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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
10章 世界に平穏のあらんことを

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327話:少年と動揺おじと保身おじ

 夢にありがちな起きたら全て忘れている、ということもなく前後編どちらもしっかり記憶していた。


(えっと~、覚えてないかもだけど)


「ばっちり覚えてるぞ」


(えっ)


 想定外の返事だったのか、ユキヨがびくりと肩を震わせた。


(えっと、リリンには)


「分かってるよ。内緒にしとくよ」


 あれは神も承認する過去の出来事であった。

 いやあ、過去のトラウマと重なる状況を作ってしまってごめんね~。

 なんて言えないので、あくまで僕は不用意にセリとリンの前にリリンを連れてきてしまったことを謝るだけだ。


 しかし残念ながら謝る機会が訪れる前に、旧ラディソーマの王宮へ到着してしまう。

 それは千夜一夜物語(アラビアンナイト)に出てきそうな、丸みを帯びた意匠が目立つ城だった。


 途中の街並みでも似たような造形の建物を見かけたが、帝国の建物とは雰囲気がかなり違う。

 ここはかつて異国だったということを実感する。


 話は通っているようで、僕らはスムーズに城内へと招き入れられ、現在は控室で待機していた。


「初代国王が現れたって本当か? トウジの旦那。それってつまり本物の竜ってことだろ」


 城に入る直前で帝国の間者であるフレックが合流していた。


「うん」


「しかも独立戦争の先陣を切ってるって?」


「うん」


「まじかよ……」


 僕が掻い摘んで説明すると、フレックは頭を抱えて悶えだした。

 どうやら帝国もまだアレフ登場の情報を掴んでいなかったようだ。


「計画を全部練り直さないと……落としどころも決め直して……え、竜と神相手じゃ決められなくないか」


「竜と神と帝国の三つ巴だねえ」


「いやいや、そこに帝国を並べないでくれ。立場も戦力も格下過ぎるから。なんとか初代国王には帰ってもらえないかな。シンクちゃんの叔父なんだろ?」


「ん、無理。おじさんすごいやる気だったから」


「そこをなんとか! お願い!」


 フレックがシンクに縋りついた。

 身長差があるのでシンクに向かって五体投地しているみたいになっている。


「ヘルカリード様、アレンフリューズ様とシヴァン様がお呼びです……いったいこれは?」


 僕らを呼びに来た城の侍女が、幼女に縋りつくおじさんを見て引いている。


「フレックも来るか?」


「え、俺帝国の間者なんだけど。吐息(ブレス)で焼き殺されない? 事情を知ってたら城に近付かなかったのに」


「間者ってのは秘密にしてるんだろ? 表向きはまだモーリュ辺境伯と敵対していないんだし、僕らと同じデクシィ侯爵家の家臣で通せば大丈夫さ、多分」


「……わかった。覚悟を決めて自分の目と耳で状況を確認しようじゃないか」


 フレックのひそひそ話を終わらせると、僕らは侍女に案内されて玉座の間へと移動する。

 謁見する面子は僕とヘルカにシンク、フレックとフレン。

 それと興味本位でついてくるフィンとユキヨだ。


「場合によってはすぐに戻って姫様の派兵を止めないと……」


 余程動揺しているのか、フレックが先程から機密っぽいことを口走っている。

 まあ人間同士のいざこざに竜と神が乱入してきたのだから、動揺するのも仕方がないか。


 辿り着いた部屋では玉座にアレフが座っていて、その左右に立つ二人の男と話し込んでいた。


「何故ですか我が王よ! 共に戦い、ラディソーマを帝国から取り戻すと仰っていたではありませんか」


 両手を大きく広げて、オーバーリアクションでアレフに抗議しているのは左側に立つ青年だ。

 装飾の多い鮮やかな民族衣装のようなものを身に纏っていて、動きに合わせて癖のある濃紺の髪がなびいていた

 その顔立ちはアレフとそっくりなので、彼がヘルカの兄のシヴァンだろう。


「アレンフリューズ様。既に神々と交戦なさったと伺いましたが、今更向うも引き下がらないのではないでしょうか」


 右側に立つ壮年の男が、シヴァンとは対称的に落ち着いた声音でアレフに話しかける。

 白髪交じりの茶髪をオールバックにしていて、こけた頬にぎょろりとした目が特徴的だ。


 こちらは一般的な帝国貴族のシャツとズボン姿で、足が悪いのか杖を突いている。

 見た目の年齢からして、こちらがモーリュ辺境伯リカルドの息子トレーズか。


「トウジ…来たか…」


 左右から流れてくる声を煩わしそうに聞いていたアレフが、僕たちが来ると玉座から降りてこちらまでやってきた。

 アレフは順繰り僕たちを見てから、最後にフレックで視線を止めた。


「この男は何者だ」


「彼はフレック。僕らの後援者であるデクシィ侯爵家の家臣です」


「デクシィ侯爵家……」


 玉座の方からトレーズが小さく呟くのが聞こえた。

 ぎょろりとした目が、僕らを見定めるかのように睨みつけている。


「ヘルカ! 戻っていたのか。久しぶりだな」


「お久しぶりです。兄上」


 シヴァンが演劇でもしているかのように、大げさに驚いている。

 その表情は純粋に妹との再会を喜んでいるようだが、対するヘルカの反応は芳しくない。


 口調も硬く眉間にしわを寄せて、最低限の返事しかしなかった。

 なんだか思春期の兄妹というのはこんなものなのだろうか。


 僕は男兄弟だったのでよくわからない。

 男同士だと些細なことで喧嘩にはなるが、翌日にはけろっと忘れて仲良く遊んだものだ。


「デクシィ侯爵家というのは、確か帝国中枢を牛耳る派閥の一つだったな」


「はい。その通りです」


「ではラディソーマを救おうとしている私とは敵になるな」


 アレフにあっさり敵認定をされて、フレックが体を硬直させた。

 顔色は青ざめ冷や汗をだらだらとかいている。


「本来なら私が全面的に帝国と神どもを相手にするつもりだったが、事情が変わった。私が引けば神も出しゃばらないとは思うが、もし神が出てきたら相手をしよう。帝国との戦争はシヴァンとトレーズに任せる」


「ああ、我が王よ。何故なのですか!」


「理由をお聞かせ願えないでしょうか」


 シヴァンとトレーズの質問には答えずに、アレフは僕の肩に腕を回して強引にしゃがませた。

 そして耳元に口を寄せ小声で話しかけてくる。


「トウジよ。私が此度の戦いに表立って参加すれば、シンクも参加したがるだろう」


「まあそうですね。叔父さんだけずるい、って言ってましたから」


「……それだけはなんとしても避けなければならない」


「はあ」


「竜族が神の分体如きに負ける道理はないが、万が一、万が一でもシンクが怪我を負ってはまずい」


 それはその通りだ。

 普段は無敵感満載のシンクではあるが、彼女が傷つき泣くようなことがあれば……うん、耐えられない。


 やはり叔父さんという立場からしたら、姪っ子は大事だよね。

 僕も同じ立場にいるので、身につまされる思いだ。


「もし私のせいでシンクが怪我をしたとマリアやクレアに知られれば……私は彼女らに殺されてしまう。だからそうならないようシンクを抑えてくれ。頼むぞ、トウジ」


「ええ……」


 おいおい、叔父さんの風上にも置けないことを言い出したぞ。

 このおじさん。

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