマイカレーがいいな」
「だから貧乏なフリーター相手にたかるんじゃない、翼」
「えー別にいいじゃない。てか中学生からお金取るの? 大人になったらちゃんとお礼するからさ」
「ちょ、おま」
「じゃあ四人分よろしくねー」
にこにこしながら意味ありげな発言を残して、翼は悠里の手を引いて去って行った。
そういうこと言うから大人勢とは再会したくないんだっての。
無事に〈コラン君〉のバイトを終えて、約束通り晩御飯を調達してからアパートに帰宅。
玄関を開けた瞬間に赤い何かが突っ込んできた。
「おかえり!」
それは赤いワンピース姿の幼女で、俺の腹におでこを擦り付けてくる。
角は生えていないので痛くはない。
「ただいま、深紅」
「わーカレーのいいにおい」
「念のため確認するが、三人とも親御さんの許可はもらってここに来てるだろうな?」
「「「はーい」」」
「あと食ったらすぐに帰れよ」
「「「いただきまーす」」」
三人ともシュウマイカレーに夢中で、後半の返事はいただきますに置き換わっていた。
さて、これは一体どういう状況なのかといえば、話はアトルランでの〈黒茨卿〉討伐直後に遡る。
猫こと〈混沌の女神〉とは魔王召喚を阻止した後に、召喚に使われようとしていた魔法陣とエネルギーを使って悠里を日本に帰す約束をしていた。
しかし召喚阻止は失敗して、魔王どころか〈黒茨卿〉が召喚されてしまう。
なんとか〈黒茨卿〉を倒したものの、悠里を日本に帰す手段がなくなってしまって俺は慌てる。
その心の隙をついた猫からの提案を、俺は断れなかった。
俺は一回だけ行使が許されていた神々の力を利用して、〈混沌の女神〉に連なる小柱の〈多相の神〉に陞神した。
それぞれの異なる次元への一元アクセスに特化した神となったのである。
何を言っているかわからないと思うが、簡単に説明すると並行世界への干渉が可能になった。
つまり、地球とアトルランは並行世界だったのだ。
実はそんな気はしていたんだよね。
〈人化〉した竜族のシンクは赤いワンピースを具現化して着用しているが、襟の裏に品質表示タグが付いているのを知っていた。
そして現在シュウマイカレーを美味しそうに食べている深紅も、全く同じワンピース姿だ。
つまり〈人化〉の衣装は、並行世界の同一存在の服をコピーしたものなのであった。
悠里はアトルランから帰還した存在だが、それ以外の俺を含めた翼、深紅は歴としたこの並行世界の住人だ。
しかし〈多相の神〉である俺がアクセスして記憶を同期しているので、翼も深紅もアトルランでの冒険のすべてを覚えている。
ちなみに厳密に言うと今いる世界は、俺がトラックに轢かれて死んだ世界そのものではなく、限りなくそれに近い並行世界だ。
猫からは「完全なるタイムスリップは大きな矛盾を孕んでいるから、やったら駄目だよ?」と言われた。
まぁ細かい話は置いておこう。
俺が神になったことで悠里は日本に帰還できたし、日本のフィンやシンクたちとも出会えた。
アトルランの俺も〈コラン君〉として同時に存在している。
陞神により〈人化〉も習得したので、ねんがんの人間の体も手に入れた。
とりあえずは万事解決と言っていいだろう。
だがアトルランでやり残したことは多々ある。
ヨルドラン帝国とラディソーマの関係、宇宙へ旅立ったニールたち、コラン村にティアネは置き去りだし、新たに〈多相の神〉としての仕事も割り振られてしまった。
あれ、もしかしてこれからもずっと忙しい?
そう思ったら目から汗が。
カレーを掬うスプーンの手を止めていると、正面と左右から視線を感じる。
「トージ、大丈夫? 私がお嫁さんになって、ずっと付き合ってあげるから安心してよ」
「ん、ずるい。わたしもおよめさんになる」
「……えっと」
「おいやめろ、現代日本でその台詞は危険過ぎる。こっちの親御さんにどやされる。あと悠里も落ち着こうか、な?」
うん、今は余計なことを考えないでおくか。
もう食べられないと思っていたシュウマイカレーの味を、皆と楽しむことにしよう。
明日のことは明日の俺が頑張るさ。
こうしてゆるキャラ転生した益子藤治の探索は、一旦の終わりを告げた。
しかしまだ道半ば。
故に伝統的なこの言葉で締めくくらせてもらおう。
―――俺たちの戦いはこれからだ!
*ごあいさつ*
完結までお付き合い頂きありがとうございました!
不定期ですが後日談を投稿予定ですので
その時はまた宜しくお願いいたします。




