360話:少年と強者と弱者
「えーっと……まず質問ですが、何故王を諫める立場も、婚姻相手も僕なんですか?」
「愚問であるな。トウジ殿がいなければ旧ラディソーマ、現モーリュ辺境伯、及び周辺の反乱分子を粛清する予定に変わりはなかった」
「モーリュ辺境伯親子や元王家の兄妹では平和を維持できないと?」
「リカルドはともかく他は話にならん。そもそも独立戦争を起こした相手を認めてしまっては帝国の権威が疑われる。一度許せば他所でも独立を企む愚者が現れよう。ただしこれはあくまで人同士の話。神の使いであるトウジ殿がとりなすのであれば、兵を集めてはいるが戦争を起こす前に旧ラディソーマを譲渡したと宣言すれば権威は保たれる」
「独立国に所属するのは構いませんが、結婚はちょっと……」
「この二つは譲れない。トウジ殿は我の孫が気に入らないと?」
皇帝グルエルがすっと目を細めた。
急にうちの娘の何が気に入らないんだ? ああん? みたいな父親ムーブをされても困る。
厳密には孫だけれども。
第二皇女エルメアとは過去に一度だけ会ったことがあった。
黄金色の髪が特徴的でゴージャスなザ・皇女様といった姿を思い出す。
「譲れないが、繰り返しになるが平和を維持できるなら何でもよい。ただし帝国の民にも理解できる明確なものでなければならない。そういう意味で王を諫める立場も皇女との結婚は明確である。トウジ殿が同等の別の何かを提案できるのなら考えなくもない」
「ううむ……一度持ち帰って検討させてもらっても?」
「構わぬ。後日改めて結果を聞こう。折角だから帰る前にエルメアの顔を見ていくと良い。その間に軽食を用意させよう。寛いでくれたまえ」
話も一段落ということで、軽食をつまみながらの雑談タイムとなった。
皇帝相手でも怯まないシンク、フィン、ユキヨの三名は、出された豪勢な焼き菓子や果実水をわいわい楽しそうに味わっている。
マナーに関しては完全に無礼講状態だが、皇帝はとやかく言うつもりはないようだ。
表情は崩さないが、若干微笑ましいものを見る目をしているような気がしないでもない。
オーディリエは緊張していて手を付けておらず、サシャとレジータの神コンビはぬいぐるみのふりを続けている。
「トウジ殿は従者、という呼び方は失礼か。竜族に妖精、森人、彼女は精霊か? 様々な種族を仲間にしているのだな」
「この場にはいませんが、邪人の仲間もいますよ」
言うか言わないか迷ったが、ミランダには知られていることなので暴露することにした。
闇の眷属もいるが、さすがにこちらはまだ伏せておく。
「邪人を仲間にしているだと!?」
「馬鹿な、まさか本当は外様の神の手先か」
「陛下、御下がりくださいっ」
僕の発言を聞いて皇帝とミランダ以外の同席していた家臣たちがざわつき始めた。
今にも抜刀しそうな雰囲気だったが、皇帝が手を挙げて制止する。
「報告に上がっているとも。魔術具で邪人である闇森人特有の異質な魔素を隠し、首に〈隷属の円環〉を付けて従わせているとな」
「その報告はフレックから直接聞きましたか?」
皇帝が首を横に振ったので違うようだ。
そうだとは思ったが、もしフレックがリルムたちを従わせているなんて報告していたら、とっちめてからの絶交である。
「〈隷属の円環〉は周囲への牽制です。手を出したら貴族相応の相手が出てくると思わせるための。従わせるために使ったことはありません。魔素も騒ぎになるので隠してはいますが、彼女たちも紛れない仲間です」
「ふむ、〈較正神〉もトウジ殿に邪人の仲間がいると把握しているはずだが、どう思うかね? 聖女ミランダよ」
皇帝に話を振られてミランダは苦渋に満ちた顔になる。
「通常ではありえない話です。ですが創造神が生み出した〈較正神〉からの神託だったことは間違いなく、邪人について言及はありませんでしたが、それを容認することと捉えて良いのかどうか……」
「そもそも邪人や闇の眷属って、本当に敵なんですかね?」
丁度良い機会なので、僕の持論を国のトップである皇帝に聞いてもらおう。
これまでアトルランを旅してきて、思うことは色々あった。
「外様の神の先兵である闇の眷属と邪人とは大昔から戦ってきた歴史があります。僕もサハギンや闇蜘蛛と戦ったことがありますが、確かに彼らとは話し合いの余地はありませんでした。しかしトロールという邪人は違いました」
猫こと〈混沌の女神〉に飛ばされた神無き大陸で遭遇した邪人トロールも、人種を狩りの獲物くらいにしか思っていない邪悪な存在だった。
しかしトロール一家の中でも末娘のティアネだけは違ったのだ。
彼女は暴力を嫌い家族からの離別を望んでいた。
そのことを説明しても、ミランダや家臣たちは信じられないといった表情を見せている。
「人種にも善人と悪人がいるように、邪人にも善人と悪人がいるんです。割合は限りなく低いかもしれません。ですがゼロではありません。それとこれは僕も最近知った事実ですが、〈混沌教〉の原典である聖典に〈外様の神〉や〈闇の眷属〉、〈邪人〉という単語は存在せず、代わりに〈立ちふさがる困難〉だとか〈汝の敵〉といった抽象的な言い回しになっていました」
「それは興味深いな。つまり外様の神が敵であると名言していないと」
皇帝は理解が早い。
一方でミランダは呆然としている。
今まで信じていたものの根底が覆されかねない内容だからだろう。
「〈混沌教〉はこの大陸では信者が少ないので、信者の多い〈地神教〉の原典がどうなっているかは興味深いですね」
闇森人についても言及したいが、ルリムたちの故郷を滅ぼした影の狩人の黒幕がこの中にいないとも限らない。
黒幕が皇帝の可能性もあるので、こちらはもっと慎重に進めよう。
「つまり僕の仲間である闇森人は善人で、少なくとも〈混沌教〉の敵ではありません。〈較正神〉が容認しているので、〈地神教〉の敵でもないと推察します。善悪ではなく種族で敵味方を区別するのは差別と言えるでしょう。これは邪人に限らず森人や獣人といった亜人への差別も同様です……オーディリエの故郷は帝国によって滅ぼされたそうです」
突然話題にされて、オーディリエの肩がぴくりと動いた。
「ヨルドラン帝国は亜人差別を容認していない。種族を問わず帝国の民としての権利を持つ」
「それは建前ですよね? 本音はどうです?」
「トウジ殿が認識するような差別はあるだろうな」
随分あっさりと認めるものだ。
だが皇帝の話には続きがあった。
「トウジ殿、其方の考えは強者のものだ。善悪を判断し、悪を断ずることができる。だがこの世界は弱者が大半で、弱者によって成り立っている。もしトウジ殿が弱者で隣人が自分を素手で縊り殺すことができる存在だとしたら、トウジ殿は心穏やかに暮らせるかね?」




