33話:ゆるキャラと生け贄
女の子の怯えた視線の先には、正体不明の生物の姿がある。
起きしなにこんなのが居れば、そりゃ怯えもするだろう。
というわけで意思疎通は隣のお姉さんに任せる。
オジロワシの羽根が付いた肘でつつくと、意図を察したイレーヌが女の子に話しかける。
「ここはウルスス族の集落だ。危険は無いから安心していい。私はイレーヌ。隣の……変わった鼠人族がトウジだ。君の名前はなんていうんだ?」
「……メディル、です」
「メディル、君を見つけた時は一人だったが、親は一緒じゃなかったのか?」
「……」
「どこに行こうとしていたんだ?」
「………」
その後もイレーヌがいくつか質問するが、メディルは名前を答えた後は俯いて黙り込んでしまった。
ふうむ、どうやらメディルは引っ込み思案のようだ。
あれは言いたくないのではなくて、恥ずかしくて言えない反応だ。
下を向いてもじもじしている様が、うちの姪っ子とそっくりだから間違いない。
ちょっと面倒だがゆっくり時間をかけてコミュニケーションを取れば、ちゃんと心を開いてくれるタイプなので問題無い。
「お腹すいてないか?」
ゆるキャラが優しく話しかけると同時にメディルのお腹が可愛く鳴って、俯く顔が朱で染まった。
この部屋にまでヴァー君ママがキッチンで作っている夕飯の匂いが漂ってきているので、空腹を覚えるのも仕方がない。
「もうすぐ夕飯ができるから―――」
「晩飯ができたぞ!……あ、起きたのか」
ゆるキャラの言葉を遮るようにして部屋に突撃してきたのは、四足歩行の巨大な熊。
大声に加えて取って食われそうな迫力にメディルは「ぴゃっ」と悲鳴をあげると、ベッドを転がるように逃げて反対側に落ちる。
覗き込めば恐怖に頭を抱えて震えあがっていた。
折角少しずつ打ち解けようとしていたのに、何しやがるんですかねこのクマ吉は。
ヴァー君をさっさと部屋から追い出し、メディルが落ち着くの待つ。
誰かさんのせいでウルスス族が怖いようなので、夕食は部屋に持ってきて三人で食べることにする。
ヴァー君ママの胃に優しい野菜スープは非常に美味しかった。
余程空腹だったのかウルスス族用の大きい木匙で、慎重かつ迅速にスープを掬っては口に運ぶメディル。
食べ終わるとまた電池が切れたかのように眠り込んでしまった。
詳しい事情を聞くのは明日に持ち越しだな。
部屋にはイレーヌに残ってもらい、ヴァー君パパとヴァー君ママに挨拶しに行く。
ヴァー君を含めた三人はダイニングルームでまだ夕食を食べていた。
先にメディル用の野菜スープを用意してくれたからだろう。
食卓テーブルを熊が囲む光景は、ウサギやクマなどの動物をモチーフにしたドールハウスを彷彿とさせる。
小さい女の子がいるご家庭には必ずと言っていいほどあるアレだ。
「スープはお口にあったかしら?」
なんとかバニア……じゃなくてヴァー君ママが鋭い牙を見せてにっこりと微笑む。
「はい、美味しかったです。急に押しかけたうえに食事まで用意してもらってすみません」
「いいのよ。ヴァーくんが毎日のようにトウジさんの武勇伝を語るから、いつかお礼がしたいと思っていたのよ」
「ちょ、急に何言ってるんだよかーちゃん!」
突然の母親の暴露にヴァー君が、つぶらな瞳を見開いて慌てふためく。
普段何を喋ってるんですかね、このクマ吉は。
相変わらず行動や言動の端々に年相応の若さを感じさせる奴である。
しばし歓談した後、ゆるキャラも好意に甘えて客間に泊めさせてもらった。
そしてトラブルは翌朝に発生した。
「オハヨウ!」
「オハヨウ、ヨクネムレタ?」
突如カタコトで喋り出す熊たち。
別に彼らがふざけていたり、変なものを食べておかしくなったわけではない。
ゆるキャラにかかっている《意思伝達》の魔術の効果が切れたのだ。
《意思伝達》の効果時間は約一日なので、毎朝フレイヤ先生に《意思伝達》をかけてもらっていた。
昨日も妖精の里に帰る予定だったが、メディルの一件がありウルスス族の集落に泊まってしまった。
無論この場で《意思伝達》をかけてくれる人物はいない。
しかし驚いたのは、簡単な単語くらいなら《意思伝達》無しでもわかるようになっていたことである。
フレイヤ先生曰く《意思伝達》は元の言語で受け取った情報を、脳内で理解できる言語に変換する魔術だそうだ。
なので聞こえてはいないが、元の言語も一度ゆるキャラの脳内で受け取っているので、自動学習効果があるという。
例えるならappleという英語を脳内で受け取って、リンゴという日本語に変換しているので、「apple=リンゴ」という学習が自動的に行われていたのだ。
自動学習とか何それ怖い……けど便利。
多分このまま《意思伝達》を使い続ければ、長文も理解できるようになるだろう。
ただし自分の発声や読み書きは《意思伝達》の効果が及ばないので、真面目に勉強しなければならない。
最低限の意思疎通は出来るし、メディルへの聴取はイレーヌに任せるとしよう。
などと余裕をかまして、ヴァー君ママの用意してくれた蜂蜜入りの果実水を飲んでいると、何やら外が騒がしい。
何事かと家の外に出てみれば、上空に見慣れた深紅の竜が飛んでいた。
ウルススの集落の上空を旋回していた竜だが、ゆるキャラの姿を見つけると降下を始める。
「Gyaoooooooooooooow!」
うん、《意思伝達》が無いからただの咆哮にしか聞こえない。
竜語は難しいのか聞き取り不足か、自動学習の効果は得られなかった。
竜は真っすぐこちらに向かって急降下すると、地面に墜落する直前に光となって消えた。
そして地面に降り立った光の中心から、赤い髪の幼女と緑の髪の小さな妖精が現れる。
「トージ!」
「オレサマ、《イシデンタツ》、キレタ」
カタコトで状況を伝えると緑の髪の妖精、フィンが鷹揚に頷いた後、何かを唱えた。
するとゆるキャラが淡い光に包まれ、聞きなれた声が耳に届くようになる。
「どう?言葉通じる?」
「おっ、フィン《意思伝達》覚えたのか。助かる」
「へっへー、すごいでしょ。トウジが困ってるだろうから昨日のうちに覚えたの。あ、ついでに今日の分の羊羹を出して欲しいなー」
後者が本命のような気がしないでもないが、まあ助かったのは事実だし追及はしないでおくか。
一日一本までと取り決めしている〈ハスカップ羊羹(一本)〉を渡すと、フィンはその場ですごい勢いで食べ始める。
ペース配分などお構いなしだ。
「トウジはここで何をしてるの?」
「ああ、昨日狐人族の女の子を助けてだな……」
メディルもこの騒動で目を覚ましたのか、ヴァー君宅の扉から顔だけを出してこちらの様子を伺っていた。
ここでふと昨日助けた際に聞こえた、メディルのうわごとのことを思い出した。
「なんだか守護竜に用事があるみたいだったな」
「私に?」
ゆるキャラがメディルに視線を送るのと、彼女がこちらに駆けてくるのはほぼ同時だった。
その表情からは普段のおどおどした様子が消えている。
「あ、あの、守護竜様でしょうか」
「うん、そうだけど」
メディルはシンクの前までやってきて守護竜かどうかを確認すると、突然その場で跪き、土下座した。
「守護竜様!私が身代わりになるのでお願いします。どうかお姉ちゃんを生け贄にしないでください!」




