312話:少年と寿命
こうしてヘルカが旅の道連れに加わった。
馬車が手狭になったが、僕が交代で誰かの膝の上に乗せられることによって解決。
そこまでしなくても詰めれば座れるのだが、皆はそれを口実にして僕に構いたいだけみたいなので、もう慣れたというか諦めた。
「竜族であるシンクレティーディア様にお会いできて光栄です」
「ん、シンクって呼んで」
ルリムの膝の上に座らされた僕の隣で、ヘルカが濃紺の瞳をきらきらと輝かせてシンクを見つめていた。
「ねえねえ、ヘルカもシンクみたいに竜になれるの?」
「いいえ滅相もありません。竜人族の私にできることといえば、角と翼を生やして多少火が吹けるくらいです」
(どっちの角もつるつるだね~)
ヘルカの左右に浮かんでいたフィンとユキヨが、シンクとヘルカの額に生えている角を触って比べていた。
すぐ横でルリムの娘のアナも触りたそうにそわそわしている。
「ヘルカも《人化》しているのか?」
「いいえ、私の中に流れる竜族の血はごく薄いものですので、人種の姿が本来の姿になります。翼は体内の竜族の血を魔力で熾すことによって、一時的に生やすことができます」
「ふむ、なるほど。むしろシンクとは逆なわけか」
竜族と人族のハーフである竜人族も羊人族のような亜人に分類され、外見は血の濃さに影響されるそうだ。
竜の血が濃ければ全身に鱗があったり尻尾が生えたり、絶大な戦闘力を誇ったりする。
(ほらほら、トウジも触ってみて~)
ユキヨが僕の手を引き、ヘルカの円錐状の角を触らせた。
真横から見ると正三角形に見えるそれは色は髪や目と同じ濃紺で、陶器のようにつるりとしている。
手触りが良いのでついつい撫でまわしていると、ヘルカの頬が紅潮しているのに気が付いた。
「あ、ごめん。もしかしてくすぐったい?」
「感覚はないのですが、その、角は竜の象徴であり伴侶以外には触れさせない場所ですので……」
「ええ……フィンもユキヨもべたべた触っているが」
「むう、私のもさわって」
謎の対抗心を燃やしたシンクが僕の腹に頭突きをしてくる。
〈コラン君〉の毛皮を失った今、角をぐりぐりされると非常に痛いからやめて欲しい。
「ラディソーマに〈混沌教〉の本神殿があるということは、かつての国教だったりするのか? 姫であるヘルカも〈混沌教〉なわけだし」
「ラディソーマに国教の指定はなく、国民たちは竜そのものを信仰していました。竜族の血を引く王族及び、竜渓谷に住む亜竜たちが信仰の対象です。ですがラディソーマが建国された頃には既に〈混沌教〉の本神殿が存在していたため、国教ではないものの国民には親しまれていたのです」
ラディソーマ建国はおよそ五百年前のことで、それ以前は無数の小国家群が小競り合いを続けていたそうだ。
そしてとある小国の人種の奴隷の娘と偶然上空を通りかかった竜が、なんやかんやあって恋に落ちる。
その二人がラディソーマ初代国王と王妃なのであった。
「運命的な出会いを果たし結ばれたアレンフリューズ様とカチュア様でしたが……」
「うん? アレンフリューズ……どこかで聞いた名前のような」
「ん、アレフ叔父さん」
「おおそうだ。シンクの叔父さんの名前じゃないか」
リージスの樹海にある竜族の棲み処で出会った、赤髪のナイスミドルの姿を思い出した。
僕は妙に敵視されていて、出会い頭に殺気を飛ばされたりしたものだ。
「同名の他人じゃなくて本人? 五百年も前だぞ」
「アレフ君は今、七百歳くらいかな」
昨日とは違い馬車内の端に座り、ぼーっとしていた〈竜巫女〉のフレンがぼそりと呟いた。
そういえば竜族の寿命は千年に届くんだっけか。
であればラディソーマの初代国王がアレフであってもおかしくないのか。
世間は広いようで狭い。
フレンがアレンを君付けで呼んでいるが、それは彼女は不老不死で竜族以上に長生きだからである。
「つまりアレフが二百歳くらいの時の話か。シンクは知っていたのか?」
「ううん。きょうみないし」
あ、はい。
アレフと同様に姪っ子がいた立場の僕としては、つれない反応に一抹の寂しさを覚えなくもない。
いや、姪っ子に自分の過去の恋愛模様を根掘り葉掘り聞かれるよりはましか?
「竜族の二百歳って人種でいう何歳くらいなんだ?」
「成長の速度が一定ではないので一概には言えませんが、十代後半くらいでしょうか」
僕の頭の上に乗っかる胸の更に上から、ルリムの声で回答があった。
「一定ではない?」
「はい。若い大人の時期が長く続くんです。これは森人族といった他の長命種にもあてはまります」
まるで最も闘いに適した年齢に達すると老化が鈍る、どこかの戦闘民族のような性質だな。
長生きなだけでなく、若さも持続するとはなんとも羨ましい話だ。
森人族であるオーディリエと娘のティエラは一緒に冒険者家業をしていたそうなので、もしティエラが生きていたならば、傍から見ると姉妹のようだったのかもしれない。
十代にして人種の娘と恋に落ちて建国するとは、アレフ叔父さんも主人公補正が強そうだ。
「ということはシンク様と私は遠い親戚なのですか!? しかも初代国王がご存命!?」
衝撃の事実が発覚してヘルカが呆然としている。
ラディソーマ王家の伝承によると、建国から数年後に起こった戦争で初代国王は戦死していた。
戦争相手の隣国を背後で操っていたのが外様の小神で、正体が発覚すると小神はラディソーマに邪人と闇の眷属の軍勢を差し向ける。
初代国王は竜の姿に戻りそれらを単身で退けたのち、外様の小神との一騎打ちにもつれ込んだ。
そして三日三晩の死闘の果てに相打ちとなり、初代国王は王妃と幼い王太子を残してこの世を去ったのであった。
「戦死しているならアレフ叔父さんじゃないんじゃないか?」
「伝承では天より堕ちてくる山のように巨大な外様の神の本体を、初代国王がたったお一人で押し返したとされています。初代国王は天に昇ったまま行方知れずとなり、その玉体は見つかっていません」
「つまり正確には死亡ではなく行方不明なのか」
なんだか「竜族は伊達じゃない!!」とか言ってそうな熱い伝承だな。
仮にアレフと初代国王が同一人物だったとして、何故生きているのにラディソーマに戻らなかったのだろうか。
重症を負って百年くらい宇宙を彷徨っていた?
邪推になるが、実は王妃との仲が良くなくてどさくさに紛れてとんずらした?
逆に仲が良すぎて一緒にいるのが辛くなって逃げ出した?
竜族と人種では寿命が違い過ぎた。
竜族の寿命を人種の感覚に置き換えて考えてみると、五年そこらで伴侶は年老いて寿命で死んでしまうことになる。
当時人種であれば十代後半にあたるアレフ青年に、その事実が受け止められただろうか。
もしかしたら出会い頭にアレフが僕に殺気を飛ばしてきた理由は、若かりし頃の自分と重ねて、姪っ子の寿命が違う異種族間との恋愛を憂いたからかもしれない。
たまに長命種が短命種の〈血筋〉を愛して末代まで見守り続ける、といった創作も見かけるが実践するとなるとハイレベルだ。
「フレンは何か覚えてないか? アレフが大怪我をして返ってきたとか」
「うーん」
一声唸り首を傾げたまま硬直するフレン。
五分ほど待ってみたが、何も思い出せなかったようだ。
フレンは竜族以上に長命な存在なので、過去の記憶もより一層断片的にしか残っていないのであった。




