395話:ゆるキャラと攻城戦
「あれが魔王城か」
サハギンを掃討してから早四日。
勇者軍は遂に魔王軍の本拠地である城へと到達する。
道中はなかなか大変だった。
人類未踏の領域故に斥候の偵察が重要で俺も駆り出されたり、黒虎のような大将格と戦ったり、性懲りもなくアピールしてくる義勇兵をぎゃふんと言わせたり。
ただ頑張ったおかげで、俺の存在はほぼ認めてもらえたと思う。
俺は現在、一キロほど離れた地点の高い木に登って魔王城を観察している。
悠里と合流した砦の三倍くらいの大きさがあった。
立派な城壁には大型弩砲がずらりと並んでいて、接近するだけでも苦労しそうだ。
「魔王召喚の魔法陣はどこにあるんだ?」
「城の地下にあるね」
「最後の祝福は?」
「それも城の地下にあるね」
俺のマフラーから顔を出している猫がそう答えた。
「うーん、それって祝福も警備が厳重な場所にあるってことか」
「でも祝福を開放して仲間を呼べれば、一気に魔法陣を制圧できるよ。問題は呑気に攻城戦を仕掛けていたら、魔王が召喚されちゃうってことだね」
猫曰く、魔王召喚のリミットは明日の夕暮れだそうだ。
なんでも〈世界網〉の歪み具合で判別できるのだとか。
それまでにこの城を真正面から落とすのは不可能なので、攻城戦に乗じて潜入するしかない。
幸いにも明日の夜明けと共に攻め込むことは確定しているので、潜入の機会はありそうだ。
「それじゃあリリエル君に神託で連絡しておこう。決戦は明日の早朝だと。ちなみに今回の魔王軍は〈黒茨卿〉と〈黒竜〉が主導しているみたいだから、そのどちらかの眷属が魔王として召喚されるね」
「げ、またあいつかよ……」
〈黒茨卿〉といえば過去に二度、対峙し撃退した相手だ。
ここまでくると因縁めいたものを感じる。
「〈黒竜〉は聞いたことないな。まぁ名前の通り黒い竜なんだろうけど」
「いや? 君は〈塔〉で遭遇しているよ?」
「あー、あのたくさん飛んでた竜か」
かつて外様の神の前線基地である塔に乗り込んだことがあるが、その際に塔の周辺を飛び回っていた黒い竜を退治したことがある。
結局どちらも因縁があるということか。
何にせよやることは変わらない。
明日は隙を見て単身乗り込むだけである。
悠里のためにも、魔王召喚は阻止しなければならないのだ。
そして決戦当日。
勇者軍が魔王城へと進軍を開始した。
総大将であるジェラルドの鼓舞激励もあって士気は高い。
雄たけびを上げながらの正面突破である。
そうなると大型弩砲の餌食なのだが、魔術師部隊の《矢避け》と《矢返し》が活躍した。
《矢避け》は飛んできた太い矢を逸らし、《矢返し》は逸らすだけでなく、まるで撃ち返したかのように城壁の上に戻っていく。
ただし後者は魔力消費が激しいため、牽制で何発かはね返すに留めていた。
魔力消費といえば〈ハスカップ羊羹〉で回復可能なのだが、これについても乱用厳禁だと猫から釘を刺されているので、残念ながら支給はしていない。
もし軍隊規模で配備させてしまえば、魔術による継戦能力が跳ね上がった恐ろしい軍団ができあがる。
でもそんなことをすれば神の関与がバレバレだからね……。
手持ちの札を十全に使えないというのは、もどかしい。
一応勇者パーティー内でこっそり使うくらいならOKをもらっている。
城門に近づくにつれて、矢だけでなく《火球》や《石弾》といった魔術も飛来するようになった。
これまで魔術がなかったのは射程の問題だろう。
《矢避け》で魔術は防げないので別途障壁を張る必要があり、魔術師部隊の負荷が更に増える。
「これはまずいですね。予定より早いですが、私たちも防御に参加しましょう」
勇者パーティーは接敵まで温存する段取りだったが、そう言ってられなくなった。
王女姉妹はそれぞれ得意な炎と水の障壁を張って魔術を防ぐ。
悠里はどうやって防ぐのかと思えば、飛んできた矢も魔術も、オーラを纏わせた剣で斬り払っていた。
「おお、さすが勇者。なんでもありだな」
「いや……トウジの方がなんでもありというか、酷くない?」
「うん酷い」
「酷いとは失敬な」
俺は飛んできた矢と火球を、まとめて弾き飛ばしながら抗議する。
それを見て悠里と王女姉妹は呆れた表情だが、他の義勇兵は唖然とした表情でこちらを凝視していた。
いやいや、まだ矢も魔術も飛んできてるから危ないよ?
実際に防御が疎かになっている義勇兵の元へ矢が飛んできたので、俺が代わりに赤いマフラーで弾き飛ばした。
【マフラー:あかいマフラーはえいゆうのあかし】
〈コラン君〉の説明にはないが、このマフラーはあらゆる攻撃を弾き返す。
惜しむらくはマフラー故に面積が小さいので、全身を覆って防御できないことだ。
それができれば本当に無敵なのだが……仕方ないのでマフラーを手に持ち、ひらりと翻して攻撃を弾いていた。
「もうこうれは完全にド―――」
「おっと、それ以上はいけない。悠里」
確かにシルエットは似ているが、俺は猫型ロボットではない。
エゾモモンガとオジロワシを掛け合わせた〈コラン君〉である。
緊張感が足りない? リラックスしていると言ってくれ。
ちなみにオジロワシの抜群の視力で城壁の上に視線をやれば、敵の魔術師部隊である闇森人たちも俺を見て唖然としていた。
褐色の肌に尖った耳、魔術に長けているとなれば邪人の闇森人で間違いない。
最初に出合った闇森人の二人とは友好的な関係を築けているが、彼らとはそうもいかないだろう。
対峙した時に躊躇わないよう、覚悟しておかなければ。
勇者パーティーが早めに参戦するというトラブルはあったものの、勇者軍は魔王軍の遠距離攻撃を退け、城門前で立ちはだかる歩兵部隊と接敵するのであった。




