340話:少年とワンチャンネコチャン
〈ホロカちゃんぬいぐるみ(小)〉の中で行なわれた、神対神の熾烈な闘争は三分ほどで終結。
体の制御はサシャ、意識自体はサシャとレジータで共有するということで落ち着いた。
「なんかごめん。やっぱりサシャには出て行ってもらう?」
「ちょ、折角馴染んだのに嫌よ! 私も直接外の世界を見てみたいのに!」
「ううん大丈夫。神力が足りなかったのは事実だから、助かったわ」
ホロカちゃんから二人の声が同時に聞こえてきた。
「そうか、それならよかった。ああでも喋る時は片方ずつにしてね」
「「わかった」」
同じ台詞は……まあいいか。
サシャを仲間に加えて、僕らは転移装置を使い〈嘆きの塔〉へと移動した。
そこは横幅が五メートル、奥行きは十五メートルくらいある地下空間で、相変わらずじめっとしている。
僕たちはその空間の最奥にある祭壇の上に出現した。
振り向けば、転移装置である巨大な白い卵のような物体が鎮座している。
「こんなものか。迷宮の入口のヤツと変わらないな」
「そりゃあ理屈としては同じものだからね。距離の差はあるけれど……おわっ」
僕らの目の前にこちらを警戒して睨みつけている少女がいた。
黒いローブを羽織っていて、橙色のショートヘアのてっぺんに白い猫耳がぴんと立っている。
ローブの裾から飛び出している尻尾の毛は逆立ちふくらんでいた。
「ティッシ、大丈夫。みんななかま」
「あ、シンク様!」
本物の猫のように四つん這いになってこちらを威嚇していた少女であったが、追っかけ転移してきたシンクとフィンの姿を見て警戒を解く。
放り出した箒を拾う頃には、ぴんと立っていた猫耳もぺたりと垂れた。
そうそう、普段は垂れ耳なんだよね。
彼女の名前はティッシ。
御覧の通り猫人族の女の子だ。
かつて邪教 〈茨棘教団〉の生け贄にされそうになっていたところを助けたことがあった。
僕とも面識があるのだが、それはあくまで〈コラン君〉の姿。
シナンとも初対面だし警戒されるのも当然だったか。
「ふっふーん。わからなかったと思うけど、このちっこいのがトウジなのよ」
「え、〈神獣〉様ですか? スンスン……そう言われると同じ匂いかも」
フィンのネタばらしを聞いて、ティッシが僕に顔を近づけて鼻をすんすんさせた。
見た目は人間の鼻と同じだなのが、嗅覚としての性能は猫のそれに匹敵するのだろうか。
小振りで整った鼻先を観察していると、ティッシは吐息がかかりそうなくらいの至近距離に、お互いの顔があることに気が付いたようだ。
「す、すみません」
顔を赤らめ恥じらいながら後ろに下がった。
さすがに僕の方は年端もいかない女の子相手に恥じらいはしない。
これがルリムやオーディリエといった妙齢の女性だとなかなか難しいのだが。
それは中身がおっさんだからなのか、それともませた子どもだからなのか。
「ようこそいらっしゃいましたです! トウジ様!」
扉をばーんと開けて、犬人族のモエが入ってきた。
ティッシと同じ黒いローブ姿で、藍色のボブヘアーの上には白い犬耳。
足元のもこもこの尻尾は嬉しそうに左右に揺れていた。
「えっ、モエは〈神獣〉様の今の姿を知ってたの? それなら教えておいてよ!」
「ごめんです。忘れてたです」
「もう!お掃除してたら、 いきなり知らない人たちが出てきて怖かったのよ」
ティッシが涙目になりながらモエの襟首をつかんで前後に揺すった。
結構な勢いで首が揺れているが、モエはのほほんとした表情のまま無抵抗だ。
モエが今の僕の姿を知っているのは、相変わらず〈神託〉と称して僕の様子が〈混沌教〉信者に配信されているからだろう。
自分は面会拒否しておいて、こちらの映像は無許可で配信とか本当にずるい。
(わ~い新しいもふもふ~)
「わっ」
ユキヨの脳内に直接語りかけてくる系の声を受け取って、ティッシが垂れ耳を再びピンと立てた。
周囲を見回して必死に声の発生元を探っている。
聴覚が鋭い種族的には、物理現象を介さない音に不安を覚えるらしい。
モエも初めてユキヨの念話を聞いた時は、同じ反応をしていたのを思い出す。
「とりあえず初対面同士の紹介からしようか。こっちがシナンとルリム、それでこっちがモエとティッシ。最後にティッシの頭の上で耳に頬擦りしてるのがユキヨで、念話の声の主だ」
「ねえトウジ、モエもティッシもやっぱりうちのこにしよう? 私がちゃんと面倒みるから」
シンクが潤んだ瞳で僕を見つめてそんなことを言ってくる。
そんな犬猫を飼うみたいに言うんじゃありません。
犬猫ベースではあるけれども。
「ふむふむ、結構手触りが違うわね。モエはふわふわ、ティッシはつやつや」
フィンは並んで立つモエとティッシの間に浮かび、両手を伸ばしてそれぞれの耳をつまんで感触を確かめていた。
……ほほう、それはちょっと気になる。
「トウジ様も撫でるですか?」
「えっいいの?」
「はいです」
そんなに僕な撫でたそうな顔をしていたのだろうか。
とはいえ断わる理由もないので、お言葉に甘えてモエの頭と尻尾を撫でる。
フィンの言う通り手触りはふわふわで、指がどこまでも沈み込んでいく。
水に濡らすとさぞかしやせたかなしい姿になるに違いない。
この体に戻ったことにより、いかに人間の触覚が優れているかを再確認した。
一応〈コラン君〉の手も五本指だが、手のひらは分厚い皮膚に覆われていたので、感触はだいぶ鈍っていた。
てのひら以外は毛に覆われているので言わずもがな。
大きい尻尾に抱きつくと頬が優しい感触で支配された。
これを抱き枕にして寝たならば、さぞかし心地よい眠りになることだろう。
「いつまでやってるんだよ」
「はっ、ごめんごめん。モエ、〈地神教〉のリーシャ高司祭に僕らが来たことを伝えてくれないか」
「ほあっ、はいです。お待ちくださいです」
何故か撫でられているモエも僕と同じように呆けていたが、頭を振って意識を切り替えると部屋を飛び出していった。
転移装置の存在は限られた人物にしか知らされていない。
なので〈嘆きの塔〉の最高責任者であるリーシャ高司祭の指示を待つ間、僕らはここで待機となる。
「……ん? どうしたんだい」
「………」
部屋に設置された長椅子に座っていると、無言でティッシが僕の隣にやってくる。
そして特に何を言うでもなく、もじもじしながら背中を向けてきた。
ローブからはみ出した白い尻尾がゆらゆらと揺れている。
ははーん、これは撫でろってことだな。
なんとも猫っぽいアピールの仕方だ。
そっと手を伸ばして垂れ耳の感触を確かめると、フィンの言う通りモエとはまた違った味わいがあった。
モエの毛は非常に柔らかくて綿のような感触だが、ティッシの毛は一本一本がしっかりして艶がある。
どちらも手触りが良くて甲乙つけ難い。
「尻尾も」
「あ、はい」
猫的に尻尾は嫌かなと思ったら、意外とそうでもないらしい。
ならばモエが戻ってくるまでの間、じっくりティッシを堪能させてもらおう。
【ネーミングよもやま話】
モエ ⇒ サモエド
ティッシ ⇒ スコティッシュフォールド
レトリ(70話登場) ⇒ ゴールデンレトリバー
とても…安直です
毛並みもそれそれの種類に準じます




