341話:少年と癒てつく波動
「大変お待たせしました……これは何事ですか?」
まさか高司祭様が直々に来るとは予想外だ。
あまりにもティッシが気持ちよさそうにするものだから、つい本気を出して撫でまわしてしまった。
その結果ティッシは長椅子に横たわりぐったりしている。
頬を上気させ、どこかうっとりとした表情で僕の太腿に頭を乗せていた。
なんだかマタタビで酔った猫みたいになってるけど、大丈夫かなこれ。
別にいかがわしいことはしていませんよ。
耳と尻尾以外は年端もいかない少女の体なのでお触り厳禁だし……耳と尻尾も駄目か?
こういう時は動じず、さも当たり前ですよ、といった風に振る舞うに限る。
「どうもお久しぶりですリーシャさん。トウジです」
「その神気を帯びた極彩色の魔素は……貴方が本当に〈神獣〉様なのですね。驚きました」
リーシャが僕の姿を見て驚いている。
彼女は〈地神教〉の高司祭、いわゆる最高責任者で、身に纏う法衣もなんとなく豪華だ。
〈地神教〉は〈嘆きの塔〉に入っている宗教団体の中では最大派閥ということもあり、塔全体の最高責任者も担っている。
浅黄色のロングヘアが良く似合う、凛とした雰囲気を漂わせた妙齢の美人だ。
「極彩色?」
「はい。私には〈魔識眼〉という加護の力がありますので、魔力を視認することができます。なので姿が変わっても纏う魔力が同じであれば、同一人物だと判断できます」
「そんな能力もあるんですね」
見える系の加護といえば、レヴァニア王国にある城塞都市ガスターの領主の娘レンを思い出す。
彼女は〈審美眼〉という武具限定の鑑定能力を持っていた。
というか僕の魔力はそんなサイケデリックな色なのか。
実際に見えたら目がちかちかしそうだ。
「それはそうと、何故ティッシが魔力酔いを起こしているのですか」
「魔力酔い? ちょっと耳や尻尾を撫でただけですが」
「本当にちょっとですか? 猫人族にとって耳や尻尾は音や空気の流れだけでなく、魔力も感知することができる繊細な器官です。完全に〈神獣〉様の強大な魔力に当てられているじゃないですか」
「うっ、すみません……」
魔力酔いというのは、その名の通り魔力の影響で酩酊している状態だそうだ。
体への影響については、これまた酒と同じで急激な摂取や過剰摂取をしなければ問題はないという。
「どうやらティッシは特に魔力への抵抗が弱いみたいですね。よいですか、猫人族にとって耳、特に尻尾は認めた相手にしか触らせないのです。ふしだらなことをしてはいけませんよ。異性との過度なスキンシップはもっと大人になってから、お互いの同意のうえで……」
おおっと、まるで性知識のない子どもを諭すように説教が始まってしまった。
こう見えても中身はおっさんなので許して……いや、余計に駄目か。
説教を受けている間も僕にしなだれかかり見つめてくるティッシ。
目が完全に据わっていた。
酔っ払い特有のあれだ。
「ちょ、これ以上酔ったら困るから」
(トウジの魔力は美味しいから仕方ないの~)
「ん、トウジはどんな姿でも癒し系」
「トージは饅頭や羊羹とおんなじだからね」
「もしかしてトウジ様に抱きつきたくなるのは、魔力のせいなのかな」
そう言いながらわらわらと僕の元に集まり、確かめるように抱きついてくる女性陣。
僕の魔力は精霊が好物にするくらいなので、多少なりともヒーリング効果でもあるのだろうか。
というか僕は魔力回復アイテムである〈コラン君饅頭〉や〈ハスカップ羊羹〉と同じ扱いですかフィンさんや。
味を思い出しているのか涎まで垂らしている……それって禁断症状じゃないよね?
もし饅頭と同じなら僕の魔力を他人に譲渡して、魔力を回復させることができたりするのだろうか?
いいや、できないからティッシが魔力酔いしているのか。
多少効率が悪くても魔力譲渡ができるなら、僕の有余る魔力も有効活用できるのだが。
魔力というエネルギーの源を、日々使わずに垂れ流しているのはもったいない気がしてならない。
一応魔石に魔力を貯めることができるが、量が知れているので大量の魔石が必要になってしまう。
無駄なく魔力を貯めるなら別のエネルギーに変換したほうが良いか?
火魔術で水を沸かし、水蒸気でタービンを回して発電するとか。
原子力発電ならぬ魔力発電だ。
あれ、もしかしてとてもクリーンなエネルギーなのでは。
「〈神獣〉様」
「はっ」
雑念の世界から戻ってくると、正面には僕を睨み付けているリーシャの姿が。
一部の癖の人が喜びそうな、とても冷ややかで軽蔑するような眼差しである。
ふむ、端から見ると女性陣を侍らせてぼーっとしているようにしか見えないか。
ふしだらどころか、皆のためになることを考えていたのに。
「ええと今日訪れたのはですね、〈智慧の神〉との《交信》が目的でして。〈智慧教〉の司祭を紹介して頂けないかなと」
「《交信》ですか。紹介は構いませんが、《交信》の内容は紹介するネローマ司祭に知られてしまうことと、必ずしも〈智慧の神〉からお返事が頂けるとは限らないことをご理解ください」
『その辺は私が協力するから問題ないわ』
それまで黙っていた〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉の中にいるレジータが声を上げた。
部屋の隅に置いてあったリュックから顔だけひょっこり出して、きりりとドヤ顔を決めている。
神の言葉は僕とユキヨ以外には理解できない。
突然謎の言語が変な方向から聞こえてきて、驚きながらそちらを見たリーシャが、更なる驚きで目を見開いた。
「ま、まさかその輝くような神気は!?」
『《交信》には私たちの神気を混ぜて送って、〈智慧の神〉の眷属を下界に呼ぶつもりよ。詳細もその時に話すわ』
「なるほど。それなら込み入った話もネローマ司祭に知られることもないか」
リーシャは〈魔識眼〉で神気とやらが見えているのか、レジータの元へ駆け寄ると跪いた。
「小柱の神たる御身に直接お目通りが叶い、望外の喜びでございます。どうか瑣末な祈りを捧げることをお許しください」
『うむ。よきにはからえ』
レジータの声を聞いて祈りを捧げ始めたリーシャに、何故かサシャが偉そうに返事をした。
小柱の神なのだから実際に偉いのだが、日ごろの言動もあって素直に敬えないんだよなあ。
そしてリュックから顔を出している〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉に、高司祭様が祈りを捧げるという絵面もなかなかに酷い。
「毎日のように接しているから慣れてしまったけど、神とは本来このように尊ばれるものなのだね」
「慣れってか、妙に人間臭くてありがたみがないんだよな」
マリウスは神妙な面持ちでそう言うが、シナンは神々の俗っぽさに呆れ気味だ。
神にも二種類……全知全能タイプと人間味あふれるタイプに分かれる。
アトルランの神々は当然後者だ。
「それではネローマ司祭に《交信》する旨を伝えてきますので、今しばらくここでお待ちください。ところで」
ひとしきり祈りを捧げて満足したリーシャが僕にそっと耳打ちしてくる。
「後で私も抱きついてもいいですか? 〈神獣〉様の癒しの魔力を体感してみたいです」
……えっ、リーシャも気になってたの?
どうやら鋭い眼光は軽蔑ではなく、獲物を狙うそれだったようだ。




