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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
2章 とびだせリージスの樹海

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36話:ゆるキャラとワイバーン

 さてコノギ村へ向かうメンバーだが、はじめてのおつかいに挑むかのように、ふんすと鼻息荒いシンクが一人目。

 二人目は今更コノギ村への移動手段が竜の背中だと気がついて、顔面蒼白になりガタガタと震え出したメディル。

 三人目は同行を頼まれたゆるキャラと、おまけのフィン。


 以上である。

 ヴァー君とイレーヌは本来の仕事である樹海の治安維持活動を続けるそうだ。


「途中で抜けちゃって申し訳ない」

「いや、こちらこそ守護竜様のお供を任せてしまってすまない」


 樹海の面々には世話になりっぱなしのゆるキャラだ。

 お供をするくらい構わないのだが……。


「本当にシンク一人で大丈夫か?マリアさんやアレフといった大人の竜はついてこないのか?」

「まかせて。これも守護竜の仕事のうち」


 やる気アピールなのか、シンクは肩を掴んで腕をぐるぐる回しているが非常に心配だ。

 守護竜としての義務はリージスの樹海内の守護であり、近隣も勢力圏ではあるが人種は勝手に住んで、勝手に庇護の元に入っていた。


 竜族側は人種への関心は特に無いが、竜族の名を騙り悪事を働いているなら別である。

 沽券に関わる問題なので、驕った人種がいたなら思い知らせてやらなければならない。


 立場はこちらが圧倒的に上なので、シンクが暴走しないようにフォローしておけば大丈夫だろう。

 もし幼女の外見でなめられそうになったら、竜の姿で威嚇してもらうか。


「フィンはいいのか?」

「へ?なにが?」

「樹海から出ていいのか?」

「駄目だっていう決まりはないよ」


 ……ほんとかなあ。

 どうにも怪しくてイレーヌに確認の視線を送ると、彼女は苦笑いを浮かべながら教えてくれた。


「部族の掟などを除けば、樹海の住人はどこに住んでも何をしても問題ない。ただ樹海の外、特に人種の領域は亜人にとって決して住みよい場所では無いから、あまり外に出ることはないんだ」

「それじゃあ人種の国は亜人は少ないのか」

「いや、そんなことはない。国にもよるが比率で言うと二割から四割は亜人が占めている。ただし近隣の国は奴隷が多く差別もあるから、さっきの話はあくまで樹海に住む亜人のことなのさ」


 メディルの話の中でもあったが、人種はどうやら多種族にとってあまり良い種族とは言えないのかもしれないな。

 どこの世界でも人間は欲深くて罪深い生き物というわけか。

 ゆるキャラも珍しい魔獣として捕まって売られてしまわないように気を付けよう。


「話は終わった?それなら出発する」




 空の旅は順調だ。

 メディルの案内のもと、間もなく樹海を抜けてコノギ村へ到着する予定だ。

 順調というのは移動速度のことで、残念ながらメディルの心は順調ではない。


 竜形態のシンクの背中に乗って飛んだところまではまだ良かった。

 竜族や妖精族の飛行は物理法則以外の、おそらく魔術的な力の影響を大きく受けている。

 地球上の鳥より羽ばたく回数も少ないのに浮いているし、空気抵抗も障壁のようなものに守られていて感じることはない。


 意外と快適でちょっと高度のあるメリーゴーラウンドみたいなものだ。

 なのでメディルもシンクの背中の棘に必死につかまって耐えることができていた。


「すごーい!はやーい!たのしーい!」


 ゆるキャラの頭に乗っかっているフィンは、乏しい語彙力を炸裂させてはしゃいでいる。

 まあ彼女は万が一落ちても自前の羽があるから大丈夫か。


「ここは地面、ここは地面、ここは地面、ここは地面……」


 一方メディルはコノギ村の方向を指し示して以降、ああやって目を閉じて呪文を唱えているから大丈夫だな、うん。


 ……と言いたいところだったが、途中ではぐれワイバーンに遭遇してしまったのが運の尽きだった。

 このワイバーンは亜竜に分類され、樹海に住む亜人たちでも十人規模の討伐部隊が必要なくらい危険な魔獣である。

 普段は樹海の深層近くに群れで生息しているのだが、稀にはぐれ者の個体がいた。


 飛行能力と吐息ブレスを加味すれば〈森崩し〉にも匹敵しかねない強さだが所詮は亜竜。

 正真正銘の竜であるシンクの敵ではない。


 実際にゆるキャラが深層のシンク宅へ向かう途中、ワイバーンの群れに襲われていたのだが余裕で撃退している。

 その時に初めて竜族の圧倒的強さを垣間見て、逆らってはいけない存在だと実感した。

 しかしワイバーンは知能が低くて縄張り意識が強いという残念な性質のため、逆らってはいけない竜にあっさり喧嘩を売ってしまうのであった。


 シンクの左側面を偶然飛行していたワイバーンは、紅い竜を見つけると追跡を始めた。

 慣れない乗客に配慮して多少速度を落としていたとはいえ、竜族の速度に追い付くのだからワイバーンもなかなか侮れない。


 そして威嚇の咆哮すらせずに、いきなり吐息をぶっ放す。


 鋭い牙が並ぶ顎を大きく開けて口腔内に巨大な火球が生まれると、こちら目掛けて飛んできた。

 その火球を生み出した内燃機関だとか、推進力はなんだとか、風圧で火は消えないのかとか気になるが、多分気にしたら負けなのだろう。


 空想科学ではなく魔術で撃ち出された火球をシンクは急降下して回避した。

 魔術的な力で空気抵抗は防げても慣性の法則は防げないらしい。

 メリーゴーラウンドが一瞬でジェットコースターと化し、全身を浮遊感が襲う。


「キャー!」


 フィンが悲鳴を上げるが、完全に絶叫系を楽しんでいる声音である。

 ゆるキャラとフィンはワイバーンの接近も放たれた火球も見ていたので、突然に急降下にも対応できた。


 だが目を瞑って念仏を唱えていたメディルは完全に虚を突かれた。

 発生した上向きの力に引っ張られて、掴んでいたシンクの背中の棘を手放してしまう。


「えっ?」

「おおっと」


 咄嗟にゆるキャラが手を伸ばしてメディルの腕を掴む。

 なので浮いていた時間は僅かなものだったのだが、驚いて思わず目を開けてしまったメディルの視界には迫り来る火の玉が。

 火球は宙に浮いたメディルの頭上すれすれを通過していった。


「……きゅう」


 火球の熱気を顔で感じて、恐怖の限界を振り切ったメディルは、可愛い鳴き声を上げて気絶してしまった。

 ……さもありなん。

 可哀そうだから、コノギ村に到着するまで眠っていてもらおう。


 ワイバーンはその後すぐにシンクによって退治される。


「Gywuooooooooooooon!(うざい)」


 ワイバーンの火球に対して、シンクのぞんざいな咆哮と共に放たれた吐息は熱線ビームだ。

 火球よりも高速の熱線がワイバーンの胴体を捉えると、ジュッという肉を焦がす音が聞こえた。

 憐れにも、翼と前足以外を溶かされたワイバーンは一瞬で絶命していた。


 もう少し賢ければ生き永らえたものを。

 本当にざんねんないきものだ。

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