388話:ご当地ヒーローと勇者のツープラトン
飛び上がった流星雄牛の角から、青白い光の弾が撃ち出される。
光の尾を引いたそれが俺と悠里の目の前に落ちると、大爆発が巻き起こった。
着弾点を中心に地面が捲れ上がり、衝撃波となって周囲に伝播する。
俺と悠里は轟音と爆風に背中を押されながら全力で逃げた。
なんとか逃げ切って振り返ると、そこには半径30メートルほどのクレーターが出来上がっている。
中心地には着地した流星雄牛がいて、こちらに突っ込んで来ようとしているのか、前足で地面を蹴っていた。
しかも角には再び青白い輝きが集まり始めている。
「おいおい、また撃つ気か!? 被害が出る前になんとかしないと。悠里は引き続き後足を狙ってくれ」
「うん!」
俺は流星雄牛の左側面、悠里は右側面へと回り込む。
「Bmoooooooaaaaaaa!」
流星雄牛が悠里に向かって角を突き出す。
今のところ青白い輝きが角から放出される様子はないが、〈月明剣〉と同じ理屈なら輝きを纏っているだけで攻撃力は増しているはず。
掠るだけで大惨事になるだろう。
そんな角に向かって、悠里は怯むことなく剣を振り下ろした。
悠里の剣はシンプルな幅広の剣だ。
俺も目利きができるわけではないが、特に業物といった感じはしない。
それでも流星雄牛の鱗を斬りつけて刃こぼれひとつしていないのは、悠里の体を纏っているオーラが剣にまで及び、強化されているからであった。
猫曰くこれが【激情神の加護】で、感情に依存したオーラを纏うことができるらしい。
俺が駆け付けた時の悠里の精神状態は最悪で、それが反映され黒いオーラだったが、現在は淡い金色のオーラを纏っている。
黒いオーラと比較してどちらが優れているかは不明だが、流星雄牛の角に負けることはなかった。
角と剣が激しくぶつかり合い、反発しあう。
結局どちらも傷つかず引き分けに終わり、反動で悠里の体も弾き飛ばされる。
悠里はその反動を利用した。
角と剣の接点を支点にして、前方へ宙返りをしながら流星雄牛の背中側へと回り込む。
「はぁぁぁぁぁ!」
縦に二回転してから背中を斬りつけ、浅くない傷をつけながら足元へと潜り込んだ。
左右の脇腹を黒炎で燃やされ、鱗もあちこち傷んできているが流星雄牛の勢いは止まらない。
やはり内側からダメージを与えなければ、致命傷には程遠いようだ。
俺は悠里に意識が向いている流星雄牛の気を引くために正面へ移動する。
風に靡く黒いマフラーが視界に入ると、闘牛宜しく流星雄牛が興奮した様子で角を振り回す。
牛は色ではなく動くものに反応するという説は正しいみたいだ。
俺は両手に黒炎を実体化させながら流星雄牛の角や蹄を躱し続ける。
隙あらば口の中に黒炎を放り込みたかったが、激しく暴れまわるので狙いが定まらない。
これは悠里の方が先に決定打を放ちそうだ。
「はぁぁぁ、巨人狩り!」
じっくり力を貯めていた悠里が、どこかで聞いたことのある技名を叫ぶ。
そして低い姿勢から大きく踏み込み、鋭く剣を突き上げた。
目の前でうろちょろする俺に気を取られていた流星雄牛は反応が遅れる。
悠里の突きは流星雄牛の右後足を正確に捉え、ついに罅の入っていた鱗を貫いた。
貫かれた鱗と剣の隙間から血が大量に流れ出る。
「Boooooooaaaaaaa!」
「悠里!」
痛みに驚いた流星雄牛が後足を蹴り上げ、突きの姿勢で硬直していた悠里に蹄が直撃。
弾き飛ばされてしまう。
俺は助けに行こうとしたが、半身を翻した流星雄牛の後足が目の前に落ちてくる。
右後足からは血が流れ続けていて、思うように立ち上がれないでいた。
「くそっ」
これは千載一遇のチャンスだ。
悠里が心配だが、悠里が作ったチャンスを無駄にするわけにもいかない。
俺は流星雄牛の右後足に肉迫し〈コランカイザー〉第三の、最後の必殺技を繰り出した。
「―――――威迫のドライ」
右腕の肘から先が実体を失い黒炎で燃え盛る。
次いでその黒炎が形作ったのは漆黒の刃。
鱗が砕けて無防備になっている右後足に深々と突き刺す。
黒炎でできた刀身が流星雄牛を内側から、肉と骨を焦がし始める。
そこから先はあっという間の出来事だった。
黒炎が全身に回り、流星雄牛が声にならない悲鳴を上げる。
流星雄牛は俺から逃げるように足を引きずりながら移動するが、クレーターの中心付近で倒れた。
そして角に纏っていた青白い光が霧散すると、黒炎にまみれたまま動かなくなる。
ここで〈コランカイザー〉の活動限界を迎えた。
悪の怪人じみた漆黒の衣装が消失し、益子藤治の姿が露わになる。
〈コランカイザー〉だった時の全能感も失い、全身を虚脱感に襲われているが、まだ倒れるわけにはいかない。
「悠里……!」
悠里は無事だった。
いや、蹄の一撃を受けて右腕が変な方向に曲がっているから無事ではないのだが、命に別状はないようだ。
安堵で膝から力が抜けて崩れ落ちそうになった所へ、悠里が駆け寄り飛び込んできた。
「叔父さん!」
姪っ子の姿が視界一杯に広がったところで、再び俺の体に異変が起こる。
全身が光ったかと思うと、一瞬で変貌を遂げた。
その体で悠里をぼふっと受け止める。
「ぼふっ?」
灰褐色の毛に覆われた腹に埋もれた悠里が、俺を不思議そうに見上げていた。
〈変容と不朽の神〉ルトアニマの祝福で「一度だけ、一刻の間、望んだ姿に変身」していた俺だったが、ここで時間切れ。
〈コラン君〉の姿に戻ってしまっていた。
*誤字報告ありがとうございます*




