300話:ゆるキャラと約束
「それじゃあ、元気でね」
「ん」
「ちゃんとトウジさんの言う事を聞くのよ」
「ん、わかってる」
エリステイルが揺れる塔の最下層にある祭壇上で、竜の姉妹が別れを惜しみ抱き合っている。
抱き合ってはいるが湿っぽくはなく、姉妹は意外と淡々としていた。
ちょっと数年海外留学してくるから留守番よろしくね、ぐらいの雰囲気だ。
長命な竜族なので実際にそのくらいなのかもしれない。
ハクアはニールを故郷の世界に送り届けて目的を果たした後、このアトルランへ帰ってくるとシンクに約束した。
帰ってくるまでにどれくらいの年月がかかるかは未知数だ。
目的地であるニールの故郷は、ゆるキャラの故郷である地球とは似て非なる、超能力が存在する平行世界の地球である。
その地球では世界戦争が起きていて、軍人のニールは戦闘中に不慮の事故でアトルランに飛ばされた。
だから一刻早く帰って戦線に復帰したいニールだが、アトルランに来てから既に三年が経過している。
更にこれから元〈開拓の神〉であるエリスの本体である箱船に乗って平行世界の地球へ向かうわけだが、どれくらいの旅路になるかは不明だった。
着く頃には戦争は終わっているかもしれない。
それでも結果を見届けるために、戦場に残した仲間の無事を確認するためにニールは戻ろうとしていた。
ゆるキャラは結局どんな箱船か見られなかったが、ニール曰くザ・宇宙船らしい。
旅路の大半もコールドスリープのような状態で過ごすそうだ。
某赤い土妖精号みたいに目が覚めたら三百万年後とかでなければよいが。
さて箱船に乗る面子だが、変更があった。
「ついて行けなくてごめんね」
普段通りどこかぼんやり、ふわふわした雰囲気のまま謝ったのは竜巫女のフレンだ。
ハクアと共にニールを追いかけてリージスの樹海を飛び出した彼女であったが、直前になって考えを改め地球行きをやめた。
元々フレンはハクアと違って、ニールに惚れたから同行していたわけではない。
不老不死の竜巫女として長い年月をリージスの樹海で過ごしていたため、ニールたちとの出奔はちょっとした休暇みたいなものだった。
地球行きをやめてゆるキャラに同行するそうだ。
理由を聞いても「そのほうがいいから」と答えたきり、ゆるキャラをじっと見つめるだけだった。
別に拒む理由は無いから、本人と皆が納得するのならそれでいいのだが……。
「むう、残念だ。航行中に不老不死の謎を解き明かそうと思ったのに」
ミンドナファムだけが個人的、且つ利己的な理由で残念がっているが無視でいいだろう。
「代わりにニールの超能力の謎についてじっくりと」
「エリス様、こいつをなんとかしてくれ」
「そうですね。真っ先に眠らせましょう」
「そ、そんな~」
マッドサイエンティストはさておきもう一人、いやもう一柱? 意外な地球行きの同行者がいた。
「我儘を言ってすまない。私の半身たる魂よ」
何を隠そう、ゆるキャラの中にある〈コラン君〉と同化していた〈義憤の神〉である。
その姿こそ〈コラン君ぬいぐるみ(小)〉に憑依しているため可愛らしいが、発せられるのは渋いバリトンボイスなので違和感の塊だ。
「いや、まあ俺しては〈コラン君〉の力が引き続き使えるなら問題はないよ」
「今度こそ私の使命を果たしてみせよう」
偶然にも〈義憤の神〉とエリスは知り合い、というか大昔に共通の敵と共に戦い、敗れた仲であった。
今回エリスが旅立つにあたって、同行して過去の失敗を払拭したい気持ちが沸き上がったそうだ。
突然脳内にイケボが響いた時は驚いたが、〈義憤の神〉が四次元頬袋の中にいたことには更に驚いた。
四次元頬袋の暗黒空間には秘密のスペースがあって、そこに〈義憤の神〉は隠されていたのであった。
もっとこう、魂の奥底の方にいる感じかと思っていたのだが。
〈義憤の神〉はそこに閉じ込められていて出られなかったのだが、レジータの力であっさり解決する。
〈時と扉の神〉の力で出入り用の扉を作ったのだ。
「ふふん、お礼は大吟醸でいいわよぉ」
と言うので、お礼に〈コラン君大吟醸〉を一本進呈した。
隠されていたその場所が〈コラン君〉へ神の力……神気を供給する空間らしく、扉で行き来できるようになった今、他の神でもそれが可能になった。
エリスとブロンディアは外様の神なので、二人から神気を貰ってしまうとアトルランの神々にバレてしまうので参加不可。
暗黒面に堕ちたコラン君にはちょっと興味があったが残念だ。
必然的にサシャとレジータが交代で担当してくれることになった。
それに伴い〈コラン君〉の性質も〈義憤〉から〈寛容と曖昧〉、もしくは〈時と扉〉へと変化する。
具体的にどう変化したかは経過観察が必要だが、いずれにせよ〈義憤〉より扱いやすい……はず。
「それじゃあ皆、元気でな」
「ニール先輩もお元気で」
「必ず戻ってくるから、長生きしてくれよな。特にトウジ」
「はは、善処するよ」
単純な寿命、というか人造人間としての稼働時間はニールのほうが短いのだが、都度体を乗り換えれば済む話であった。
リアルに肉体…来たか…ができて羨ましい限りだ。
ゆるキャラは旅立つ面々と改めて握手をして見送る。
ニールたちは祭壇下に隠されている昇降機を使ってエリス本体の箱船へと向かった。
湖面で揺れていた本体の一部であるエリステイルもゆっくりと沈んでいき、やがて見えなくなると地底湖全体に静寂が訪れる。
横に立つシンクの肩が僅かに震えるのが見えたので、そっと頭を撫でた。
「さて、一旦コラン村に戻ろうか。残った皆の今後を決めないとな」
皆の身の振り方を決めた後は、エリスとの約束したある場所へ向かうこととなる。
リリンとティアネは闇の眷属だから連れて行けないしなあ。
などと考えながら塔の外に出た瞬間、体の異変を感じ取る。
「トウジ、どうしたの?」
心配そうにこちらを見上げるシンクに返事をしようとしたが、できない。
体の内側から奴が浮かび上がってくるのを感じる。
今〈コラン君〉に神気を供給しているのはサシャなのだが……うーん、今更だが〈義憤〉を旅立たせたのは間違いだったかもしれない。
でも先程まで問題無かったのにどうして急に。
「トウジ!」
シンクの呼び声を最後に、ゆるキャラの意識は〈コラン君〉に乗っ取られた。
随分と長いこと意識を乗っ取られていた気がする。
昼までどころか、夕方まで寝過ごしていた感覚をもっと長くしたような。
ようやく体の主導権が戻ってきたので動かそうとして……動かない。
何か柔らかいもので全身が包まれていた。
程よい暖かさと甘い香り。
これは人肌? 視界が真っ暗なのは顔面に押し付けられている柔らかい物体のせいか?
艶のある肌が頬や唇に当たっている……ん? エゾモモンガの毛皮越しのはずなのに何故わかるんだ?
疑問だらけなので、とりあえず状況を確認したい。
必死に腕を動かして拘束から逃れようとする。
「ん、駄目ですトウジ様。そこを触っちゃ……いやむしろ触れ……むにゃむにゃ」
「その声はリリエル……!?」
発した自分の声に驚いた。
低めのおっさんボイスではなく、女の子のような甲高い声だったからだ。
両腕を使って顔面に纏わり付く柔らかいものを押しやると、ようやく視界が開ける。
そこには気持ちよさそうにベッドで眠る、羊人族のリリエルの姿があった。
体に掛かっているシーツの下は何も着ていないのか、体のラインがはっきりしている。
両手で押しやったのはリリエルの豊かな胸だった。
「あ、ごめ……」
手首まで埋もれた両手を慌てて引っ込めて視線を逸らす。
両手に残る柔らかい感触に妙な気恥ずかしさを覚えて頬が熱くなる。
というか……。
自らの体を見下ろしてひとりごちる。
「うーん。どう見ても人間の子どもの体だよなあ、これ」
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次話から10章となります。




